286 ミストラルオーダー✕ユールモン
多忙につき今週1話です。
――夕刻、王都守護騎士団本部。
「団長殿!」
ノックもせずに団長室の扉が乱暴に開かれ、ドゥカスは眉を顰めた。
入室してきた者をじろりと睨み、低く言う。
「……オパールよ。お前にしては無作法だな?」
「お叱りは後で!」
「何があった」
「七番詰所の分隊長、ウォルターが救援を要請しました!」
ドゥカスはいっそう眉間の皺を深くしたが、次の瞬間にはデスクの上の書類へ目を戻した。
「……ならばマニュアルに沿って適切な数の救援部隊を派遣すればよかろう」
「いえ、団長殿のご裁可が必要なのです」
「ぬ? なぜだ」
「相手が六大貴族だからです」
これにはドゥカスも目を剥いた。
事件捜査にあたる王都守護騎士団にとって、高位貴族は厄介な存在である。
高位貴族やその子弟が被疑者となれば、その地位と権力をもって罪をないものにしようとしてくるし、実際に罪に問えなかった事案がいくつも存在する。
それが六大貴族ともなれば尚の事。
救援要請を受け取った係の者はきっと混乱し、右往左往したことだろう。
(なるほど……その状況を目にしたオパールが、これでは埒が明かぬと儂の下へ飛び込んできたのだな?)
そう読み取ったドゥカスが、オパールに問う。
「大貴族とは誰だ?」
「ランスロー公子です」
「アーサー卿か……」
昨晩の晩餐会での出来事がドゥカスの頭に思い浮かぶ。
「彼は何をした?」
「七番詰所から団員のピーター=ロスコーを拉致したと」
「拉致だと!? なぜだ!」
「理由はわかりません。ただ拉致されたことは間違いないようで、配下を調べにやったら目撃証言が山のように取れました」
「……アーサー卿は今、どこに」
「ユールモン邸です。ピーター=ロスコーも共にいるようです」
ドゥカスはおもむろに椅子から立ち上がった。
そして背後の壁に掛けられた青白二色のマントを見つめ、それからマントを壁から外した。
「ッ! 団長ご自身が出られるので?」
「仕方なかろう。団員が攫われて団長が黙ってはおれぬ」
「お供いたします!」
「うむ。動ける団員すべてに招集をかけろ。ユールモン邸を包囲する」
「ハッ!」
オパールが意気揚々と団長室を後にする。
一方のドゥカスはマントを纏いつつ、その心が冷え切っていくのを感じていた。
(おそらく最後の任務、か……)
――王都上層、ユールモン邸。
ピートの上司である分隊長ウォルターの呼びかけに個人的に応じた騎士十数名が館入り口を封鎖している。
だが、彼らは敷地に入れないでいた。
騒ぎを聞きつけた市民が野次馬となって上層まで詰めかけ、その様子を遠巻きに眺めている。
アーサーはというと、館と門をつなぐ広いアプローチ部分にあえて陣取り、敷地外の様子を愉快そうに眺めている。
ピートは意識を取り戻していたが、手足を縛られ、猿轡まで噛まされて、アーサーの手勢に囲まれていた。
「アーサー卿!」
分隊長ウォルターが叫ぶ。
「いかなる理由があれど、これは誘拐! すぐにピートを解放してください!」
アーサーは余裕たっぷりに返す。
「しなければどうする?」
「大貴族とて、法から逃れられるわけではありませぬぞ!」
「お前がどうするのかと聞いている。押し入ってきて私を捕縛するのか?」
「ぐっ……」
「できないよなァ? お前は立派な騎士様を装っているがその実、口だけの男だな!」
「……ッ」
誇りを傷つけられたウォルターは、憎々しげにアーサーを睨む。
ウォルターの呼びかけに応じた騎士の一人が叫んだ。
「熱くなるな、ウォルター! 我らがここで見ている限り、アーサー卿はピートに危害を加えられぬ!」
それを聞いたアーサーの目が邪悪に輝く。
「ほう。果たしてそうかな?」
アーサーは手勢の一人が腰に差していた短剣を抜き取り、ピートに迫った。
怯えるピートに顔を寄せ、囁く。
「目と耳と鼻。どれがいい?」
「んーっ! んーっ!」
