332 彼女は鏡、あるいは血縁なき妹
誤字脱字に関して温かいお言葉の数々、ありがとうございます……!
これからも甘やかされながら書いてまいります。
――西方都市ハンギングツリー、首吊り公宅。
リセに呼ばれ、泣き腫らした目のエミリアと母クローディアが二階から下りてきた。
クローディアがオズを見つけ、深々と頭を下げる。
エミリアはオズがいることにギョッとしたが、すぐにそっぽを向いた。
テーブルを首吊り公家族とオズが囲む。
オズは居心地が悪くなって、腰を低くして言った。
「あの、俺、もういいっすよ? 公に謝ってもらって気は済みましたし」
「悪いが付き合ってくれ、オズモンド。……クローディア、エミリアはどうしてイタズラしたのだと?」
「……オズモンド卿が筆頭になれるかも、と仰ったのが癇に障ったと」
「そうなのか、エミリア?」
首吊り公が問いかけると、エミリアはオズをキッと睨んでから言った。
「ええ、そうよ! 私はパパやリセ義姉さんがどんな思いで責任を果たしているか知っているもの! それをなれるわけもないのに軽々しく……! ナンパ男ってできもしないことすぐ語るけど、これはその中でも最悪! 絶対許せないわ!」
エミリアは泣き腫らした目をしているが、その眼光はいささかも衰えていない。
これを見てオズは「さすがは首吊り公の娘だ」と感心してしまった。
リセが言う。
「エミリア。ここにオズがいるのはあなたの件ではないの。大事な用があって、それで義父上がお呼びになったのよ」
「大事な、用……?」
エミリアが上目に首吊り公の顔を覗く。
首吊り公はひとつ頷き、エミリアに告げた。
「吊るし人は新しい部隊――〝第六指〟を新設し、これをオズに任せることにした」
エミリアは驚愕して固まり、それからゆっくりとオズを見た。
「うそ……」
「本当よ。オズは『いつか筆頭になる』んじゃなくて、今、筆頭になったの」
エミリアは信じられないというふうに首を振っている。
話を知らなかったクローディアも驚いていて、こっそりとリセに問うた。
「本当の話なの?」
「はい。秘密にしていてすみません、義母上。義父上と私、それにラズレンだけで進めていた話で――」
「――それは謝ることではないわ。そう、本当なのね。……まずはおめでとうございます、オズモンド卿。晴れの日に、家族の問題に付き合わせて申し訳なく思います」
「いや、そんな! もったいないことです、奥様!」
「何ももったいないことなど。……あなた。今回こそはきっちりとお叱りください」
妻の圧に多少たじろぎながら、首吊り公は「わかった」と頷いた。
そしてエミリアを見下ろすと、彼女はすでに怯えきって身を小さくしていた。
「エミリア」
「……はい」
「わかっているな?」
「……グスッ。はいっ」
「イタズラをするなとは言わん。言わんが……」
これからきつく叱るのだろうと思っていたクローディアとリセが、ハッとして首吊り公に言う。
「あなた!?」「お義父様!?」
「喚くな! だって仕方ないだろう? 思う通りに子は育たん! それはリセとエミリアで証明済みだ! だったら子の性分に親が付き合ってやるほかない!」
「あなた……」
「だから、エミリア。お前のイタズラを父は咎めん! だが――」
ここで首吊り公は敵に向けるような恐ろしい目つきで、エミリアをギロッと睨んだ。
「――騎士を誑かすのはやめろ。それはイタズラではすまん。今回は恥に慣れたオズだからよかったが、これが堅物の高位貴族子弟とかだったらどうなる?」
うんうんと聞いていたオズが、ハッとして首吊り公に言う。
「あの、公。俺だってそんなに慣れてるわけじゃ……」
「そうよ、エミリア。相手が首吊り公の娘だろうと、恥を雪ぐために命を狙うことだってあるの。恥慣れしてるオズだからそこまでいかなかっただけなの」
「いやりせちー、だからね? ……もういいや」
「ごめんなさいね、オズモンド卿」
「あぁ、味方はお母さんだけですよ」
「クローディアをお母さんなどと呼ぶな!」
「ええ? そこでブチ切れます?」
家族からの苦言をエミリアは俯いて聞いていた。
これで彼女が心を改めるかどうかはオズにも、おそらく家族にもわからない。
ただオズは、自分には縁遠くなってしまった家族の光景がここにあるようで、少しうらやましかった。
その後は新部隊創設にあたって行うべきこと、発表のタイミングなどの話があり、オズが帰るときには夕方になっていた。
エミリアは最後まで俯いたままだった。
「じゃ、失礼します」
「気をつけてね、オズモンド卿」
「はい、お母さん!」
「オズモンド、貴様!」
「ああ、でしたね。クローディアさん」
「オズ、革袋落とすなよ?」
「わかってるよ、りせちー」
首吊り公家族に見送られ、オズは公の家を後にした。
朝はあんなに息苦しい気持ちで訪れたのに、今は晴れ晴れとしている。
「現金なもんだね、人間って」
雪の残る夕暮れの通りを歩いていく。
