300 ある村の事情―2
ロザリーは一人、村のすぐ外で賊がやってくるのを待ち構えた。
ちらりと上空を見ると、クリスタの天馬が見える。
かなり上空を飛んでいるので、そうと知らねば鳥と区別できないだろう。
やがて、前方に土煙が見えてきた。
「数は……あれっ、十五? 上から見てるロロが数え間違えるとも思えないし、土煙で後続が見えづらいだけ、かな?」
賊が近づくにつれ、彼らの顔や装備も判別できるようになった。
「……鎖を持ってる。村人を捕えて売る気ね」
ロザリーは地面に落ちた自分の影に意識を向けた。
まず自分の足元にある影を左右に十メートルほど伸ばす。
次に左右の端をロザリーを中心点として、ぐるりと影で円を描く。
これでロザリーをエサとした死霊騎士式捕獲檻の完成だ。
「ホゥホゥ!」
「ヤー! イヤッ!」
賊どもが馬を囃したてる声がうるさく聞こえる。
おそらくこちらへの脅しも目的にあるのだろう。
やがてロザリーが一人であることを認識した賊たちは、馬に騎乗したまま彼女の周りをグルグル回り始めた。
「村の娘じゃねえな?」
「たしかに芋くねえ」
「うひぃ、上玉ダァ……!」
「食おうとすんな。お前は芋娘で我慢しろ」
勝手な会話がすぐ近くで繰り広げられるが、ロザリーは何の反応も示さない。
「おい、娘っこ。何で逃げねえ? 何で怖がらねえ?」
「ビビって声も出ねえのさ!」
「バカな女だ。危ねえ場所にのこのこと……!」
「脳ナシは痛い目見るしかねえ」
ロザリーはやはり口を開かない。
しかし、もちろん彼女は怯えているわけでも脳無しでもない。
(やっぱり十五……後続が来る気配もない。三騎は引き返した?)
ロザリーは高台のほうを見やった。
茂みに隠れているシリルと目が合い、彼女はこっくりと頷いた。
(彼女には三騎の行方が見えてる? ……ううん、ここはシリルを信じる!)
ロザリーはシリルを指差すことで「そちらは任せる」と意思表示し、それから大声で叫んだ。
「〝野郎共〟ッ!」
ズシャアッ!!
ロザリーの声に呼応して、突如として骸骨兵が現れた
数は二百余、全員が具足と長槍を装備している。
賊どもは完全に包囲された形だ。
「何だッ!?」
「す、スケルトン!?」
「何処から! 昼間の野っぱらだぞ!」
隙間なく並んだ槍の穂先が、賊どもをチクチクとつつく。
右往左往している間に包囲は狭まり、ついには馬と馬の鼻先が触れるほどぎゅうぎゅう詰めになった。
「おい、娘は!?」
賊の一人がハッと気づいてロザリーを探すと、すでに彼女は包囲の外にいた。
黒い骨馬に跨がった彼女はマントを開いて手綱を持っていて、下の制服が見えている。
「あの制服は……まさか、ミストっ!?」
賊どもが気づいたところでロザリーが告げる。
「王都守護騎士団である! 降伏か死か、今すぐ選べ! 死を選んでも構わないぞ? 私にとって骸骨兵が増えるのは好ましいことだ!」
二百余の骸骨兵が一斉に数多の穂先を突きつける。
彼らの肉の無い剥き出しの歯が、賊どもには笑って見えた。
十五の賊は戦意を無くし、武器を捨て投降したのだった。
ロザリーは野郎共に命じ、賊自身が持っていた鎖で彼らの手足を拘束させた。
次に奴らが乗ってきた馬の鞍に腹から乗せ、片側の鐙に両手を、もう片側の鐙に両足を繋がせる。
それを十五人分。
作業を見守りながら高台をちらりと見やるが、シリルの姿はない。
「……あなたたちは周囲を警戒。明日の日暮れまで、村に賊を入れないで」
そう命令すると、作業を終えた骸骨兵たちは乱れのない動きで村の周囲へ散った。
ロザリーは少しの不安を感じながら、賊を繋いだ馬たちを連れて村の中心部へと歩いていった。
中心部に村人が集まっていた。
子どもを入れると四十人以上。
賊の拠点が近くにあるというのに、ロザリーが想像していたよりずっと多くの村人が残っていたようだ。