ピートが必死に首を振ると、アーサーは顔を歪めて笑った。
「お前、かわいいなァ? かわいそうになったから、傷をつけるだけで勘弁してやる」
アーサーはピートの頬に短剣の刃先をピタリと当てた。
「さあ。焼きごての時間だ」
その瞬間、短剣の刃先が真っ赤に光った。
「ギャッ!?」
高温に熱された刃先がゆっくり滑っていき、ピートの頬を焼いていく。
「……ッ、ッ!!」
「ああ、いい香りだ。生きた肉が焦げる臭い……」
アーサーが短剣を頬から離すと、刃先は元の銀白色に戻った。
ピートはぐったりと項垂れた。
「っ、ウォルター!」
仲間が気がついたときには、分隊長ウォルターは敷地の中に入り、ピートの元へ駆け出していた。
思惑通りの状況に、アーサーが笑う。
「不埒者がユールモンの敷地に侵入してきたぞ! 者共、討ち取れいッ!!」
「「オオッ!」」
アーサーの手勢たちがウォルターに向かって動き出す。
「ああ、マズい!」
仲間たちがウォルターを救うべく、敷地内に突入の構えをみせる。
そこへアーサーが叫ぶ。
「踏み越えれば大貴族たるユールモンの土地! 侵す者にはランスローの名誉にかけて償わせるぞ! 覚悟はできていような!?」
「グッ……!」
仲間たちが躊躇しているうちに、ウォルターと手勢たちがぶつかった。
ウォルターは決して弱い騎士ではなかったが、多勢に無勢。
彼が剣を抜くのを躊躇ったこともあり、瞬く間にウォルターは組み伏せられた。
「お前は額にしてやろう」
アーサーが立ち上がり、組み伏せられたウォルターに近づく。
そして彼の目の前でしゃがみ込み、赤く熱せられた刃をちらつかせる。
「なぜ焼きごてするか、わかるか? 家畜が誰の所有物か、誰の目にも明らかにするためだ」
ウォルターはアーサーを睨み上げるが、それもアーサーを喜ばせることしかできない。
と、そのとき。
敷地外の野次馬たちがどよめいた。
「なんだ……?」
アーサーが門を見る。
大勢の足音も一緒にやってきていて、それが館の周囲を包囲する。
その者たちは揃いの青マント姿。
王都守護騎士団の部隊であることは、誰もがひと目でわかった。
地面の上でウォルターは涙した。
「来た……来てくれた……!」
大勢の王都守護騎士団が門の前を埋め尽くす。
そしてその中から白髪の騎士が歩み出てきた。
団長のドゥカスである。
「これはこれは! 王都守護騎士団のドゥカス団長殿ではないか! 我が邸宅に何用で?」
ドゥカスは静かに言った。
「アーサー卿。そこにいるピーターとウォルターをお放しくだされ」
アーサーは少し考え、それからニヤリと笑った。
「いいや。卿には関係のないことだ。お引き取り願おう」
「関係ない? 両名とも王都守護騎士団ですぞ?」
「職務とは無関係の話だ。お帰りを」
このような言い訳が通用すると思っていること自体に、大貴族の傲慢さが窺える。
そう考えたドゥカスは目を細め、門に近づいた。
アーサーは手勢を動かそうとしたが、その前に動いた人物がいた。
「お? イングリッド?」
アプローチ近くの樹の陰にて気配を隠していたイングリッドが、ドゥカスの前に躍り出たのだ。
己が剣の柄に手を置き、堂々と言った。
「ご自重を。ドゥカス団長殿」
「自重? アーサー卿ではなく儂が、か?」
「これより先はユールモンの土地。王都守護騎士団団長といえど許可なく入ることは許されません」
「捜査権がある。それに目の前で我が配下は捕らわれているが」
「あなたには関係ないと主は申しております」
冷静に、淡々と返すイングリッド。
(よくもまあ、この状況で顔色一つ変えずに主をかばえるものだ)
ドゥカスは少し感心しながらイングリッドを見つめ、それから彼女に近づき、背中を丸めて囁くように言った。
「――小娘。死にたいか?」
老齢の武人がすぐそばで唱える殺意。
瞬間、イングリッドは身震いし、反射的に剣を抜いた。
(しまっ……殺気に当てられた!)
