328 アローズ領、調査命令―終
「イゴール! ちょっと来てくれる?」
ラナが館のほうに声をかける。
こちらを見つめていた家人たちが、一斉に館を振り返った。
何人かはそのイゴールなる人物を呼んでいるようだ。
オズが尋ねる。
「誰だ?」
「流れの商人なんだけど、魔導具も扱っててね。うちに居ついているの」
「へえ。魔導具商たぁ、珍しいな」
「メインは服とか雑貨とか、そういう王都方面の流行物なんだけど魔導具も扱ってて。西には魔導具技師がいないから、ちょっとした部品でもけっこうお金になるみたいなの。彼は簡単な修理もするし」
「やり手だな」
「うん。それに如才ない人でね。お義母様にも気に入られてるから、橋渡しなんかもやってもらってるの」
(気に入られてる……次の後継者候補か?)
やがて家人たちの人垣が割れ、ラナに呼ばれた魔導具商らしき人物がこちらに歩いてきた。
(こいつが後継者――にしちゃあ、年が行き過ぎか)
魔導具商は背の高い、五十代くらいの男だった。
やぶにらみの男で、そこらの商人がよくやるような愛想笑いを浮かべていない。
オズはそこに商人としての自信を感じた。
魔導具商が二人の下まで来て、口を開く。
「お呼びでしょうか、ラナお嬢様」
「呼びつけてごめんね。オズ、彼がイゴールよ」
「オズだ、よろしく。やり手の魔導具商らしいね?」
オズがそう言いながら右手を差し出すと、イゴールは握手に応じながら謙遜した。
「いや、やり手などでは……アローズ家の皆様のおかげで、安定した商いをさせていただいております」
「なるほど。……ラナ、俺が質問しても?」
ラナは「どうぞ」と仕草で応じた。
オズがイゴールに問う。
「イゴールさん。あんた、アローズ領に魔導具を売ってるらしいね?」
「ええ。まさにその商いをさせていただいております」
「どんな魔導具を売ってる?」
「魔導具シャベルが主です。ツルハシもいくらか……あとは現場で使う魔導ランプや荷車なども」
「武器は売ってない?」
「……武器、ですと?」
「例えば、魔導具のボウガンとか……」
オズが言いながらラナのほうを見ると、彼女は鼻で笑ってそっぽを向いた。
「お売りしておりません。そもそも、魔導具のボウガンなるものを見たことがありません」
「ふ~ん。でも存在は否定しないんだね? ラナもあんたも見たことないと言いつつ、ありそうだって体で話してる」
「それはもちろん。魔導具の可能性は無限ですから」
「無限ときたか! じゃあ魔導具シャベルから魔導具の飛び道具作ったりするのも可能なんじゃない?」
「いやはや……魔導具についてあまりご存じないご様子ですな」
ここでイゴールはラナのほうを向いた。
ラナはこれにも「どうぞ」と応じ、イゴールが話し出す。
「魔導具の可能性は無限――これに二言はございません。魔導具の飛び道具もきっとございましょう。しかし、現代を生きる我々はその可能性をまったく活かせてはいないのです」
「ほう。どういう意味?」
「私たちの利用している魔導具は〝旧時代〟の遺跡から発掘し、使えるように修理したもの。あるいは作り方を解明し、量産したもの。このどちらかになります。が――ほとんどが前者。現代人が量産に成功している魔導具はほんのわずかしかないのです。技師ですらない私やお嬢様がシャベルからボウガンを作るなど……できたら素晴らしいでしょうが、夢物語ですな」
「そうか……まあでも、シャベルも武器っちゃあ武器だしな」
「……ずいぶん武器にこだわりますな?」
そこでラナがプッ、と吹き出した。
「やめてよ、オズ。うちのみんなにシャベル片手に反乱を起こさせる気?」
「反乱!?」
イゴールが驚きこちらを凝視し、ラナは笑い続けている。
