表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【書籍化】骨姫ロザリー ~死者の最期を追体験し、力を引き継ぐ~  作者: 朧丸
第二章 西方争乱〝猛禽の宴〟

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

266/355

263 葬魔灯バロール―3

 バロールの集落はそれなりに大きな部族だった。

 近辺に他の部族の村も存在するが、どれも小規模なもので、何をするにもこちらの集落にお伺いを立ててくる。

 ある種の従属関係にあるといっていい間柄だった。


 この夜、催されるのは、数年おきに行われる戦士の誕生祭。

 バロールの集落に近辺の部族が集まり、年頃の若者たちを族長たちが見定める。

 そこで認められた若者だけが、新たに戦士を名乗ることが許されるのだ。

 広場に設けられた大きなかがり火の前で、儀式が進む。

 族長たちの審査は厳密なものではなく、事前に推薦された若者は余程のことがない限りは認められる。

 バロールの友、アトラも事前に族長アドゥから推薦することを伝えられている。

 他部族の長が高々と若者を紹介する。


「この者、膂力無比にして村に並ぶ者なし! 女なれど戦士の資格に値せんと思うがいかがか!」

「異議なし!」「異議なし!」


 紹介されたのは今回の戦士候補の中で一番の体格の良さを誇る若者で、今回唯一の女性だった。

 同部族の者は誇らしげに、他部族の者は驚きをもって拍手する。


「異議あり! 膂力無比とは疑わしい! この場で示されよ!」


 そう言い放ったのはアドゥであった。

 彼が目配せすると大人の戦士が三人がかりで石斧を運んできた。

 実戦では使えない大きさの、ただ重いだけの石斧である。

 それをアドゥは片手で軽々と持ち上げ、女戦士候補の目の前に放り投げた。


「さあ!」


 女は臆するどころかニヤッと笑い、石斧の柄をギチリと握る。

 それからこめかみに青筋を立てながら、石斧をゆっくり持ち上げていく。


「「オオオ……」」


 持ち上がるごとに観衆の声は高まり、ついにその肩に担ぐと万雷の拍手が起こった。

 アドゥが言う。


「見事なり! ここに偉大な戦士が生まれた! この者、百の冬を越えて語り継がれよう!」


 輪をかけて大きな拍手と喝采が巻き起こる。

 一方その頃バロールは、集落の端っこに積まれた(わら)の上に寝そべって、儀式の様子を眺めていた。


「……ヤラセ臭っ」


 そう呟いて、どこからかくすねてきた蜂蜜酒をクピッと味わう。

 こんなところで見てるのは、もちろん人目を避けるためだ。

 今夜は他の部族も集まっている。

〝低き者〟の見た目をしているバロールの噂は、他部族の村でも広まっているだろう。

 そんな中で実物が歩いていたら、何をされるかわかったものではない。

 それにこの藁置き場は壁こそないが屋根はあり、柔らかな藁の寝心地は暖かで、多少痒いくらいしか文句はない。

 バロールが観劇気分なのも無理ないことだった。


「おっ。ついにアトラの番か!」


 バロールは身を乗り出すが、よく聞こえない。

 そのうちにアトラはお辞儀して、元の席に戻ってしまった。


「え? もう終わり? ……ああ、そっか。さっきの女戦士が儀式の見せ場だったんだ。残りは流れ作業よろしくやっちまわないと時間かかるもんな」


 その後の儀式はアトラのときのように流れるように終わり、戦士候補は数十人いたのに一時間足らずで儀式は終わった。

 その後は、肉と酒が振る舞われる晩餐となる手はずだったのだが。


「アドゥよ」


 ある部族の長が声を上げた。

 バドリという名の発言力のある族長だ。

 さあ、お楽しみの晩餐に移ろうと、すでに立ち上がっていたアドゥが眉を顰める。

 だが他の族長たちは黙ってアドゥの反応を見ている。

 アドゥは渋々ながら座り直し、そのバドリに聞き返した。


「なんだ、族長バドリよ」

「二つ向こうの槍山の部族を覚えているか」

「二つ向こう? 勿論だ。俺の初陣だったからな」


 アドゥは我慢できず給仕の女に食事を催促し、届けられた骨付き肉にかぶりついた。

 歯でむしりとった肉を咀嚼しながら続ける。


「十五年前になるか。奴らはこの山に攻めてきた。戦士になりたてだった俺は突っ込んでって向こうの族長に挑んだんだ。奴は若造と侮っていたが、俺が槌で打ったら頭が身体にめり込んで、眉まで埋まっちまった。まるで、亀のようだった!」