そして例のスロープの石垣のところまで来て、オズは足を止めた。
「思い出の石垣、ね……フッ」
「――オズ!」
「えっ?」
振り返ると、エミリアだった。
オズの前まで駆けてきて、膝に手をついて激しく息をつく。
「はあ、はあ……らね!」
「あん? わかんねえよ、何て?」
エミリアはキッとオズの顔を見上げ、きっぱりと言った。
「私! 謝らないからね!」
オズは呆気に取られた顔をして、次の瞬間、ゲラゲラと笑い転げた。
「アッハッハハッハ! ヒッ……クッ、ククク!」
「何で笑うのよ!」
「何でって、ブホッ!」
「もう!」
「ックク……いいんじゃね、それで?」
「えっ?」
「りせちーがさ。エミリアのこと、最初のナンパ野郎が痛い目見て味しめたって言ってたけど……違うよな? ほんとはナンパ野郎との会話が楽しかったんだろ?」
「そっ、そんなこと!」
「いいや、そうだね。じゃなきゃ何日も待ち合わせして会話するなんて苦痛なはずじゃん。――お前は恐ろしい首吊り公の娘。エミリアという一人の人間として対話してくれる人間なんてこの街にはいない。それこそ、お前の素性を知らずにナンパしてくるバカ男くらいのもんだ」
「……」
「そう考えると、公に会わせてネタバレする理由は別の見方もできる。お前は最初の男が血祭りにされて深く傷ついたんだ。だから手遅れになる前に、親しくなりすぎる前に自分で公に教えてるわけだ。まるで罪の告白でもするかのように」
エミリアは黙って聞いていて、最後にふいっとそっぽを向いた。
「別に。そう思いたきゃ思ってればいいんじゃない?」
「ああ、そうかい。……ついでだ、思ってたこと言っていい?」
エミリアは目だけでオズを見て、顎で続きを促した。
「歳は十三、だったよな」
「ええ」
「ソーサリエは? お前、魔導あるよな?」
エミリアは少し考え、答えた。
「パパの方針。ほんとは行かなきゃダメだけど、特別に許可貰ってる」
「だよな。理由はわかるぜ? 王国の柱石である首吊り公の娘。王都に送れば狙われるに決まってる――そう、首吊り公は考えてる」
「わかってるわよ、そんなこと。だから?」
「行けよ、ソーサリエ」
「!?」
「ここにいる必要ねえよ。入学しろよ、ソーサリエに」
「あんた今、自分で理由言ったじゃない!」
「言ったねえ。だから? それがどうした?」
「だって! 私、ほんとはもう入学してなきゃいけなくて――」
「――問題ねえよ、ちょっと遅れるくらい。俺の同級には二十六の女がいたぜ?」
「はああ!?」
「ガチ、ガチ。ちゃんと卒業して魔導院に就職したぜ。あ、今は王都守護騎士団に転職したんだっけか」
それを聞いてもエミリアは半信半疑のようで、しかし瞳はぐるぐると忙しなく動いている。
「遅れて入るのがどうしても気になるんだったら、西方争乱のせいだとか理由をつけて来年入ればいい。自学して二年次編入とかもできそうではあるが、エミリアの場合は一年からやったほうがいいだろうな」
「っ! あのさあ。わかったような口ぶりで話を進めないでくれない? 私、ソーサリエに行きたいなんて一言も言ってないから!」
「言ったよ」
「……え? 言ったっけ……いや、言ってないもん!」
「言ったよ、王都に行きたいって。あれはソーサリエに行きたかったって未練だろ?」
「それは……」
「行けよ、エミリア。行きたいんだろう?」
エミリアがオズを見つめる。
眼光鋭い睨みでもなく。
たわいもない会話に興じるときの微笑みでもなく。
それは希望に満ちた瞳だった。
「行って……いいのかな」
「行っていいさ」
「行ける?」
「ああ、行ける」
「でも、パパが……」
「お前が本気で行きたいなら公は止めない。止められないんだ、それはりせちー見ればわかるだろう?」
「吊るし人……うん。パパはすごく反対してた」
「でも吊るし人にいる。それも筆頭だ」
「……うん」
未だ自信なさげなエミリアに、オズは彼女の両肩をガシッと掴んだ。
「今から公とクローディアさんに言ってこい! ソーサリエ行きたいって! ほんとは行きたかったんだって! 胸の中でとぐろ巻いてるクソみてえな想いを全部ぶつけてやれ!」
エミリアは輝いた瞳で大きく頷き、オズの両手を払って自宅へと駆け出した。
そしてふと雑踏の真ん中で立ち止まり、オズに向かって大きく両手を振った。
オズも大きく振り返すと、エミリアは再び駆け出していった。
オズは訳知り顔でニヤついて、しみじみと言った。
「いやあ、青春だねぇ」
そしてスッと笑みを消して呟いた。
「……公、キレないよな?」
【補足】
ソーサリエ編冒頭で「冬季休暇が終われば新学年」という描写がございます。
なので、日本の暦でいうと1月中頃には入学式終わってるっぽいです(自分で書いといてなんですが)
ハンギングツリーが雪深いのでわかりにくいですが、オズが滞在して半年くらい経っており、入学式シーズンを一月以上過ぎちゃったイメージで書いております。





