337 パメラ=コルヌ
――酒場奥のカウンターバー。
この客入りなのに、座っているのは一人だけ。
カウンターに肩肘をつき、その手で癖のある金髪を掻き上げた姿勢で酒棚を見上げている。
短いキュロットパンツから覗く白い太ももが男の視線を誘う。
にも拘わらず周囲に男の姿がないことが、バーチェアに立てかけられた騎士剣が伊達ではないことを示していた。
オズは「ここで待ってろ」と仲間に合図し、女に近づいた。
他の席に座る客たちから視線が集まるのを感じる。
これから起きることを予期し、何かを期待する目。
(……ったく。ここで何回、大立ち回りしたんだか)
オズは怯むことなくカウンターに近づき、女の隣の椅子に飛び乗った。
そして女に声をかける。
「よう、彼女! 俺とひと晩どうだい?」
女は酒棚を見つめたまま「チッ!」と大きく舌打ちし、敵意とアルコールに塗れた目で、オズを睨んだ。
対するオズは、自分の顔がよく見えるように女に身体を向けた。
「ッ! あんた……!」
女の碧眼が大きく見開かれる。
「オズ? オズモンド=ミュジーニャ?」
オズはニタリと笑った。
「よーう。久しぶりだな、パメラ」
パメラ=コルヌはオズの同級生である。
最終試練ではロザリーをも追い詰めた凄腕でもあった。
オズは驚いた様子のパメラをじっくりと眺めた。
(こいつ、相変わらずいい身体してんな……)
(ツラもいい。酔った感じがまた、いい)
(――と、危ねえ。俺は色が絡むと判断間違える)
(興味なーい。俺は女に興味なーい)
オズがそんなことを考えているとは露知らず、パメラはなぜオズがここにいるのか計りかねていた。
甘い声でオズに尋ねる。
「……オズ。何の用?」
「何の用たぁ、つれないな。感動の再会だぜ?」
パメラはオズについて薄い記憶を辿る。
「たしかぁ……あんた、手配されてたね?」
「おー。知っててくれて嬉しいぜ。興味の欠片もないクセによう」
「……で。似た境遇の私とつるもうと?」
「へへへ。ざぁんねん。俺、手配解かれたんだよ。今や身綺麗な騎士様さ」
そう言ってオズはピン、と襟を立てて見せた。
その瞬間、パメラがその襟を掴む。
「――じゃあ、あんた。私を連れ戻しに?」
オズは襟を掴ませたまま、ヘラッと笑った。
「そう見えるか?」
パメラはその姿勢のままオズを睨みつけていて、やがてふと、手を放した。
「ないね。連れ戻すにしても、あんたなんかに頼まない」
「だよなぁ。高位貴族コルヌ家が俺なんかを頼りにはしないわな」
「……じゃあ、何?」
オズは仰け反り、こちらを見つめる部下たちを指差した。
「あいつら、俺の部下。部隊を任されてんだ。小隊規模だけどね」
「ふ~ん。質の悪そうな部下たちね?」
「おいおい、よく見ろよ。ミンツパイセンいるだろ」
「えぇ? あ、ほんとだ、ミンツ先輩……」
「俺らは吊るし人だ。お前をスカウトしに来た」
パメラは心底驚いた様子だった。
一瞬だが彼女の碧眼に、この劣悪な環境から抜け出す希望の光が宿ったかのように見えた。
だがそれはすぐに消え失せ、この町に似つかわしいやさぐれた眼差しに戻った。
「ムリ」
「ええ? あっさり断りやがる」
「オズ。あんた、私が何をやったか知ってる?」
オズが頷く。
「知ってるぜ。婚約相手をぶちのめして家を勘当されたんだろ?」
パメラが黙っている。
オズが続ける。
「このカウンターで何度かやったみたいに、お前の色香に寄ってきた男に痛い目を見せた。それだけのことだろう?」
するとパメラは顔を向け、大きな瞳でオズを見つめた。
「ジジイよ。婚約相手は六十越えたクソジジイ」
「うわ、それはまた……」
「しかもエロジジイ。初めて会ったその日に、背後からあたしの胸を鷲掴みにしやがった」
「……なるほど。そんな無理な婚約が通るってことは、コルヌ家よりも家格が上だな?」
「シャハルミドの子。コルヌ家も高位貴族なんだけど――魔導院務めの父上じゃ、シャハルミドには逆らえない」
「じゃあもしかして……パメラを連れ戻そうとしてるのはコルヌ家じゃなくてシャハルミドの子?」
「それはないかなぁ」
パメラはそう言うと、グラスに残った火酒をグイッと飲み干し、それから告白した。
「あるとすればシャハルミド本人のほう。――あたし、そのエロジジイ殺っちゃったんだよね」
「マ、ジ……?」
「マジ。つい殺っちゃった」
これにはオズも黙り込んだ。
シャハルミドは魔導院の支配者である。
表向きは手配されていなくとも、裏では追われている可能性が高い。
パメラを仲間に入れてレディの件を調べるために王都へ向かえば、城門を潜った途端、襲撃を受ける可能性もある。
オズの主人たる首吊り公が難色を示すであろう。
(――でも。それでもほしい)
(お行儀のいいやつなんていらねえんだ)
(風穴を開けるやつがほしい)
「俺も腹を割ろう」
オズが切り出した。
「俺は、お前がやらかして逃げたと聞いて、飛び跳ねて喜んだ」
「はァ? なにそれ?」
「理由は俺の部隊の任務にある。任務は――」
オズはパメラに身を寄せ、声を潜めて言った。
「――スパイ狩り。あるいは裏切り者狩りだ」
「!!」
「こういった連中は一筋縄じゃいかねえ。手練手管はもちろんのこと、王国人が知らない術を持ってる可能性も高い。俺はこの任に就いて皇国の術や一般的でない術について知識を深めようと努力してるが、それでカバーしきれるとは思っていない」
「……それで?」
「お前の〝不良品〟だ。お前の術は皇国人も知らねえ」
「まあ、ね。聖文術は皇国のほうが体系化されてるから。不良品はふるい落とされてるかも」
「こっちも相手が知らない術を使えるならイーブンだ。一筋縄じゃいかねえのは、俺らも同じってことになるよな?」
「ん……」
「俺はお前がほしい。お前っていう〝不良品〟がほしいんだ」
「……フフッ」
「お? やっと笑ったな。その気になったか?」
「楽しそうだなぁ、とは思ってるよ? でも……これだけは聞かせてほしい」
「なんだ? 何でも聞いてくれ」
パメラはやや目を伏せ、それから上目でオズを見た。
「――オズ。あんた、人殺したことある?」
思わぬ質問とパメラの迫力に、オズは仰け反った。
(罪の告白に続いて、これまたダークな質問が飛んで来やがったな)
(人殺し……それはさすがにないはず……いや、ある?)
(ん~、よく覚えてねえな)
オズは部下たちを振り返り、尋ねた。
「なあ! 俺、人殺したことあるっけ?」
するとセーロが半ば呆れた声で叫んだ。
「親分が手配されたのは王都守護騎士団を殺しちまったからでしょうが!」
「ああ! そういやそうだった!」
オズは思わず手を打った。
そしてパメラに言う。
「それも一人じゃねえわ。王都守護騎士団複数人と……もしかしたら王宮審問官も殺ってるかも?」
パメラは唖然としてオズを見ていた。
しかし、ある瞬間から笑いだして、それが止まらなくなった。
「あは、あふふ……アハハハッ!!」
「ええ? そんな面白え?」
「あくく……オズ、お願いだから、フ、黙って? ブフッ!」
「ええ~?」
ひとしきり笑い転げて、それからやっとパメラは言った。
「しょうがないねぇ。入ってあげる!」
ぶつ切りになりましたが、次から休戦協定会議パートに入るのでここで章を分けます。
当章『我が騎士団』はロザリー、オズ、グレンがそれぞれ自分の部隊(騎士団)を持つことがテーマの章でした。
ただ、グレンをきちんとやるタイミングがどうしても拾えず……
彼の部隊だけは次章の動きの中で少しずつ紹介していく形になるかと思います。
ごめんよ、グレン……。
次章タイトルは『暗雲低迷、雷鳴轟く』です。
引き続きよろしくお願いします!





