345 ウィニィの副官
――深夜、ミストラル上層。
ソーサリエ近く、高位貴族独身者用アパートメント。
「……誰だ?」
居住者である金髪長身の若者が、扉越しに訪問者に問う。
答えはない。
若者は覗き窓から相手を確かめた。
訪問者は二人。
どちらも自分より小柄だ。
二人して怪しいフード姿で顔を隠している。
「開けて、ロイド」
一人は女か、馴れ馴れしい呼び方。
しかし、声に聞き覚えがある気がする。
ロイド=クリニエールが覗き窓から相手を見ると、女はフードを上げた。
「……! ベル?」
「開けて、お願い」
鍵を下ろし、扉を開ける。
するとフード姿のベルは遠慮なく入ってきて、もう一人も続いて入ってきた。
「よかったわ、ロイドが未だに王都住みで」
「本当だよ、信用できそうな奴はみんな実家に戻って忙しくやってるから王都にいないんだ」
「待て、ベル。なぜこんな時間に――いや、その前にもう一人は誰だ?」
すると小柄なもう一人はそこだけが見えている口元でにんまりと笑い、ロイドに言った。
「ロイド。この僕を忘れたか?」
「その声……まさか、ウィニィ様!?」
ウィニィはフードを脱ぎ、顔を晒した。
「久しぶりだな、ロイド。勝手に座るぞ?」
「ああ、お待ちを! 殿下をもてなすような部屋では……」
「ハハ。若い男の一人暮らしにそんなの期待してないよ」
ウィニィは小さなテーブル前の椅子に、ベルは暖炉前の一人掛けソファに勝手に腰かけた。
「……お茶と酒、どちらに?」
「「お茶で」」
「承知しました」
ロイドが黙ってお茶の用意をしているのを、ウィニィはテーブルに肘をついて何か尊いものを見るように眺めていた。
しばらくして、ベルが席を立った。
「ウィニィ。席を代わってくれる?」
「うん? なぜだ?」
「【手紙鳥】。アイシャは来てくれると思う」
「そうか、頼む」
ベルに席を譲り、ウィニィはロイドのいるキッチンに向かった。
二人が並ぶと、同じ金髪の同年代ながら身長差が顕著だった。
後ろ姿は若い恋人のようにも見える。
「懐かしいな」
ウィニィが言う。
「なぜそうするのか。お前はいつも聞かずに僕が言い出すのを待ってくれた」
「……王族に仕えるというのはそういうものです」
ロイドは魔導騎士養成学校時代、黄クラス代表のウィニィを支える副官的役割であった。
この間柄は入学前からで、王子たるウィニィを支えるために二人は幼いときから交流を持っていた。
「僕が王族だから僕に尽くした?」
「ええ」
「なのに僕の近習や近衛騎士団にはならなかった」
「……自分は後継ぎでしたので」
「でも今、王都にいる。なぜだ?」
「……」
ロイドは黙って答えなかった。
するとテーブルからベルの声が飛んできた。
「ウィニィ、聞かないであげて」
「んっ? ベルは理由を知っているのか?」
「わりと有名な話だもの。ロイドに目をかけていたあなたには、伝わらないようになってたみたいね?」
「いったい何のことだ?」
するとロイドが観念した様子で口を開いた。
「実家のことです。両親が離縁しまして」
「え゛っ゛。……すまない、知らなかった」
「何も。ベルの言う通り、伝わらないようになっていたのでしょう」
「そこがわからない。なんで僕が知ってはいけないんだ?」
「今も揉めているからです。うちは本来、両親ともが後継ぎだったのです。それが恋愛結婚となり、たくさんの問題を抱えたまま領地を併合し、クリニエール家となりました」
ウィニィはあんぐりと口を開けた。
「それが離縁は……ヤバいな」
「ヤバいなんてものではありません。両家の陣営はまさに一触即発。火薬でいっぱいの樽にロウソクを立てるがごとき状況でした。ギリギリで王宮審問官の調停が入り、今は領地の分け方を話し合っているところです。……今は、というか去年からずっとですが」