そして――。
「シリル!」
シリルはロザリーより先にそこに着いていて、傍らには三人の賊が捕らえられていた。
「その三人はどこに?」
「村の後方です。前後から挟むつもりだったようで」
「村人を一人も逃がさず捕虜にして、奴隷商に売るつもりだったのでしょうね。さすがね、シリル。あなたがいてくれてよかった」
シリルは照れくさそうに言った。
「お褒めにあずかり光栄です。しかし、ロザリー様のように傷一つ付けずに、とはいきませんでした」
見れば、シリルが捕らえた三人には肩や腰に矢が刺さったままになっている。
それを見た上で、ロザリーは首を横に振った。
「いいえ、上出来よ。私は『逃がすな』とは命令したけど、シリルはすべて生かして捕らえたんだもの。素晴らしいわ」
「もうお許しください、ロザリー様」
そう言って、シリルは顔を赤くして俯いた。
シリルが黙り込んで会話が途切れると、ロザリーは周囲の視線が自分に釘付けになっていることに気づいた。
彼らの目には賊が捕らえられた喜びなど微塵もない。
これからどうなるのかという不安、恐れ。
そんな押し潰されそうな空気が村人たちを包んでいた。
「あの、さっきの村長代理の人は?」
ロザリーがそう言うと、村人たちの視線が動いた。
視線の先に彼を見つける。
「あ、いた。ちょっと二人で話せる?」
リーダー格の青年は小さく頷き、歩き出したロザリーの後についていった。
――村近くの高台。
夕暮れが迫り、村人たちは夕餉の支度のために家々へ帰った。
次々に炊煙が立ち昇り、夕方の空に霞んで消えていく。
「……なぜ村人を逃がさないの?」
それを聞いた途端、青年はグッと唇を噛んだ。
ロザリーは彼が言われたくないこと――怒りを爆発させる地雷のようなものを踏んでしまったと気づいたが、それでも聞く必要があると思い、質問を重ねた。
「賊が近くの坑道に集まっているのは知っているのよね? なぜ遠くに避難しないの?」
青年は怒りを奥歯ですり潰し、それを息に込めて吐き出してから、言った。
「……十六年前の獅子侵攻だよ」
「!」
「あの戦、騎士様だけじゃなく魔導のない男衆もすごい数が動員されてるんだ。まあ、必要なのはわかるよ。皇国に攻め込むんだもんな、食料なんかを運んだり陣地設営するのを騎士様がやってたら、肝心なときに戦えなくなっちまう」
「……そうね」
「で、動員するときに王様は気づいたらしいんだ。王都ミストラルから動員したら王都の暮らしがやべえことなっちまうって。だからまず、王都近郊の村々から動員することにした。当時すでにジジイだった村長の世代と、子供だった俺らの世代。それらを除いてゴッソリだよ」
「動員された人たちは……?」
「……隣村は何人か帰って来た。でも、もうダメだった。身体も、心も、もうズタボロだった」
「……そう」
「俺は……俺の世代は、逃げたい気持ちはある。でも無理なんだ。……あんたはいくつだ?」
「ちょうど獅子侵攻の年の生まれよ」
「やっぱり同じ世代か。じゃあわかるだろ? やっと一人前の年になって、家族作って子供が生まれるやつも出てきた。先月も一人、赤ん坊が生まれたばかりだ」
「ええ。そんな年よね」
「だから逃げたいって言ってくる奴もいる。妻子と逃げるから見逃してくれって。でも俺は、そいつに言わなきゃいけねえことがあるんだ。『お前の母親や祖父母は誰が面倒見るんだ?』って」
「親たちも一緒に逃げることはできないの?」
「母親たちと年寄りたちは動かない。あの人たちは言うんだ、代々の土地を捨てて年寄りや中年の女衆が生きてはいけない。若い衆の足を引っ張るだけだって」
「……そうかしら? 軽く言ってはいけないのかもしれないけど、その気になればどこでだって生きていけると思うわ。家族が一緒なら」
