289 ロザリー✕アーサー
「確かこの辺に……あったっ!」
鍵穴を突き止め、腰から鍵束を取り出し、その中から一見して鍵とは思えぬ、紙のように薄く細長い鉄のプレートを手に取って鍵穴に差しこむ。
ズズ……ンと重い音と共に壁が動き、隠し部屋の入り口が露になる。
アーサーが鍵を引き抜くと、再び壁が戻り始めた。
アーサーは動く壁の間に身体を滑り込ませ、隠し部屋へと入った。
隠し部屋は狭く、床の真ん中に一メートル四方ほどの穴がぽっかりと空いている。
アーサーは備え付けのランタンを手に取って火を点し、そこにかかった梯子に足をかけ、下り始めた。
穴が狭くて窮屈だが、そんなことは言っていられない。
そもそも不満を言う相手も、もういないのだが。
「ふーっ。ふーっ」
長い梯子を下り終え、地下通路に出た。
地下通路はいくらか広く、アーサーは一息ついた。
「ここまでくれば追ってはこれまい……」
「――そうかしら?」
何気なく言ったアーサーの台詞に、返事が返ってきた。
声の元は地下通路の先。
アーサーは顔を強張らせ、暗い通路にランタンをかざす。
人気などあるはずのない地下の空間に異常があった。
暗がりの一部が不気味に蠢いている。
よく見ればそれはさっき見たような骸骨共で、蟻が集るようにして骸骨の塊を作っている。
「〝骨姫〟だなッ!? 姿を現せッ!」
「どうしたの? アーサー。声が震えているわ。ふてぶてしいあなたはどこへ?」
骸骨の塊が蕾が開くように剥けて、中からロザリーが現れた。
暗がりに立つ黒髪色白の少女が、アーサーの目にはより一層美しく思えた。
「……呼び捨てか、嬉しいねぇ。ついに俺のことを意識してくれたのか?」
「二人きりよ、アーサー。形ばかりの敬意など、何の意味も持たないでしょう?」
ロザリーがしずしずと歩いてくる。
アーサーはそれを見てだらしなく口を開き、よだれを垂らした。
「ダメだ……お前が死ぬほど恐ろしいのに、お前の肌を焼きたくてたまらない……!」
「……まるで火に飛び込む虫だわ」
「それでも、ッ!!」
アーサーは無謀にも、自らロザリーに飛びかかった。
貴族として、領主としての資質を疑われがちなアーサーであったが、魔導者としては超一級の素質を備えている。
殺気を漂わせる大魔導に向かっていけるのは、大いなる魔導者を相手にしても簡単にはやられないという自負があるからだ。
それは彼自身の努力の賜物などではなく、初代〝火炙り公〟の血――彼の中に脈々と流れる残虐なる祖先の血がなせる業である。
――しかし。
「あ? あっ……ぐッ!?」
飛びかかってきたアーサーにロザリーも自ら飛び込み、彼の顎の下に左手を差した。
喉を掴まれたアーサーは、宙で身体をバタつかせる。
ロザリーはそのままアーサーの身体を地下通路の壁に押しつけ、ゴリゴリとアーサーの顔をすりおろしながら歩いた。
「うぐうう~~ッ!」
呻くアーサーを正面に向き直らせ、今度は右手で鉄槌を振り下ろす。
「グ、はあ……ッ!!」
吹き飛んだアーサーは地下通路の天井と地面でバウンドして、梯子の下に横たわった。
ロザリーは土埃が落ちてくる天井を見上げて、眉を寄せる。
「……暴れる場所ではないわね。手短に終わらせましょう」
「ぐぬぅ……」
アーサーは顔面を血に染めつつ、内心驚愕していた。
(昨日の晩餐会でも感じた……ッ)
(気のせいではなかったッ!)
(コイツ、やはり一年前より強くなってやがるッ!)