「そうだったか。……わかったぞ。王族の僕が下手に口添えでもしようものなら、危うい天秤が一瞬で崩れかねない、そいうわけか」
「ええ。そしてそれが私が王都にいる理由でもあります。後継ぎたる私がどちらにも与しないよう、実家と距離を置いています。無事、調停が終わるその日まで」
「王宮審問官がそうしろと?」
「言われもしましたが、そもそも私の意志です。父母のどちらにつくか、どちらの後継ぎになるかなど……心底、どうでもいいことだ」
「おぉ……ロイドがこんなに怒ってるの初めて見たぞ?」
「フ、そうですか?」
「うん。まあ、子のことを本当に考えていたら、そんな状況で離縁しないはずだもんな」
「……」
ロイドが黙った瞬間、テーブルからまたベルの声が飛んだ。
「ウィニィ、それだけじゃないのよ」
「というと?」
「あなた、入ってくるときに言ったじゃない。信用できそうな奴はみんな実家で忙しくやってるって。彼らが信用できそうに思えるのって、学生時代から後継ぎという責任を背負って地に足がついていたからだと思うの」
「ああ……そうかもな」
「ロイドだってそうしたかった。そのためにソーサリエで積み上げてきたの。なのに今、こんなアパートメントでさみしい独り暮らし。所属もなく未来もわからず、なのに無為に過ごさなきゃならないこの状況が、彼にとってストレスなの」
「おお、すごいなベル。ロイド、彼女の言うことは合っているのか?」
ロイドは沸いた湯をポットに注ぎながらため息をついた。
「私のことはもういいでしょう。それよりも、なぜこんな時間に二人で私の下を訪れたのです」
「おっ? ロイドが待つのに耐えきれず自分から聞くなんて、初めてのことじゃないか?」
ロイドは苦笑した。
「さすがに初めてではないでしょう。……それで? いいかげん、焦らすのはやめてください」
「焦らしてるわけでは……なあ、ベル?」
「そうね。言いにくいだけ」
「言いにくい……?」
「ま、観念して話すよ」
小さなテーブルを三人で囲み、ウィニィは今の状況を説明した。
語るにつれ、聞いているロイドの手が止まり、ポットの中身はカップに注がれないまま冷めていく。
「――で、僕が信用できる同級生で最初に思い浮かんだのがロイドだったというわけだ」
「……は」
ロイドは腕組みし、天井を見上げ、その姿勢で固まった。
ベルがポットを手に取り、それぞれのカップに注いでいく。
「……この感じ。ロイドにも恩寵について話してなかったのね?」
「ああ。もう一つの秘密については話したが、恩寵については同級生ではロザリーだけだ」
「あら。嫉妬しちゃうわ?」
「よせよ。あれだよ、秘密の儀式。僕の相手がロザリーだったんでね」
「あったわね! なつかし……」
「あの夜のことは忘れられないなあ……」
「で」
「ん?」
「もう一つの秘密って何?」
「ああ、僕が本当は女だってこと」
「へえ! ……んっ?」
ベルは笑顔で頷いたのだが、そのまま固まった。
ウィニィが彼女に問う。
「なに?」
「……はああ!?!?」
「わっ! デカい声出すなよ、深夜だぞ?」
「いやだってそんな、は? 嘘よね? 冗談でしょう?」
「本当だよ。見るか?」
「見るって……何を」
「わかってるだろう、ナニをだよ」
「そんな、でも……クッ! これは確かめなきゃダメなやつ!」
「そんな嫌々見なくても……僕だって見せたいわけじゃないんだし」
「見るわ! 見せて!」
「はいはい。今夜だけですからね~」
そうしてウィニィが下衣の腰部分を引っ張り、ベルが恐る恐るその中身を覗く。
「ッ! ッ!?」
「驚きすぎだろ、ベル。愉快な顔してるぞ?」
「だって! ……いやちょっと待って。よく考えたらこれ、私が知っていい秘密なの?」
