302 カラスは死神の訪れを知っている
うっかり更新日を忘れておりました。
曜日感覚がー。
ケイミ山、東。
坑道付近の森林地帯を抜けると、そこから広がるは人の住めぬ湿地帯だ。
緩い地盤には家は建たず、食べ物はすぐに腐り、常に吐き気をもよおす臭気が漂い、どこそこにある毒の沼地は墓標のない墓場となる。
ギャラン一行が湿地帯を駆け抜けていく。
臭気も、跳ねる汚泥も、気にしてなどいられない。
背後から迫るもののほうが、遥かに恐ろしいものであるからだ。
自分たちを除けば、動く気配は泥から上がるあぶくと枯れ枝で鳴くカラスだけ。
四方から聞こえるカァカァと鳴く声に、外道騎士たちが漏らす。
「はあ、はあ。……やけにカラスが多いな」
「ああ、気味が悪い」
「俺たちが死ぬのを待ってるみてぇだ」
不安がる仲間たちの声を聞き、ドッズが先頭のギャランに尋ねた。
ギャランは少年を脇に抱え、脇目も振らず走っている。
「ギャラン! ホントにこっちでいいのか?」
ドッズがこう尋ねるのは、このまま東へ進めば王国領の東と南をぐるりと囲む天然の要害――絶壁の高地ハイランドにぶつかるからだ。
東方面へ突っ切ることができない以上、今からでも北か南へ方向転換したほうがいい。
そう考えてドッズは尋ねたのだが――。
「――このままだ。東へ進む」
「ハイランドに着いたらどうする気なんだ」
「……大魔女グウィネス、知ってるか?」
ギャランがそう小声で言うと、ドッズは目を剥いて叫んだ。
「その名を口にするな! 縁起でもねえ!」
ギャランは薄く笑い、言った。
「そう喚くな。大魔女がどこにいるか、お前は知らないだろう?」
「そんなの誰も知らない――ギャランは知ってるっていうのか!」
「噂だ。ただの噂。この先に大魔女の館があり、迷い込んだ奴は一生出ることができないという」
「そんなの……!」
「そんな与太話を何で今話すのかって?」
「そうだよ! 意味がわかんねえよっ!」
「〝骨姫〟は大魔導だ」
ドッズはグッ、と下唇を噛んだ。
「……わかってる!」
「いいや、わかってない。わかってたら、逃げ切るのは不可能だとわかるはずだ」
「……あきらめるってのか?」
ドッズとてバカではない。
もしギャランの言う通り、追っ手が〝骨姫〟であるならば、逃げきることは無理だろうと心の中ではあきらめていた。
だからこそ、ギャランにはこの問いかけを否定してほしかった。
「いいや。ほぼ不可能だが、可能にする方法が一つだけある」
「っ、どんな方法だ!」
「追ってくる大魔導が、他の大魔導と揉めたらどうなる……? 俺たちなんぞに構ってる暇はなくなるんじゃないか?」
「ッ! 天才か、お前!」
ギャランが指を二本、立てる。
「問題は二つ。本当にグウィネスの館がこの先にあるのか。あったとして、〝骨姫〟と揉める形に持っていけるかどうか、だ。俺たちはこのまま館に乗り込む格好になるが、先にグウィネスに殺られちまったら意味がない。出たとこ勝負になる、うまく立ち回れるといいが……」
ギャランはそう不安を口にするが、ドッズの目は輝いていた。
「聞いちまうと、もうそれしかないって策に聞こえる。ほんと天才だぜ、ギャラン」
「お褒め頂きどーも。さ、とにかく走るぞ!」
「ああ! おい、お前らも緩めずに走――」
ドッズは他の外道騎士たちを激励しようと振り返った。
しかし、後続はかなり離れた場所で足を止めてしまっていた。
「何してんだ、あいつら……!」
ドッズが後戻りを始め、ギャランも少年を下ろしてついていく。
外道騎士たちはなぜか得物を振り回している。
近づいてよく見ると、集ってくるカラスを追い払おうとしていた。
「来るな! ちくしょう!」
「くそっ! 行けっ、ほらっ!」
「ああ、どんどん来る……」
気がつくと、カラスの数は百を優に超えるものになっていた。
上空には何十ものカラスが旋回し、枯れ木には枝がしなるほど、岩の上や倒木の上にも無数にいる。
「こいつら……まるで意志を持ってるみてえだ……」