すぐに後悔したイングリッドだったが、もはや後には引けない。
ドゥカスはいつの間にか身を引いていて、抜かれた刃先を彼女だけでなく他の王都守護騎士団たち、その後ろの野次馬たちまでも目にしている。
ドゥカスはわざとらしく、執り成すように言った。
「おお……落ち着きたまえ、護衛の騎士殿。先に抜いたことは不問に付そう。だから剣を納め、主を説得するのだ。この行いは間違っていると」
しかしイングリッドは剣を握り直した。
「……騎士として越えられぬ一線がございます故」
「私怨で王都守護騎士団を攫うのは一線を越えていないと? 主を諫めることこそが卿の務めであろう!」
「いかようにでも。殺気を漲らせた騎士を主に近づけることなど、できるものかッ!」
「……うまく口実にしおる。本当に死ぬのが恐くないのか?」
イングリッドは緊張した顔つきでフ、と笑った。
「ドゥカス団長殿こそ。あとが恐いとはお考えにならないので?」
「周回遅れの心配だよ。儂の首ひとつで済むなら安いこと。それに、団員を拉致されて団長が黙っておれば、首になるより酷いことになるわ」
「なぜ、あなたの首だけで済むと?」
「……」
そう言われて黙ったドゥカスを見て、イングリッドは勝機を見出した。
声を張り上げ、数百名いる王都守護騎士団に向かって叫ぶ。
「団長の首だけで済むと思うなよッ! 敷地に入った者はすべて道連れだ! ランスローの地を侵した罪! 妻子親兄弟まで巻き込んで償わせてやるわッ!」
イングリッドの言は先ほどアーサーが言った台詞をなぞったものだが、これが王都守護騎士団たちによく効いた。
団員たちはたじろぎ、仲間に相談し、迷っている。
勝利を確信したイングリッドは、ドゥカスに向けて不敵に笑った。
――しかし。
「ッ!? あなたはッ!」
ドゥカスが敷地との境界線を、軽い調子で越えて入ってきたのだ。
イングリッドが剣を持ったまま詰め寄り、胸ぐらを掴むような格好になってドゥカスに顔を寄せ、囁く。
「……死人が出ないように立ち回っているのがわからないの!?」
「わかっているとも、優秀な護衛騎士殿。だが、その死人の中にピートとウォルターは含まれているのかね?」
「っ!」
「しょうがない、救えない。君にはそうなのだろう。だが儂には無理なのだよ」
「二人のために何人を殺す気? 何百人の仕事を奪う気なの!」
「いっそ潰れてしまった方がよい」
突然のドゥカスの言葉に、イングリッドが怪訝な顔で聞き返す。
「……何ですって?」
「これで何もできないような王都守護騎士団なら、潰れてしまった方がよいと言っておる」
「あなたは……ッ!」
アーサーは二人が囁き合う様子を不審に思い、命令を叫んだ。
「イングリッド! 何をしている、早く殺れッ!」
「~~っ!」
イングリッドはドゥカスを突き飛ばし、剣を構えた。
今度は本能的な自己防衛ではなく、ドゥカスを排除するためだ。
対するドゥカスは帯剣しているが抜くそぶりはない。
イングリッドは迷った。
「……どうした? 斬らぬなら通らせてもらうぞ?」
「団長殿!」
ドゥカスの背後からは、オパールが叫び声。
彼は今にも飛び出し、突入しそうな様子だ。
「オパール! 来るでないぞ!」
「しかし!」
ドゥカスは「大丈夫だ」と目で答え、それから歩を進めた。
ドゥカスはやはり剣を抜かない。
しかしその屈強な肉体から放たれる殺気は尋常ではなく、さすがのイングリッドもそれを目前にしては冷静ではいられない。
「殺れ! イングリッド!」
彼女の背後からは主の厳しい声。
目前に迫る老人は、その本質である武人の気配を漲らせて近づいてくる。
もう、間合いは侵されている。
「殺らぬか、イングリッドッ!!」
「……う。うおおォォ!!」
イングリッドはランスロー騎士団においてドルクに並ぶ騎士である。
その実力は他の騎士団でも筆頭を担うであろうもの。
その彼女が瞬間的に身体を捻り、溜めた力を剣を握る右手に伝え、捻ったときの倍の速さで身体を戻す。
この間合いゼロで放たれた瞬速の突きは、ドゥカスを十分に殺害しうるものであった。
――狙い通り、ドゥカスの胸に到達していれば。
「う、ッ!?!?」
剣先はドゥカスの胸に届く前にビタリと止まった。
止まった原因はすぐ目の前にあった。
横から伸びた白い手が、剣の刃を指先できつく掴んでいる。
イングリッドはその手を辿り、その人物を認めた。
「〝骨姫〟、ロザ……リィッ!?」
何の前触れもなくそこに現れたロザリーは、冷たい目でイングリッドを見つめていた。
誤字報告、大変助かっております。
ありがとうございます。
誤字が入力ミスの場合、その部分をスマホで書いたのかPCで書いたのか案外わかるものですね。