「俺だってそう思うよ。苦しい生活になっても、賊に怯えて暮らすよりはずっといいはずだからな」
「じゃあ、なぜ……」
「あの人たちは今も信じてるんだ」
ロザリーは青年の言葉の意味をすぐには理解できなかった。
そしてその意味を理解したとき、ロザリーは大きく目を見開いた。
「そんな……!」
「だからあの人たちは逃げられない。あの人たちが逃げないなら、俺らも逃げられない。近くの村も、逃げてないとこは同じだよ」
「……この周辺の村落のことを教えてくれる? 逃げていない村のことを」
――それから、夜が更けて。
高台から村を見下ろしていたロザリーの下へ、シリルがやってきた。
「ロザリー様」
「シリル」
「先ほど、ロロ秘書官とクリスタが村に降りました。秘書官は長い騎乗で臀部を痛めたらしく、『お尻が燃えてる』と連呼しております」
「ロロったら……恥ずかしいなぁ、もう」
「村人がよく効く塗り薬を分けてくれまして、明日には痛みが引くと申しておりました」
「ありがたいわね。どっちが助けられてるんだか」
「――で。ロロ秘書官から聞いたのですが」
シリルの顔に険が浮かぶ。
「なに?」
「大量の骸骨兵が村はずれに現れて、どこかへ出ていくのを見たと。間違いありませんか?」
「ええ。私が送り出したわ」
「伺っておりません。どこへ送ったのですか?」
「近隣の、まだ人が残っている村へ。今夜、賊が襲ってきても守れるようにね」
「……ロザリー様。意見を具申してもよろしいでしょうか?」
「そんな前置きいらないわ。あなたは自由に意見していい」
「ありがとうございます」
シリルは一礼し、それから険しい顔で語り始めた。
「ロザリー様の慈悲深さには尊敬の念すら抱きます。――しかし。大量に兵を動かせばそれだけ敵に察知されやすくなります。ロザリー様ご自身も賊拠点に知られぬことが第一であるとお考えだったはず。拠点襲撃は明日です。今、襲撃に気づかれて逃げられでもしたらすべてが水の泡。今夜ひと晩に起こるかもしれない犠牲程度は目を瞑らねば、より多くの犠牲を出すことになりませんか?」
シリルの言はもっともだった。
しかし、ロザリーの返した言葉はシリルが首を捻るものだった。
「十六年よ」
「……はっ?」
どうかしたのか、何か混乱しているのかとシリルは思ったが、ロザリーは真剣な眼差しでシリルを見つめ、続けた。
「あの青年から、彼らが逃げない理由を聞いたの」
「逃げない理由、ですか」
「だっておかしいじゃない。シリルだって思ったでしょう? 近くに賊が大勢いると知ってるのに、なぜ逃げないんだって」
「それは……」
実際、シリルも似たようなことは思っていた。
ただシリルの場合、勝手に理由を結論付けていた。
『こんな危険な状況なのに家や畑を惜しんで居残るなんて愚かなことだ』と。
ロザリーが続ける。
「十六年――獅子侵攻が起きた年よ。赤ん坊だった私がこの身体になる年月。その間ずっと、彼らは待ってるの」
シリルが眉を顰める。
「待ってる? 何をです?」
「獅子侵攻に動員された我が息子、我が夫が帰るのを」
「ッ!! そんな!?」
「だから彼らは村を捨てない。愛する人が帰る場所が無くなってしまうから」
シリルは思う。
十六年も経って、戦地から家族が戻るなんてあり得るのだろうか。
わずかなら可能性はあるだろう。
生き残りはしたがどこか遠くで帰れずにいて、長い年月をかけてやっと故郷への帰路に就く。
そんな細い針のような、あるいは砂粒のような、ごくわずかな可能性だが。
そんな可能性を信じて生きることは、果たして幸福と言えるのだろうか。
「わからない……理解できません……」
シリルはそう呟くように言った。
聞こえたはずのロザリーはそれに答えなかった。
「骸骨兵のことは心配しないで。日が落ちてからは闇に溶かして動かしてる。守られてる村人すら気づかないわ」