ドッズがそんな感想を漏らすと、彼の近くにいた一羽のカラスが不気味に鳴いた。
「……ガ来ル」
ドッズは金縛りにあったようにその場に立ち尽くし、首だけ回してそのカラスに目を向ける。
カラスはカァカァと鳴いていて、ドッズのほうを見ている。
「ぎゃ、ギャラン」
「どうした、ドッズ?」
「今、カラスが喋っ……た」
「……何をバカなことを」
すると周囲に数多いるカラス共が、一斉にガァガァと会話を始めた。
「姫ガ来ル!」
「ドコノ姫ダ?」
「〝骨姫〟ダァ」
「我ラガ姫ェ!」
「夜ヲ連レテ」
「骨ヲ率イテ」
「後ニ残ルハ死体ダケ……ギャアギャア!」
しわがれたカラス共の話す人語に、外道騎士たちは恐れ戦いている。
するとカラス共は一斉に静まり、その恐怖を啄むように嘴をガチガチと鳴らした。
しばらくそうしてから、カラス共が一斉に鳴く。
「「〝骨姫〟ガ来ルゾォォ!!!」」
飛び立っていくカラス共。
黒い羽根が埃のように舞い落ちて、外道騎士たちの視界を汚す。
やがて落ちてくる羽根が減り、ギャランが目を上げると。
「……〝骨姫〟、か」
ロザリーはすぐそこにいた。
彼女が騎乗する黒い骨馬――グリムは、「さあどこへでも逃げてみろ」とでもいうふうに、青白い炎を纏った蹄を威勢よく掻いている。
グリムの上から睥睨するロザリーに対して、ギャランは思わぬ行動に出た。
「!」
ギャランはグリムが脚を伸ばせば蹄が届くほど近づき、ぬかるみの中に膝をつき、土下座したのだ。
「すまなかった。許してくれ」
あまりの変わり身の早さに、ドッズをはじめとする外道騎士たちは顔を見合わせている。
そんな彼らにギャランが土下座したまま叫ぶ。
「お前らもだ! 死にたいのか!」
慌ててドッズがギャランの後ろに膝をつき、他の外道騎士たちもそれに続いた。
「……賊って、もっと媚びたり、悪態をついたりするものだと思っていたけれど。こんなに清々しい土下座をする賊は初めて見たわ」
ギャランがバッ! と顔を上げる。
「それじゃあ!」
「なにがそれじゃあ、よ。許すわけない。あなたたちは王都へ連れて帰って獄に繋ぐわ」
「それでいい! 命があるならそれでいいんだ! 感謝します、〝骨姫〟様! ほら、お前らもお礼を申し上げろ!」
「「感謝します、〝骨姫〟様ッ!!」」
「はいはい。もう、いいわ。――〝野郎共〟!」
ロザリーの求めに応じ、骸骨共が影から馳せ参じた。
驚く賊どもを無視して、ロザリーが命を伝える。
「全員が騎士だから魔導鉱製の枷で繋いで。外せないよう、丁寧にね?」
すると、ギャランが慌てた様子で言った。
「〝骨姫〟様! 一人だけ魔導のない者がおります。子供ですので、その者だけはどうか扱いを軽くしてやっていただきたく……」
「子供? どこに?」
するとロザリーの後方から〝野郎共〟の包囲をすり抜けて、柔らかな金髪の少年がギャランのほうへ歩いてきた。
ギャランがそれを慌てて止める。
「小僧、動くな! 危ねえからそこに……なっ?」
少年はロザリーをついっと見上げ、すぐにギャランへ視線を戻した。
そしてトトッ、と駆け出す。
「おい、小僧――」
「――母さんの仇! 死ねっ!」
少年は服の中から短刀を取り出し、それを両手で構えてギャランにぶつかっていった。
二人の身体が交錯する。
やがてギャランは震える手で少年を押し退け、自分は後方に倒れた。
「小僧ッ!」
ドッズが、続いて外道騎士たちが立ち上がり、少年を捕まえ、泥の中に押し倒した。
ドッズは少年を仲間に任せてギャランに駆け寄る。
「ああ、出血が酷え……〝骨姫〟様、どうかギャランを先に――〝骨姫〟様!?」
ロザリーは一部始終をただ傍観していた。
ドッズに名を叫ばれている今も、放心状態に近い。
それは少年の身の上だとか、ギャランの罪だとか、そういったものが理由ではなかった。
ロザリーは、必死に今見た記憶を頭の中で繰り返していた。
(あの子が私を見たとき……)
(瞳が赤く光って見えた……魔女の輝きとは違う、あの光は――)





