320 ハングドマン▶▶オズ―上
――西方都市、ハンギングツリー。
首吊り公ヴラド直属騎士団〝吊るし人〟兵舎。
「行くぞ、オズ」
「うっす」
「魔導騎士外套、忘れるな。冷えるぞ」
「うーっす」
オズはくるっと踵を返し、自分のロッカーから魔導騎士外套をひったくるように取り、羽織りながら上司の後を追った。
「うぅ、寒い!」
兵舎の扉を潜った途端、冷気がオズを襲った。
急いで魔導騎士外套の前を閉め、襟を立てる。
獅子王国の冬は西からやってくる。
吹雪を吹かせる灰色の雲が蛮族共の住む西の果ての山脈からやってきて、荒れ地ばかりが広がる西方を渡っていくのだ。
ハンギングツリーは獅子王国で最も西にある大都市。
王都ミストラルよりも数段厳しい冬が一足も二足も早く訪れる。
「俺は冬が待ち遠しいよ」
上司がそんな本音なのか強がりなのかわからないことを言うので、オズは素直に尋ねた。
「何でっすか?」
「雪深くなれば、賊も動かなくなる」
「ああ、なるほど」
吊るし人の平時の任務は主に巡視と賊の討伐だ。
西方は貧しい村々が多く、賊やごろつきに身をやつす民も多い。
加えて王都方面の犯罪者も、追手を逃れて西へ来るので治安は相当に悪い。
真っ当な人々が真っ当に暮らせるのはそれこそハンギングツリーとその周辺くらいのもので、その状況を実現しているのが吊るし人だと言える。
ゆえに吊るし人の旗印――くくり縄は悪人に恐れられる一方で、正しき者にとっては尊敬や憧れの対象でもあった。
(制服着て街歩いてると、ほんとそう思う)
オズは先輩騎士三人の後ろを上司と共に歩いているが、街の人々からの視線を常に感じる。
馴れ馴れしく近寄ってきたりはしないが、こちらを見る瞳に恐れや憎しみがない。
(吊るし人ってわりと狭き門らしいし……俺なんかが飛び入りしてよかったのかねぇ)
城門に着き、馬に乗る。
五騎編成でハンギングツリー周辺の巡視が今日の任務だ。
馬をしばらく走らせていると、ふいに上司が言った。
「お前が来て、二か月か」
「ああ……そっすね。もうそんなになるか」
「初めはこんな奴を中途入団なんて、公も焼きが回ったかなんて思ったがな。ハハハ……」
(あ、やっぱり歓迎はされてなかったわけね)
「……でもな。すぐに公が入団させた理由がわかったよ」
「え、理由? 何なんですか?」
「自分ではわからないか?」
「……わかってますよ。俺は手配されてたんで。ロザリー――〝骨姫〟との話し合いでヴラド公が預かることになり、吊るし人で使う期間を強制労働扱いに……ってのが理由ですね」
「わかってないな」
上司が笑った。
「いや、ほんとにそれが理由っすよ?」
「吊るし人は公、肝いりの精鋭騎士団だぞ? なんで強制労働のためにわざわざ入団させるんだ」
「そんなこと俺に言われても……」
「まあ、いい」
「ええ? 小隊長が考える理由、教えてくれないんすか?」
「前を見ろ。仕事だ!」
「!」
見れば、先行していた三騎が左右に広く展開している。
目標は壊れた風車小屋。
先だっての騒乱で、大巨人に破壊されたままになっている廃墟だ。
こういった廃墟が賊やごろつきの巣となる。
賊は外に見張りを立てていたようで、指笛の音が響き、風車小屋から何人か出てくる。
「――四、五。同数か。全員捕縛するぞ」
そう言って、小隊長が馬の腹を蹴る。
オズは小隊長を急いで追うことはせず、賊の動きを観察した。
賊はまず、見張りをしていた一人が逃げ出した。
それを右に展開していた騎士が追う。
残りの賊四人は、展開した二人とその後から来る小隊長を見て、それぞれが別の方向へ逃げ出した。
(逃げきれたらラッキー、恨みっこなし作戦ね)
オズも馬を急かし、先に行った仲間のフォローをすべく手綱を捌く。
「あッ!?」
右から短い悲鳴が響いてきた。
最初に逃げた賊を追った騎士が発したものだ。
オズが横目でチラリと見ると、騎士が落馬し、その馬を賊が奪って乗ろうとしているところだった。
馬が嫌がり暴れて、賊は手綱を掴めず苦労している。
前を行く二人の騎士と小隊長が、落馬した騎士の援護に向かうべきか迷い、速度を緩める。
オズは馬を全速で動かし、小隊長含む三人に叫んだ。
「全員外道! 全員魔導持ち!」
三人がハッと目の前の賊に向き直る。
残りの賊たちは逃げ切れないと判断したのか、再び風車小屋に集まっていた。
オズが続けて叫ぶ。
「自分の敵に集中! ためらうな、殺れッ!」
先手を取ったのは賊のほうだった。
ふいに辺りの気温が下がり、吹雪が吹き荒れる。
「チ、雪の精霊騎士か!」
気象変化に怯え、馬が進まなくなった。
オズは馬から飛び降り、駆けだす。
吹雪で視界が悪い。
右手で剣を抜き、左手で目の上を覆いながら仲間のところへと急ぐ。
風車小屋近くまで来ると、すでに斬り合いになっていた。
二対三。
賊のほうは二人が斬りあい、残り二人は後ろに下がっている。
(何で四対三にしねえの?)
(一人は雪の精霊騎士なんだろうが……)
(二対三なら遅れは取らねえよな? 精鋭騎士団だもんな?)
オズはそう考え、後ろの二人に向けて飛びかかった。
魔導を脚に溜め、大きく跳躍する。
斬り合いを飛び越え、剣を振りかざして賊の後衛に向かって落ちていく。
後衛二人のうち一人が、片手で印を結び、こちらに向けた。
その手から氷柱が飛び出し、オズの心臓に向かって飛んでくる。
「はいはいはい! ありがちな術だね、っと!」
オズは予想していた軌道の精霊術に向かい、右手を向けた。
そして手のひらに氷柱の先が触れた瞬間、叫ぶ。
「すり替え!」
すると右手に触れた氷柱がたちどころに消え失せ、相手に向けた左手から現れ、射出された。
「クッ!」
雪の精霊騎士は自分の術でやられるわけにはいかないと、剣を抜き、氷柱を横薙ぎに払った。
氷柱が砕け、氷の粒が舞う。
その氷の粒の中を、オズが真っ直ぐに落ちていく。
「あ、うッ!?」
全体重を乗せた一撃が、雪の精霊騎士の肩に食い込んだ。
深く入ったオズの剣は、肩の骨を断って内臓にまで届いていた。
雪の精霊騎士の瞳から生気が消える。
「あ、ああ……」
もう一人の賊は腰を抜かし、尻を擦りながら後ずさりした。
オズは雪の精霊騎士の身体に片足を乗せて剣を引き抜き、その血濡れの剣を腰抜けに突きつけた。
腰抜けはもう動けず、オズを上目で見上げるだけだった。
オズが小隊長たちに目を向ける。
一対三。
一人は地面に倒れ、薄く積もった雪に紅い花を咲かせている。
そしてただ見ているうちに、もう一人も倒れた。
小隊長が言う。
「オズ!」
「こっちは大丈夫っす。落馬したパイセンを!」
「わかった!」





