343 帰郷
――三日後、王都ミストラル。
王国使節団出発の日。
「なんだあ?」
馬に乗った黒衣の騎士が西の城門を潜るなり、街の賑わいを見て首を捻った。
この城門は大街道に面する、いわばミストラルの玄関口である。
賑やかさが当然の場所とはいえ、今日はまるで祭りのような賑わいだ。
立ち止まる騎士を見た、同じく黒衣の男が、後ろから声をかける。
「親分。後ろがつかえてまさあ」
「ああ、悪い」
彼は馬を進め、連れの十一人と共に城門そばの馬屋に馬を預けた。
「ねえ、オズ」
黒衣を着崩した女騎士――悪童アリスが彼に問う。
「今日って何の日?」
「さてね。収穫祭?」
「それ秋じゃん。もう次は春だよ?」
「だよなあ」
副長ミンツも原因がわからぬようで、周囲をしきりに見回している。
「ちょっと聞いてくる」
そう言ってミンツは一行の下を離れ、近くにいた若い女性たちのグループに話を聞き、戻ってきた。
「使節団の出発の日なんだそうだ」
オズが再び首を捻る。
「しせつだん?」
「皇国との休戦協定会議だよ。ほら、争乱のときに剣王が領土侵犯したから」
「ああね! 祭りじゃなかったか」
「祭りも同然さ。見送りに来た市民には王宮から振る舞いが出るそうだ」
「へえ! じゃあ今日の食事は心配なさそうだな!」
「市民に混じって食べる気なのか?」
「だってこの人出じゃ、店に入るのも難儀っすよ?」
「まあ……そうか」
一行の中で唯一、フードに覆面という怪しい出で立ちの女が、オズの下に駆け寄ってきた。
「オズぅ。見て見て?」
〝不良品〟パメラである。
「なんだよ、ポスター?」
「誰だかわかるぅ?」
パメラが持ってきた張り紙には、二人の騎士のシルエットが半分ずつ描かれている。
片方は年若い光のプリンス。
もう片方は髪の長い影の姫騎士だ。
張り紙の下部分に文字が書かれているが、パメラが手で隠している。
「今日の……その使節団とやらのポスターだよな?」
「私があなたに聞いてる意味、考えて?」
「ああ、ロザリーか! いや待て、もしかして……もう一人はウィニィ?」
「大正解! ちょっと簡単過ぎたかなぁ?」
パメラが隠れていた文字を見えるようにする。
『第二王子ウィニィ』と『骨姫ロザリー』。
その二人の名の間に『リメス会議』の文字が踊る。
「リメスってなんだ?」
「地名です。両国の緩衝地帯になってる草原地帯でさあ」
「よく知ってんな、セーロ」
「有名ですぜ? なんでも、最初の休戦協定が結ばれた場所だとか」
「ほ~ん。由緒正しい場所なわけね」
そのとき、周囲がにわかに騒がしくなった。
喧騒は通りの奥から伝播してきていて、その理由がひと目でわかった。
〝金の小枝通り〟を騎士の行列が下ってくるのが見えたのだ。
「ロザリーとウィニィよ」
オズの後ろでパメラが囁いた。
民衆が一気に押し寄せ、通りを守る王都守護騎士団が必死に押し止める。
紙吹雪が舞い、歓声が飛ぶ。
「来るぞ!」
「〝骨姫〟様ぁ!」
「ウィニィ殿下!」
「〝骨姫〟ロザリー!」
ロザリーは行列の中央にいた。
青鹿毛の駿馬に乗り、煌びやかな騎士服をまとっている。
ウィニィの姿は見えない。
三台ある馬車のどれかに乗っているのだろうか。
オズはウィニィのことなど意識になく、ただ眩しそうにロザリーを目で追った。
「見送っていいのぉ? 会いたかったんでしょ?」
またパメラに後ろから囁かれ、オズは小さく頷いた。
「いいんだ。見れただけで」
「理解できないなぁ、私なら追いかけてでも会うのに。せっかくレディのことを聞くっていう大義名分があったんだよ?」
「それはそうだが――いないならいないほうがいい」
「遠慮なくできるから?」
「そういうこと」
「ふ~ん。まぁ、いいけどぉ」
使節団が城門の外へ消え、人垣が散っていく。
とはいえ賑わいはそのままで、ハッと気づいたオズは拠点の確保を部下たちに命じた。
要はミストラル滞在中の宿である。
悪い予感は的中し、高級宿から安宿までどこもかしこも満杯だった。
戻ってきた副長ミンツがオズに言う。
「どうする? 明日には人も引くだろうから酒場に籠るか?」
「酒場もいっぱいっすよ。それに変なのに絡まれたくない」