 周囲の者から笑いが起こる。

 いつの間にか隣に来た先ほどの女戦士がアドゥの太い腕に触れ、「それから?」と武勇伝の続きを催促する。


「奴の部族は泡食って逃げてった。それからその部族は力を失い、住処も追われ散り散りになったと聞いたな。……それがどうした?」


 バドリは深刻な顔で言った。


「奴ら、また槍山に戻ってきた。勢力も前以上に盛り返している。あの戦を恨みに思っているから、じきに攻めてくるだろう」


 他の族長たちがざわめく。

 しかしアドゥが言う。


「恐れるな、族長バドリよ。来ればいい、また俺が追い返してやる」

「……できるか?」

「また亀にしてやるさ。なあ、皆の衆?」


 再び笑いが起こる。

 アドゥは力を示すべく動じずに言ってのけたのだが、バドリは予想外の台詞を返した。


「あちらの族長は巨人だぞ」

「!!」


 アドゥは目を剥いて固まった。

 他の族長たちは先ほどの比ではないほどざわめいている。


「……何をバカな」


 アドゥが疑いの言葉を吐く。

 しかしバドリは裏を取ってこの発言に及んでおり、その説明を始めた。


「槍山に戻った部族が周辺部族をあっという間に平らげたと聞いてな。不安を感じて調べに行かせたんだ」

「調べに行ったそいつが吹いてる(・・・・)だけだろう?」

「行かせたのは経験のある戦士三人だ。うち一人が大岩に潰されたような状態で帰ってきた。それが拳の跡だと気づくまでは俺も疑っていたよ」


 アドゥが首を振る。


「やはり信じられないな。それならなぜ二人は帰ってこれたのだ」

「伝言人だよ、アドゥ。死ぬか降るか選べ、とな」

「む……それでも本当かどうか……」

「間違いないと俺は見てる。だが、間違いならそれでいい、俺がこの発言の責任を負えばいいだけのこと。本当だとしてどうするか、それを今ここで決めよう。事は急を要する」


 アドゥも、他の族長も押し黙った。

 巨人と普通の蛮族には明確な差がある。

 まず体格面。

 蛮族はどんなに体格がよくても二メートル半は超えない。

 一方巨人と呼ばれる者は小さくて四メートル程度。大きい者は十メートル近くになる。

 次にその戦闘能力。

 体格に比例して膂力にもはっきりと差があり、巨人がいるかどうかで戦の結末が容易に変わるほどだった。

 族長が誰も声を上げないのを見て、件の女戦士が立ち上がった。


「お前は軟弱者だ、族長バドリ! 巨人がなんだ! こちらには偉大なる戦士アドゥとこの私がいる! デカいだけのノロマな巨人など軽く捻ってやる! なあ、アドゥ?」


 しかし隣のアドゥは女戦士を見るだけで声を発しない。


「どうしたんだ、アドゥ――」

「――口を閉じろ、ひよっこ」

「何だと!? バドリ、貴様ッ」

「お前は巨人を知らん。だが私もアドゥも知っている。この目で見たことがあるのだ」

「はんっ! だからビビっているわけか!」

「そうだ。アドゥもな。――どうだ、アドゥ? お前は巨人を殺せるか?」


 アドゥは困った。困り果てた。

 彼が幼き頃、多くの山と村を巻き込んだ大戦があった。

 どちらの陣営も巨人が率いていて、アドゥやバドリが見たのはその時のこと。

 特にアドゥは目の前で見たことがあった。

 彼が先の族長であった父と二人でいるときに、敵の巨人と出くわしてしまったのだ。

 偉大だった父は巨人を目の当たりにした途端、生まれたての小鹿のように脚を震わせ、股座からは水分が滴った。

 巨人は薄く笑いながら近づいてきて、アドゥの父の頭に手を置いた。

 次の瞬間パンッと破裂音がして、見ればそこに父はおらず、肉と赤い血だまりになっていた。

 巨人は同じようにアドゥの頭に手を置いた。

 しかし、アドゥは死ななかった。


「父のようにはなるな」


 低く低くそう言い、巨人は去っていった。

 アドゥは頭を振って苦い思い出を追い出し、周囲の者の顔を見た。

 他の族長も、女戦士も、バドリですらもすがるような目で自分を見ている。

 アドゥは絞り出すように言った。


「……やるだけ、やってみるっ」


 このとき、バロールも藁の上からこの様子も見ていた。

 巨人がどうとか言ってるが、遠くてよくはわからない。

 そもそもバロールは巨人を見たことがない。

 ただ、アドゥがとても困っているのは遠目でもよくわかった。


「へへっ」


 つい笑い声が出た。

 バロールが笑ったのに大した理由はなかった。

 日頃偉そうにしているアドゥがたじろいでいる様が、少し滑稽だっただけだ。

 もしかしたら慣れない酒の勢いだったかもしれない。

 しかし笑った直後、会合がシン、と静まり返った。


(やべ、聞こえたか?)


 バロールは怖くなって、藁から降りてその陰に隠れた。

 それでも静かなままなので、しばらくしてから恐々と焚き火のほうを振り返った。

 誰かがすぐ近くにいて、こちらを向いて立っている。

 焚き火の逆光で顔がよく見えない。だがこの体格は――。


「あ……アドゥ?」


 アドゥが剛腕を振るった。

 藁置き場が屋根ごと吹き飛び、藁が舞う。

 バロールが一瞬漏らした嘲笑は、百人以上が集まる場で偶然起きた一瞬の静寂を、不運にも貫いていた。


「ごめん、アドゥ。笑ったの謝るからさ――」


 ――ドゴッ。

 一発目でバロールの意識が揺らいだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小説2巻&コミカライズ1巻 4月25日同時発売!            
↓↓『特設サイト』に飛びます↓↓ 表紙絵
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