アーサーの自負は根拠のないものではない。
偉大な祖先の血は、感情で増強する魔導と炎の能力の他にもう一つ、彼に異能を与えていた。
接触した相手の魔導を測れる異能である。
そしてアーサーは、ロザリーの魔導を肌で感じたことがあった。
それは一年前の騎士叙任式後の舞踏会でのこと。
あのときアーサーはロザリーの手を握り、彼女の魔導をしかと感じ取っていた。
大魔導ではないアーサーから見て、大魔導の魔導は聳える山のように見える。
舞踏会のとき。
ロザリーの魔導は確かに巨大な山であった。
が、それでも山の全貌には見当がついた。
――険しいが、自分なら踏破してみせる。
そう信じこむことができた。
だが今はどうだ。
雲に隠れて頂は見えず、裾野は視界に収まりきれていない。
「……魔導は血によって決まる」
アーサーが俯きながら呟き、ロザリーが目を細める。
「急に何? 打ち所が悪かったのかしら」
するとアーサーは顔を上げて叫んだ。
「魔導は生まれながらに定められている! なのに何でお前は強くなってる! たった一年で、どうやって!!」
この言葉に、ロザリーもまた内心で驚いた。
(私が……強くなってる?)
(なぜだか加減がうまくいかないのはそのせい?)
(晩餐会でアーサーを投げたときもそうだった。思っていたより、やり過ぎてしまった)
(魔導が増えた? ……そうか、バロールの【葬魔灯】!)
答えを見つけたロザリーは思わず微笑み、答えを知らないアーサーはそれを不敵な笑みと受け取った。
震える腕を地面に突っ張って上半身を起こし、ロザリーを見上げる。
「なぜ、お前はそれほどに……っ!」
そんなアーサーに、ロザリーが顔を近づける。
「アーサー。私が欲しいの?」
「ッ!!」
「私の肌を焼きたいのよね?」
「……」
アーサーは歯を喰いしばり、上目にロザリーを睨みつつ、頷いた。
「フ。その素直さに免じて命だけは許してあげる。でも次からは直接、私の肌を焼きに来なさい。度胸がないからってグレンや他の親しい人を狙うのは許さないわ」
「……フン、許さないからどうした。やはりあのとき殺しておけばよかったと後悔するだけだぞ?」
「そうね……まずランスローを滅ぼすわ」
「!?」
「できないと思う?」
「~~ッ!」
「わかっているようね。そう、私にはできるの。止めに入ることが可能なのは地理的に首吊り公ヴラド様くらい。でも、ハンギングツリーも比較的近いというだけで距離があるわ。実質、私を止められる勢力は存在しないの」
「我が、ランスロー騎士団がいるッ!」
「もちろん、それも滅ぼすわ。あなたの持ち物をすべて取り上げるのが目的だから」
「っ、いいや、フカシだな! お前は王都守護騎士団の団長になった! 治安維持の責務があるのに私怨でランスローを滅ぼしたりはできまい!」
「何を言っているの。流れで団長になったのだから、そのときは流れで辞める。それだけのことよ?」
「~~っ」
本心では大いに迷い、苦悩した上での決断だったが、アーサーにわかるわけないと高を括っていた。
実際、アーサーは反論できなくなって睨み上げるだけになっている。
「お話も尽きたようね。ではおやすみなさい、目覚めは牢の中だから」
「ランスロー公子の俺が、牢になど!」
「はい、おやすみ」
「がっ!? う、ぐぅ……」
ロザリーの手刀がアーサーの首筋を捉え、彼の瞳が瞼の裏まで回って、白目を剥いた。
「よかった。魔導が増えたと認識したら加減もうまくいったわね」
横たわったアーサーを見下ろしつつ、ロザリーはひと仕事終えた安堵と、変わってしまった自分の状況に大きなため息をついたのだった。
――ニ十分後。ユールモン邸のアプローチ。
念のため魔導鉱製の手枷をはめられたアーサーとイングリッドが、護送馬車に乗せられる。
さらに念を入れて護送任務をオパールとその部下に命じた。
アーサーを乗せた護送馬車がユールモン邸を出立する。
これで敷地からユールモン家の者はいなくなったが、まだたくさんの王都守護騎士団が残っていて、仕事に奔走していた。
ピートに使った手枷やロープなどの証拠品の回収や、一部始終を見ていた野次馬たちからの証言集め、舘を調べてこの事件の計画書を探したりと裏付け捜査に余念がない。