「だが王都付近で野営はできんぞ。王都守護騎士団にどやされる」
「まだ寒いしね」
「ああ。それが一番厄介だ」
オズはしばらく考え込み、それから一同に言った。
「しゃあねえ。ついてこい!」
――王都上層、ミュジーニャ邸。
管理者を失った屋敷は荒れ果て、廃墟の一歩手前といった風情になっていた。
「何ここ、お化け屋敷ぃ?」
「わかった、犯罪者の塒だ!」
「黙れ、パメアリ」
オズは不機嫌そうに玄関に向かい、扉を開けようとした。
「ん? 開かない……」
扉は歪んでいるのか、押しても引いても開かなかった。
するとオズの肩をポンと叩き、ミンツが前に出た。
「むんッ!」
ミンツが玄関扉を思い切り蹴りつける。
激しい衝撃音と共に扉は見事に外れ、屋内へ飛んで壁にぶつかり、最後にパタンと倒れた。
「おお、ナイスゥ~」
「ナイスじゃねーよ、アリス! これ俺んちだよ!」
「あ、そうなんだ(笑)」
「笑うなよ! くそう、ひでえことしやがる……!」
扉を拾いに行って、元の位置に戻そうとするオズ。
その後ろをアリスとパメラと雪かき仲間ライリーが「お邪魔しま~す」と入っていき、従騎士六人はそれぞれにオズの肩やら背中やらを叩いて入っていった。
ミンツだけは申し訳なさそうにオズの近くで立ち止まり、囁いた。
「すまない、オズ。まさか自宅だとは思わず……」
「いいんすよ、パイセン。いいんすけど……ああ、蝶番が砕けてる!」
「後で直そう。その時は手伝うから。なっ?」
オズは不承不承といった様子で頷いた。
屋内に入ると、部下たちは彼の家を好き勝手に歩き回っているようだ。
二階から家捜しでもしているようなドタバタした音が聞こえる。
「扉蹴破って家捜し。まるっきり賊じゃねえか……」
すると居間のほうからライリーの声が聞こえてきた。
「ね~、オズ団長~」
オズはニッ、と笑って居間に入った。
「俺を団長と呼んでくれるのはお前だけだよ、ライリー!」
すると同じく部屋にいた女騎士二人がオズにつっこむ。
「いや団長じゃないでしょ」「団長は首吊り公よねぇ?」
「細けえことはいいんだよ、パメアリ。団長でも隊長でも筆頭でもいい。俺は役職で呼ばれたいんだよ。そのほうが敬意を感じるし、立派な人物って感じがするだろう? なあ、セーロ!」
するとセーロは大きく頷き、言った。
「はい、親分!」
「……それは役職とは認めたくないな」
一階に残っていた三人の従騎士に目をやる。
すると彼らは口々にオズを役職で呼んだ。
「お頭」「ボス」「頭目」
「……頭目なんて呼ばれたことなくね?」
「アハハッ! オズにはそっちがお似合いだって!」
「私もそう思うなぁ」
「お前らなんかもういい! ライリー君! 団長の俺に指示を仰ぎたいんだよな?」
「うん。暖炉つけていい?」
「……好きにしろよ」
「でも薪がなくてさ。これ、バラシていい?」
「おま、それうちの本棚……」
「本、一冊も入ってないよ?」
「そっか、王宮審問官が持ってったんだな……いいや、もう。好きにしろ!」
「おっけー。よいしょっ!」
遠慮の欠片もなく本棚を叩き壊すライリー。
オズは深いため息とともにソファへ回り、埃を払ってから悲しそうに腰を下ろした。
それからゆっくり背をもたれる。
するとオズは妙に落ち着いた気分になった。
別に愛しくもない我が家だ。
だが、何はともあれ我が家である。
オズは過去に失ったかけがえのないものを、少しばかり取り戻したような気がした。
「――どうしたんだ、オズ? 大丈夫か?」
「……え? なんすかパイセン?」
「いや、食事はどうすると聞いたんだが……」
部下たちを見回すと、みんなキョトンとして、あるいは心配そうに自分を見ている。
どうやら彼らの声が聞こえないほどぼんやりとしていたようだ。
オズは背もたれから身体を起こし、目の前にあるテーブルの埃を袖でグイッと拭った。
それから手のひらで残った埃を片付け、最後にテーブルをバン、バンッ! と二度叩いた。
「いいか、お前ら! もう通り沿いに振る舞い酒と料理が並んでいる頃だ! 今すぐ行って、このテーブルが埋まるほど取ってこい! 肉と酒、多めな! 急げ!」
オズの乱暴で品のない命令に、部下たちは喜んで応じたのだった。