「いやあ、う~ん」
「やっぱりダメなやつよね!?」
「少なくとも、知っていることを父上には知られないほうがいいね」
そういうとウィニィはにっこり笑いながら首を掻っ切るポーズをした。
「~~ッ、なんで見せたのよ!」
「それはベルが確かめなきゃダメなやつって」
「違う! そもそもなんで秘密を明かしたの!」
「それは――君を巻き込んでいる自覚があるから。危険を冒してもらう以上、僕もそれに答えるため秘密を明かすよ」
「それは……嬉しいけど嬉しくないっ!」
「そうだった? いやあ、ごめんごめん」
「……はあ。もういいわ」
会話を終えた二人の目が自然とロイドに向く。
それに気づいたロイドは、二人の目を交互に見ながら静かに切り出した。
「……陛下に助けを求めるべきです。私たちの手に負えない!」
ウィニィとベルは顔を見合わせた。
「わかるよ、ロイド。でもダメなんだ」
「なぜです!」
「僕の直感は簡単には外れないからだ」
「……陛下のお力をもってしてもかなわない、と?」
「護衛は増えるだろう。下手人がいる近衛騎士団から、ね」
「怪しい者を護衛から弾けば!」
「下手人が偽近衛騎士団だった場合はそれでいい。でもそうではなかった場合――長年、恨みを抱えながら機会を窺っていた場合はどうする?」
「……っ」
「思うに、僕が見ているのは運命なんだ。運命には修正力があって、ちょっとやそっとじゃ結果は変わらない。変えるためには大きくシチュエーションを変えてやる必要がある。そのためには場所だ、まず場所を大きく変えるのが手っ取り早い」
「……陛下が黄金城から動くことはありえませんな」
「そうだ。極端な話、予知夢を見るたびに場所を大きく変えてやれば、僕が死ぬことはない。逆に護衛を増やすとか、そんなことでは変わらない可能性が高い」
「……もう一つ、懸念があるの」
横からベルが切り出した。
「ウィニィの直感は、自分に起きる物事が優先されるみたいなの。だから、黄金城にいながら運命を回避しようとすると、重要な物事を予知できない可能性がある」
「重要な物事……?」
「グラディス王妃殿下のこと」
「……! ターゲットが王妃殿下に移ると?」
「可能性の話。でも私はそう小さい可能性ではないと思う。ウィニィを暗殺する狙いって、個人への恨みではないと思うのよね」
「それはそうだ、ウィニィ様は恨まれるようなことは何もしていない」
「そうよね。となれば狙いは王族。それも陛下に近しい人物を殺めることで王政へのダメージを狙っている。本来なら陛下が狙われそうなものだけれど、そうしない理由は簡単に説明がつく」
「陛下の周りは警備が厳重で、なおかつご自身もお強い。暗殺は困難だ」
「そう。だから陛下やニド殿下はターゲットから外れる」
「だが王妃殿下は……王妃殿下にこのことは?」
ウィニィが頷く。
「明朝、じいが側仕えのミーネに伝える手筈になっている」
「そうですか。……わかりました」
ロイドはスッと背筋を伸ばし、言った。
「このロイドがウィニィ様をお守りいたします。もう一度、あなたをお支えいたしましょう」
「ロイド!」
ウィニィはロイドに抱きついた。
彼が女と知るロイドは目が泳ぎ、ベルはジトッと二人を眺めている。
ベルの視線に気づいたロイドが、慌てて言った。
「それで! これからどうなさるおつもりなのです」
ウィニィは笑顔を消してロイドから離れ、言った。
「次の予知夢を待ちたい。でも……見るとは限らないんだよね」
ベルが言う。
「見なければ殺されないってことよね?」
「たぶん、ね。でもわからない」
「じゃあ、どうする?」
「三日だ。予知夢を待ち、仲間を集め、行き先を決める」
「ってことは――」
「――ああ。王都を出る」