「……これほど団員たちが仕事熱心だとは知らなんだ」
半ば呆れてそう言うドゥカスに、ロザリーは笑った。
それを見たドゥカスが言う。
「いやいや、笑い事ではありませんぞ? 団長が誰かで仕事ぶりを変えるなど、あるまじきことですぞ」
「それはそうかもしれませんね」
そう言ってから、ロザリーはまた笑った。
ドゥカスも釣られて笑い、それから言った。
「しかし――総員突入とは思い切ったことをなさる」
「初めからこうすればよかったのです」
「儂には無理だ、あなただから団員はついてきた」
「そうでしょうか? 少なくともオパールや一部の団員はついてきたのでは?」
ドゥカスは目を細めて何かを想像していたが、すぐに首を横に振って想像を頭から追い出した。
「とにかく、お見事でした。これなら安心してお任せできそうだ」
それを聞いたロザリーが首を傾げる。
「……何か、王都守護騎士団を離れるような言い草ですね?」
「は? ……いやいや。団長を辞めたわけですから、当然王都守護騎士団を離れますぞ?」
「なるほど。だから突入後は我関せずといった態度だったのですね?」
「いや、儂も加わると指揮が混乱すると思いましたので。気を悪くされたなら謝罪しますが、いまや王都守護騎士団ではない儂が手を出すわけにはいきません」
「そのような怠惰な姿勢は団長として許しません。そもそも、あなたから退団願を受け取っておりません」
思わぬ言われように、ドゥカスは焦った様子で理由を付け加えた。
「いや、しかし、前団長が居残っては派閥の元になるのです。ですから王都守護騎士団は伝統的に副長もおかず、前団長は退団するのがしきたりで――」
「――そんなものは知りません。前団長の去就なんて団長になる前に説明すべきことなのに、私は説明されておりません」
「それは、いや、しかし……」
「それに。先ほどおっしゃったではないですか、私だからついてきたと。それが本当なら、ドゥカス殿が残っても派閥になどならないはず。それとも何ですか。先ほどのはただのおべっかで、やはり私に責任をなすりつけたいだけ?」
「まさか! そんなことは断じてないとはっきり申し上げておきますぞ!」
「では、責任は感じてらっしゃる?」
「もちろん!」
「なら残って責任を果たすということで問題ありませんね?」
「ぬっ……!」
二の句が継げなくなるドゥカス。
そんな彼の手を取り、ロザリーは言った。
「王都守護騎士団のことを何も知らない私には、相談相手が必要なのです。いいですね、ドゥカス?」
「~~っ、ハッ!!」
ドゥカスはその場に膝をつき、忠誠の姿勢を示した。
近くで仕事をしていた団員たちが、この光景を横目で見ながら嬉しそうにしている。
遠くに小さく拍手している者までいる。
(何よ。やっぱりあなたを信頼する団員もいるんじゃない)
ロザリーはほんの少しだけ嫉妬しながら、彼の肩に手を置いた。
「よろしくね、ドゥカス」
ロザリーは頼もしい部下を得たことを喜びながら、ユールモン邸を出た。
するとまだ残っていた野次馬たちから大歓声と拍手が巻き起こった。
「〝骨姫〟ロザリー!」
「我らの守護女神!」
「我らの王都守護騎士団!」
ロザリーはそれらに手を挙げて応え、新たな居場所である王都守護騎士団本部へ向かって歩いていく。
その様子を、遠く物陰から見つめる二人の騎士がいた。
グレンとドルクである。
彼らは急ぎミストラルまで戻り、ここユールモン邸に駆けつけた。
ドルクはアーサーを諫めるために。
グレンはピートの代わりとなるためだ。
しかし二人が駆けつけたとき、ロザリーが王都守護騎士団に向かって演説をしているところだった。
去っていくロザリーを見て、グレンが呟く。
「……敵わないな」
それからグレンがドルクを見ると、彼もまたロザリーの姿に見入っていた。
「おい、ドル――」
グレンはドルクに声をかけようとしたが、途中でやめた。
まるで魂が抜けたような彼の表情に怖くなったのだ。
しかし、ドルクの呟いた言葉は聞き逃さなかった。
「おお……ルイーズ様……」