オズは頭を掻きつつ、話の筋を変えた。
「ボウガンはもういい。じゃ、金は?」
「金、ですか」
「そう、魔導具の代金だよ。開発領を見てきたが、労働者である無色の半数がシャベルかツルハシを持ってた。あれがイゴールさんの売った商品だよな? ってことは、あんたは魔導具を二百から三百、都合したってことになる。仕入れにいくらかかった? それをいくらで売った? アローズ家にそんなに金がないとラナから聞いたがね?」
イゴールはラナと顔を見合わせ、それから言った。
「仕入れは二束三文。そこにいくらか上乗せしてお売りしました」
「二束三文? 魔導具が?」
「シャベルやツルハシには充填機構がないのですよ」
「じゅうて……どゆこと?」
「魔導ランプのようにエネルギーとして無色の魔導を溜めておけない、ということです。無色の魔導者が直接魔導を流すことによって初めて、魔導具として働いてくれる。つまり、ラナお嬢様以外の貴族の方々には使用できないガラクタなのです。無色奴隷に使わせるために購入する貴族、というのもお嬢様以外には聞いたことがないですし――」
「――市場価値がないわけか」
「そういうことです。私がお売りした魔導具で最も値が張るのは魔導ランプ。このランプ一つの値でシャベル三十から五十ほど仕入れることができます。私がまとまった数を仕入れたことで、多少は値上がりしていますが……それでも二束三文には違いはない」
「む……」
「そして、これが流れの商人である私がアローズ領に留まる理由でもあります。一般にガラクタとされるものが、ここでは価値あるものに化ける。商人にとってこの快感は、何とも抗いがたい」
「……」
オズはイゴールを見つめ、考えた。
(今の手持ちでこれ以上探りを入れても情報を引き出せそうにはない)
(騙されてる? いや、説得力がある。嘘っぽさも感じない)
(ラナもこの男を信用してる様子……)
(でも何でかな、何でかわからねえがこのやぶにらみの男――信用ならねえ)
「オズ、納得した?」
ラナに言われ、オズが彼女に目を向ける。
「イゴールの言ったことは私が保証する。魔導具って言ってもピンキリで、うちが仕入れているのは安価で最低ランクのものなの。じゃないと大量には仕入れられないし、お義母様も認めてくださらないわ」
「……ああ、わかった」
リセに目を向けると、彼女も聞き耳を立てていたようで、小さく頷いた。
リセが手を挙げると、十騎の警戒態勢が解かれた。
見張りの騎士たちや家人たちから安堵のため息が漏れる。
オズはラナに向き直った。
「じゃ……俺ら帰るわ」
「そっか。疑いは晴れた?」
「別にそれだけじゃないんだぜ? ほんとに俺はお前のこと心配で――」
「――わかってる。伝わってるよ」
「そうか? じゃあ、うん。いいけど」
「うん」
「……」
「何か言いなさいよ」
「いや、言い忘れたことないかなってさ。……あ、そうだ。イゴールさん!」
「はい?」
オズは館に帰ろうとしていたイゴールを呼び止めた。
「最後の質問!」
「はい。何でしょう」
こちらを向いたイゴールに、オズは暴力的な言葉を浴びせた。
「お前――今までに何人殺した?」
イゴールは何も言わなかった。
だが彼の鼻筋に皴が寄り、その目つきが変わったのをオズは見逃さなかった。
(揺れた! 次は――)
イゴールの動揺を見て取ったオズが、次なる質問を準備する。
その瞬間――。
「オズっ!」
「えっ?」
ラナはオズの頬を両手で挟み、自分のほうを向かせ、彼の頭にこぶしを落とした。
「いっ! てええぇぇ! ゲンコツって、お前!」
「当然よ! あなたの性格は知ってるけど、今のはやりすぎ!」
「いや、だって! 見ただろ、動揺したじゃん!」
「そりゃあんな質問されたら誰だって動揺するわよ!」
