333 第六指、始動
「本当にこれでよいのか?」
――三日後。
首吊り公の執務室。
部屋の主たる首吊り公は、オズの持ってきた名簿を見つめ、そうぼやいた。
後ろで手を組み姿勢を正すオズが、短く答える。
「人選は俺に任せるというお話でしたよね?」
「そうだ。それを覆すつもりはない。ないのだが――」
首吊り公が眉を寄せ、名簿を指でバチンと弾く。
「たったの十名。しかもそのうち六名は外道上がりの従騎士、さらに一名は魔導のない商人ときてる。苦言を呈すなというのは無理な話ではないか?」
「魔導なしについてもゴロツキについても公のお宅で理由は申し上げたはず。冗談だと思って聞いてました?」
「そうではないが。騎士二十にゴロツキ一人か二人だとは思っていた」
「ああ、なるほど。予想を裏切ってすいませんね?」
「フン、謝罪をどうも。残り十名については?」
「ハンギングツリーを出て、それから。まず同級生が一人、はぐれ騎士になってるらしいんで。外道になる前に入れるつもりっす」
「また外道……お前まで外道に堕ちてくれるなよ?」
「大丈夫っす、俺は一度堕ちてるんで。その同級生は戦力的に切り札になるんで、どうにかして口説き落としたいんす。十名で切り上げたのも、早くそいつをスカウトに行きたいからで」
「ほう。どれほどだ?」
「公も最終試練で見てます。一時はロザリーを苦しめた――」
「――おお、あいつか! ……あれはお前に従うようなタマか?」
「それはやってみないと。で、折り入ってなんですが……」
「……なんだ」
「十名しかいないけど、先に二十名いる感じで給金貰うわけには……だってせっかく調子よくスカウトできても、旅先で払うもんなけりゃ逃げられかねないわけで……」
「人数ごまかして裏金作ったりすれば……?」
「裏金ダメ! ゼッタイ!」
首吊り公はデスクに肘をつき、大きなため息をついた。
「二十名までは必ず増やすのだぞ?」
「ありがとうございまっす!! ……最後に一つ聞いても?」
「なんだ」
「俺を自由にしてほんとにいいんすか?」
すると首吊り公は、目を見張ってオズを見た。
「不安だぞ? とてもな」
「ククッ。じゃあなんで自由にするんです」
「お前は飼い犬にはならないからだ」
「飼い犬……」
「お前が吊るし人に残ると言ったとき、私は嬉しかった。だが一方で懸念もあった。吊るし人は私の誇る素晴らしい猟犬たちだ。だが、お前は違う。飼い主が制限すると途端に弱ってしまう野生の獣だ」
「だから放し飼いにすると」
「そうだ。間違っているか?」
「いいえ。さすがは首吊り公です」
「ふん」
「あ、あと最後にもう一つ」
「お前の『最後』はいくつもあるな?」
「へへ、すいません。……エミリアはどうなりました?」
首吊り公は目を伏せ、ゆっくりと首を回した。
「……どうなったと思う?」
「恐いな。意地悪せずに教えてくださいよ」
首吊り公はしばらく黙り、やがて言った。
「……行くことになった」
「マジすか!」
「お前が唆したのだろうが」
「いやあ、公だって本当は――」
「――言うな」
「……違うんすか?」
首吊り公はため息交じりに首を何度も振った。
「わからんのだ。エミリアを思っての行動だったのは事実だ。だがこれでよいのかと自問し続けていたことも事実。もう決断した後だから考えないようにしていたのを、お前が蒸し返してくれたわけだ」
「ん……俺はこれでよかったと思いますよ?」
「そうか?」
「最終的には本人ですから」
「簡単に言ってくれる。もし、万が一が起きたらどうする?」
「それでもです。エミリアはもう子供じゃない。家を檻のように感じるなら、出してあげないと」
「……ふう。そうかもしれんな」
「心中お察しします」
すると首吊り公が殺意のこもった目で睨んできたので、オズは慌ててデスクから飛び退いた。
「では! これで失礼します!」
そう言って一礼するや否や、そそくさと執務室をあとにするオズ。
そんな彼の背中に首吊り公が言った。
「待て、オズモンド」
「はい?」
「これを持っていけ」
首吊り公は重い籠手のようなものをデスクの上にゴトリと置いた。
金属製の一対の義手――〝ユーギヴの腕〟である。
「ッ!?」
オズは目を剥いて魔導物を見、それから首吊り公を見た。
