342 側近二人
――王都ミストラル。
黄金城、ウィニィ王子の部屋。
「お願い、ウィニィ。話を聞いて?」
閉ざされた部屋の扉に向かってそう懇願するのは、イザベル=ファートン――ウィニィの同級生ベルである。
「顔だけでも見せてほしいの。王妃殿下も大変ご心配なさっているわ。お願いだから――」
と、その瞬間。
扉に囁くように話していたベルの前で、扉がガアンッ! と叩かれた。
驚いて身を引いたベルに、扉越しにウィニィが叫ぶ。
「行かない! 僕は行かないぞッ!」
ベルはあきらめのため息をつき、その場から離れた。
そして城の廊下を歩いていくと、通路の角に身を隠すように彼女の上司が立っていた。
「団長殿……!」
近衛騎士団団長エスメラルダはベルを労うように微笑み、彼女に尋ねた。
「どうだった?」
ベルは力なく首を横に振った。
「まったく。理由すら話してくれません」
「ふむ……同級生でもダメか」
「お力になれず、すいません。いつからこのように?」
「一週間前だ。使節団の護衛の話し合いに参加していただこうとお呼びしたのだが、そのときにはもう部屋に籠られていた。陛下から使節団団長に任命されたときには、ウィニィ殿下もたいそうお喜びだったと聞いていたのだが。いったいなぜ、このようにご心境が変わられたのか……」
「使節団出発は三日後です」
「わかっている」
「陛下にお伝えするしかないのでは……」
「そうしたくなかったのだが、な」
「陛下はお怒りになられるでしょうか……?」
するとエスメラルダは「何を当然のことを」と言いたげに目を見開いた。
ベルが重ねて問う。
「それほどに?」
「陛下は貴族の責任、騎士の責任を果たさぬ者をとても嫌う。これが王族、しかも息子となれば……もうどれほどお怒りになるのか見当もつかん」
「……ウィニィ殿下の将来にかかわるほどに?」
エスメラルダは小さく頷き、言った。
「せめて、ご本人の口から陛下にご説明していただきたかったのだが、な」
――黄金城、玉座の間。
「陛下。エスメラルダ卿が参られたそうです」
側近たるコクトーがそう言うと、獅子王エイリスは書類に目を落としたまま、返答した。
「通せ」
「ハッ」
大扉が開き、エスメラルダが玉座の間へ進む。
その足取りを一目見て凶兆を感じ取ったコクトーは、王に先んじて彼女に質問した。
「エスメラルダ卿、予定にはなかったはずだが。急用ですかな?」
コクトーは彼女の持ってきた話がよくないことであろう、ならば自分が一旦引き取って王の口に出せない不満を代弁し、怒りをいくらか緩和しよう、そう考えての発言だった。
しかし、エスメラルダは小さく首を横に振ってそれを拒絶した。
これによりコクトーは、彼女の持ってきた話が「相当によくないものだ」と確信した。
エスメラルダが王の御前で膝をつく。
そのまま彼女が口を開かぬので、エイリス王は書類から目を上げた。
「どうした? 用件を申せ」
エスメラルダは俯いたまま、端的に王に告げた。
「……ウィニィ殿下が皇国間休戦協定会議に出席なさらないと仰っております」
これには冷静さを己の信条とするコクトーも、思わず驚きの声を漏らした。
「なん、と……!」
「殿下は一週間前より自室に籠られております」
「……」
王の横で聞いていたコクトーは静かに覚悟を決めた。
どれほど王が怒るかはわからないが、その怒りが〝激怒〟というべきものなのは間違いないからだ。
エスメラルダもまた同じで、膝をついたまま身を小さくして王の反応を待った。
「……ウィニィが?」
エイリス王の最初の反応はそれだけだった。
それから少しの間――二人にとっては永遠に近い時間であったが――考えていて、それから報告に対する返答を口にした。
それはエスメラルダにとってもコクトーにとっても意外なものだった。
「いいだろう。代理は……コクトー、そちがやれ」
「は。……は?」
「なんだ、不服か?」
「まさか! そのようなことは……しかし、よろしいのですか?」
「よい。そちは会議のことだけを考えよ」
「は……仰せのままに」
エスメラルダの謁見が終わり、コクトーは使節団団長の任にあたっての相談をするため彼女と共に玉座の間を出た。
並んで城の廊下を歩く二人。
話さねばならぬのは三日後の会議のこと、護送のことであるが、二人の頭に浮かぶのは先ほど目の当たりにしたエイリス王の反応だ。
「どう思う、エスメラルダ卿?」
エスメラルダはフッと笑い、言った。
「コクトー殿にもわからぬのに、私にわかるわけがないよ」
「私はいよいよ後継をお決めになるのかと。使節団はその一歩目だと考えていたのだが。あの反応は……違う?」
「同感だ。次代の王の御披露目として設えた舞台なら、台無しにされた陛下はもっとお怒りになられたはず」
「王族として外交を経験させてみよう、その程度のお気持ちだったのだろうか」
「に、してもだ。あの反応は……」
エスメラルダが話の途中で黙り込んだので、コクトーは訝しんで彼女に尋ねた。
「どうした?」
「ん、いや。今ふと、昔聞いた話を思い出してな」
「どのような話だ?」
「先代の近衛騎士団団長が酔ってこぼした話だ。酔っぱらいの戯言だと思っていたのだが、もしかしたら――」
「――勿体ぶるな、エスメラルダ卿。話せぬ話なら初めから口にせぬことだ」
「そういうわけではないが。……話半分で聞いてくれ、突拍子もない話だ」
「わかった」
それからエスメラルダはコクトーに耳打ちし、彼は頷きながら聞いていた。
初めのほうは胡散臭そうに聞いていたコクトーの顔が、ある瞬間からハッと目を見開き、真剣な眼差しになっていく。
話を聞き終わったコクトーは、口を手で覆った。
「前段はともかく……それでは思っていたのと逆ではないか!」
「私も前段は眉唾だと思う。が、後段は案外というか、こうなっては真実なのかもしれぬ」
「では、ウィニィ殿下は何のために?」
「牽制――いや、刺激か?」
コクトーは納得するように数度頷き、それからため息交じりに言った。
「なんとまあ、獅子の王族の複雑なことよ」
「今さらか? まあともかく、我らは命に従うのみ」
「違いない。……ときに、ロザリー卿は同行するのか?」
「同行する。出発日を遅らせてご自身の足で――という予定だったようだが、ウィニィ殿下の護衛も兼ねてということで合わせていただいた」
「ならば安泰だ。相談することは何もないな?」
「そう言うな。ロザリー卿と同じ天幕で寝るわけではないのだから、コクトー殿にも護衛は必要だ」
「フ、そうだな」
何はともあれ王の怒りを免れた二人は、上機嫌で黄金城の奥へ消えていった。