「……そう?」
「そう!」
オズは頭頂部を擦りながら、イゴールのほうを見やった。
彼はさっきの場所に立ったまま、こちらを見つめている。
「ごめん、イゴールさん! 冗談! 吊るし人ジョーク!」
「ごめんね、イゴール。学生時代からこういうやつなの」
イゴールはぺこりと頭を下げ、館に帰っていった。
その背中を見つめながら、ラナが言う。
「なんか、オズに会えて嬉しかったのに……急に悲しくなっちゃった」
「ええ……そんなこと言うなよ、感動のハグした仲じゃんか……」
「……プッ。冗談だよ、仕返し!」
「何だよ、やめろよな。俺、冗談言うのはいいけど、言われるのは慣れてないんだよ」
「それは自業自得」
「まあ、な」
それからオズは、リセたちと共に館を後にした。
ラナが見送ると言うので、オズの馬の後ろに乗せていった。
そして――街の入り口にて。
馬から降りたラナが、馬上のオズに別れを告げる。
「じゃあね、オズ!」
「ああ! 会えてよかったぜ、ラナ」
「今度は任務じゃないときに来てね?」
「会いに来ても、また隠されてたりしねえ?」
「フフ、どうかな。そのときはまた見つけてよ」
「館に突入するって脅してか?」
「そうそう。……それが一番、嬉しかったな」
「俺、お前の扱われ方にはまだ納得してねえから」
「オズ……」
オズは馬上から身を屈め、ラナに顔を寄せた。
「ラナ。辛かったら逃げろ。お前は負けん気は強いが逃げることを知らねえ。逃げは負けじゃない。きつかったら全部投げ出して逃げたっていいんだ。俺はそうしてきた」
ラナは目を伏せた。
「……無色のみんなを置いて?」
「ああ、そうだ! あいつらの人生はあいつらのものだ。お前が背負うことはない」
「そんなの……できないよ」
「……じゃあ、無色たちも連れて逃げろ」
「ええ?」
「農地開発のスペシャリスト集団だろ? 引く手数多だよ。俺が首吊り公に売り込んでやってもいい」
「う~ん……」
「それが気に入らなきゃロザリーを頼れ。あいつは今や王都守護騎士団団長様だからな。直接、陛下に掛け合うこともできるはずだ」
「それは、ないかな。ロザリーには迷惑かけられない」
「まだそんなこと言ってんのか。あいつはむしろダチに頼ってほしいタイプだぞ?」
「わかってる。それでもよ。――一人の騎士としての矜持っていうのかな。オズにはわかるんじゃない?」
「いや、それは……正直、わかる」
「ちっちゃなプライドかもしれないけど、私は私の力で成し遂げたいの。だから……私を信じて?」
「そう言われちゃあ、なあ……」
「オズ、心配してくれてありがと」
「役には立ってないけどな」
「立ったよ、すごく」
「本当か?」
「うん!」
「ならよかった。では最後にオズからお役立ち情報を一つ!」
「フフ。なになに?」
オズは手招きし、身体を寄せたラナに耳打ちした。
「イゴールには気を許すな」
それを聞いたラナはバッ、と身を引き、オズを見上げた。
その反応はオズには予想通りだったようで、彼は穏やかな顔でラナを見ていた。
「すまない、ラナ。でもどうしても気になるんだよ。俺の最後の質問に対して向けた表情――あの瞬間だけが本物のイゴールだった気がしてならないんだ」
ラナは瞳を閉じ、ふうっと息を吐き、それから言った。
「わかった。気に留めておく」
「それでいい。……じゃ、またな!」
オズが手綱を引くと馬が宙で前脚を掻き、方向転換した。
リセたち十騎も動き出す。
「うん! また!」
オズは後ろ向きに手を挙げて応え、馬の胴を蹴った。
駆けだした吊るし人の部隊が、あっという間に小さくなっていく。
彼らが視界から消えるまで、ラナはシルフィールドの入り口で見送ったのだった。