「……いいんすか?」
「お前しか使える者がおらぬ。仕方あるまい」
「へへ。じゃ遠慮なく――」
デスクに伸ばしたオズの手を、首吊り公がガシッと掴んだ。
「オズモンド。これは首輪だ」
「……縄はついてませんが?」
「主から離れて自在に飛び回る義手。私にとっての〝ユーギヴの腕〟がお前なのだ。義手を見るたび思い出せ」
「……肝に銘じます」
首吊り公への挨拶を終え城を出たオズは、ハンギングツリーの通りを歩いた。
吊るし人管理事務所で受け取った活動資金の革袋を、ポンと宙に放り投げ、再びキャッチする。
ズシリと重い。
「へっへ。こんな大金、持つのいつぶりかねえ?」
しばらく歩き、セーロの店が見えてきた。
店は休みで、通りに向かって開放されていたカウンターは、雨戸で閉め切られている。
「親分!」
大きなリュックを背負った小太りな男が、オズに向かって大きく手を振っている。
オズはニッと笑い、彼の下へ行った。
「準備万端だな、セーロ!」
「もちろんで! 昨晩は胸が躍って眠れやしませんでしたよ!」
「悪いな、店」
「いいえ。あっしが必要だって言ってくれるなら、いつだって喜んでついていきやすぜ」
「嬉しいねえ。親分冥利に尽きるってもんだ」
そこまでは機嫌よく返していたオズが、急に真剣な顔でセーロに言う。
「でもよ。せっかく居場所ができたんだ、ここに残ったっていいんだぜ? 俺はいてくれると助かるから声をかけたが、決めるのはあくまでお前だ。ノリでついてきて後で後悔されたって、俺は責任取れないんだ」
するとセーロがしゅんとして俯いたので、オズは内心焦りを覚えた。
彼についてきてほしいというのはオズの本心で、国じゅうを渡り歩くことになるであろうこの特殊な部隊の運営も、セーロがいてくれればどうにかなると感じていた。
(いや、それでも。自分の意志でないとダメだ。でなければ、あの腰抜けのように――)
「――ついていきやすぜ」
いつの間にか自分も俯いていたオズは、セーロの言葉にハッと目を上げた。
セーロが言う。
「店を持てたし、居場所ができた気でいやしたけど……どこまでいっても、あっしは皇国人なんですよ」
「セーロ……」
「居場所なんて親分の隣以外にありやしやせん」
「……わかった。これからもよろしく頼む」
「あいっ!」
二人はガシッと握手を交わし、笑い合った。
「よし、じゃあ行こうか。城門の外で残りの連中が待ってる」
「へえ! でもその前に……」
「ちょ、おいっ!」
セーロが大金の入った革袋をかすめ盗った。
オズがすかさず取り返そうとするが、セーロは身を丸めて抱きかかえ、それを阻止した。
「これ活動資金でやしょう? 親分には預けられねえですって。すぐ賭け事で使い果たすに決まってる!」
「だからってお前に預けるかよ! 魔導ねーんだから奪われて終わりだ!」
「外の騎士様の中に信用できる方はいないんで?」
「いるよ、公に言われたから。金庫番要員で副長やってもらう予定の人」
「おお! じゃあ、その騎士様のところまであっしが預かりますね?」
「……ったく。好きにしろ!」
二人は城門に向かって歩き出した。
オズにとって、王都ミストラルの次に長くいた街。
セーロにとって、王国に来て初めてちゃんと根を下ろした街。
名残を惜しむように風景を見回しながら歩いていく。
「でも感慨深いですなあ……親分が部隊を率いて街を出るだなんて!」
「まあな。ところでセーロ。お前、馬は乗れたか?」
「へえ。馬廻りもちょこちょことやってましたんで」
「お前、何でもやってんなあ」
「なんでそんなこと聞くんで?」
「いや、馬に乗れねえと部隊の移動についてこれねえから」
「……あれ? もしかして魔導なしってあっしだけ?」
「だな。心配しなくても戦闘とかさせねえから安心しろ」
「そりゃもちろん戦う気なんて毛頭ありやせんが。でも親分の言う『民からの情報収集』って、あっし一人でやるのはどうなんでしょうねえ」
「お前に丸投げするわけじゃねえよ。土地土地で人を雇うことはあるし、俺らだって情報収集自体はやる」
「あ、そうでしたか」
名残惜しいからそう感じるのか、あっという間に城門に辿り着いてしまった。
城門手前の馬屋の前に、騎士が九人、屯しているのが見えてきた。





