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97 馬車の旅

 そして肝心のエイジたちは、現在旅路の中にいた。

 今日も今日とて魔剣作りの道のりを進む。そのゴールは遠く、頂点へ登り詰めたと思っても、そこは通過点に過ぎず、さらなる頂上への道のりが現れるなど何度繰り返したことか。


 今回エイジたちが直面した問題もまさにそれで、長く夢見てきた最強種、覇王級モンスター、ハルコーンが遺した角を素材にして作り出す究極の魔剣完成にこぎつけた。


 目標とした究極素材による魔剣が完成した以上、彼らの目的は達成されたと言っていい。

 しかし、やはり達成されていなかった。


 エイジたちの目指す究極の魔剣が作れたはいいものの、その究極魔剣を収める鞘が作れなかったのだ。


 かつて最悪の暴威として恐れられた覇王級ハルコーンは、その身を一振りの剣に変えてなお頑なに孤高を貫く。

 枠の中にはまり込むのをよしとせず、あらゆる素材で作った鞘も内側から引き裂いて、収まることを拒んだ。


 いかに優良な剣であっても、鞘に収められなければ完成とは言えない。

 なんとかしてこのじゃじゃ馬剣を手懐けようと、究極の剣に見合った究極の鞘作りがエイジやギャリコの新たな課題になった。


 しかし、そのために手掛かりは何一つない。

 途方に暮れたところへ乱入してきたのは、人間族の商人クリステナだった。

 ドワーフの都で新たに知り合ったその女商人は、エイジたちも知らない新しい情報をもたらしてきた。


 天人。


 人間族やドワーフ、エルフなどよりもさらに希少な人類種の一つだという。

 かなりの小規模で、険しい高山地帯に定住し、他種族と交わることはほとんどないという。

 そのためギャリコやセルンはおろか、エイジですらもその存在を知らなかった謎の人類種。

 その天人ならば、ハルコーンの角より作り出した究極魔剣キリムスビの鞘が作れるのではないか。

 という女商人クリステナの提案によって、エイジ一行は天人族が隠れ住むというアスクレピオス山脈へと向かう途上にあった。


 クリステナが率いる隊商に同行して。


              *    *    *


「いやー! 助かりますねえ!!」


 隊商のリーダーである女商人クリステナは移動中ずっとウキウキしていた。


「勇者様が同行してくださる道行なんて、なんという安心感! これほど安心できる商品運搬は、私が商人になってから初めてですよ!!」


 移動中、どんなモンスターが襲ってきても、聖剣を持つ青の勇者セルンがいればたちどころに返り討ちにしてくれる。

 ましてこの一行には、ついに聖剣に匹敵あるいは凌駕する魔剣を手にした覇勇者エイジもいるのだ。


「保険のために隊をいくつかに分ける必要もない! ドワーフの都で買い付けた大切な貴金属宝石類を、丸ごと全部我が手で管理しつつ、最短コースを一直線に本店まで運び込める! こんな楽な輸送が今まであったでしょうか!? いやない!!」


 嬉しさのあまり反語まで使ってしまうクリステナ。

 傍から眺めるエイジたちは、そろそろウザさを感じていた。


「あの……、エイジ様、やっぱりというか私たち……!」

「体よくこの商人さんのボディーガード役として利用されているんじゃ……!?」


 エイジ一行のメンバーであるセルン、ギャリコは何とも腑に落ちない様子だった。

 魔剣キリムスビの鞘を作るため、その手掛かりになるかもしれない天人族への訪問。

 その道案内に女商人クリステナの協力が必要不可欠だとしても、むしろこちらが利用されている感が、ドンドン不満へ転化されていく女性陣だった。


「ま、ある程度は受け入れようよ」


 エイジが達観したように言った。


「どうせ商人が損得勘定抜きで行動するなんてありえないんだからさ。むしろこうやって、向こうが得るメリットが明け透けに見えてる方が安心できる」


 エイジたちは、魔剣の鞘を作れるかも知れない天人の下へ案内してくれるメリット。

 クリステナにとっては、それまでの道程をエイジたちの武力によって安全保障されるメリット。

 互いに持ちつ持たれつが成立している。


「世界中を駆けずり回り、時には他種族とも交渉して買い入れた商品が、モンスターに襲われたら台無しだ。破産の危機に直結する問題でもある。それを、こうして勇者を乗せることで解決できるなら万々歳ってところだな」


 とはいえ本来なら人間族全体を守ることが建前の聖剣の勇者を隊商の守りについてもらうこと自体贅沢の極みと言えるが。


「おかげで僕たちも、こうして自分の足を動かすことなく楽に移動できているんだ。たまにはこういうラッキーがあってもいいと思って、状況を満喫しようじゃないか」


 現在エイジたちは、クリステナ率いる隊商が引く馬車に、多くの商品共々同乗させてもらっていた。


 聖剣院を出奔した元勇者エイジ。

 神のごとき鍛冶スキルを持つ女ドワーフ、ギャリコ。

 聖剣院より青の聖剣を賜った、現役勇者セルン。


 この三人がパーティを結成してドワーフの鉱山集落より旅立ってから、自分たちの足を動かさずに移動するのはこれが初めてのこと。

 馬車による移動は、振動によって尻が痛くなることだけに目を瞑れば快適この上なかった。


「でもさあ、本当にあの人の言うこと、信用できるの?」


 ギャリコがいかにも疑わし気な口調で、同じ話を蒸し返す。

 知る人ぞ知る希少種族、天人。


「その天人なら、魔剣キリムスビを収める鞘が作れるかも知れないって言う……!?」


 その疑問を、ドワーフの都を出てから何回も繰り返して口に登らせるギャリコだった。


「ギャリコがこんなに疑り深い性格だったとは……!?」


 だが実際のところは、彼女の鍛冶師としてのプライドが棘を出しているだけだろう。

 現時点でギャリコの最高傑作たる魔剣キリムスビ。

 本来ならばその鞘も自分自身の手で作り出したいのにお手上げ状態。それを他者に託すというのは、たしかに製作者として歯がゆいに違いない。


「可能性はあると思う」


 推測の域を出ないが、と前置きを入れてエイジが言う。


「天人には、他の人類種にはない特殊な能力があるって話だからな。僕たちの知らないその能力の中に、問題を解決する手段があるかもしれない」


 そもそも、魔剣キリムスビの素材であるハルコーンの角がエイジたちの手に渡ってきた経緯自体にも天人は関わっている。

 ハルコーンの角は元々ハルコーンと対峙した聖剣の覇勇者グランゼルドが覇聖剣にてへし折り、戦利品として聖剣院に所蔵されたものだったという。


 それを、聖剣院の意に反したエイジを懲らしめんため、ハルコーンを呼び出す手段としてその角が使われた。


「ハルコーンは、自分の体の一部だった角の位置を感知できる。自慢の角を取り戻そうと、アイツは僕らの前に現れた」


 角を取り戻したハルコーンと改めて戦い、勝利することでエイジたちはハルコーンの角を得た。

 しかしハルコーンにそうした感知能力があるなら、聖剣院に所蔵されていた時期から本体が強襲してこなければおかしい。


「それを防いだのが、特殊な秘術にて編まれた封印の衣……、だったのですよね?」

「ああ。ここからは僕にとっても伝聞だが、その封印の衣によって角の放つ妖気が遮断され、ハルコーン本体もその位置を感知できなかったとか」


 その封印の衣を織り上げたのが、他でもない天人だという。


「一度は、覇王級モンスターの放つ妖気を完璧に封印してみせた天人ならば、ハルコーンの角を元にして生み出した魔剣の鞘も作り出せるかもしれない。少なくともヒントを得られる可能性は充分にある」

「そうかも、だけど……!」


 ギャリコはまだ不満げだった。


「でも、私はなんだか少し嬉しいです」


 今やエイジ一行の一員として掛け替えのないセルンが言った。


「嬉しい? 何が?」

「だって、この旅の目的はハルコーンの角で魔剣を作り出すことだったでしょう?」


 ドワーフの都でその目的は達成され、魔剣キリムスビが作られた。


「目的が達成されたら旅も終わります。でもこうして新たに目標が出来て、また旅を続けられる。それが少し嬉しいかな、と……!」


 しみじみと言うセルンに、エイジもギャリコも優しげな視線を……、向けなかった。


「セルン、キミの目的は僕を聖剣院に連れ戻すことじゃなかったのか?」

「旅が続いて、それが先延ばしになったらダメじゃないの」


 そう冷静に指摘されて、セルンはハッとなる。


「そうでしたーーーーッッ!?」

「まあ、魔剣が完成しても聖剣院に戻るつもりはサラサラないけどね」


 いつまでも初志を曲げないエイジだった。


「まあ、私もそんな気分を実感してましたから、もういいですよ」


 トホホなセルン。


「それよりも私自身、この旅で多くの得るものがありました。エイジ様の下でソードスキルもメキメキ上がりましたし、数多くのモンスターを倒してきました。それは私の、勇者として動かしがたい成果だと考えています」

「全部人間族の勢力圏外で倒したモンスターだけどね」

「いいんです! 『ネズミと人間族はどこにでもいる』と言うではないですか! 世界中どんな場所でモンスターを倒しても、何かしら人間族のためにはなっているんです!!」


 セルンが旅路で培ってきたのはソードスキルや兵法スキルだけでなく、エイジが不良勇者として聖剣院の意向を無視し、世界中で暴れ回った素行や方便まで受け継がれていた。


 実際セルンがエイジたちと同行するようになってから倒したモンスターの数は、他の聖剣勇者と比べてもダントツに多い。


「まあ、言われてみればたしかに、この三人で旅するのも楽しいし。もう少し続けられてよかったとも思うわ」

「そうでしょう! ギャリコそうでしょう!?」


 旅を通じてすっかり仲良くなったセルンとギャリコ。


「じゃあまあ、とりあえず天人族のいるところまで旅の延長を楽しむとしますか」

「そのことなのですがエイジ様」


 三人の話に、女商人クリステナが割り込む。


「天人たちの住むアスクレピオス山脈へ登る前に、一度我が商会の本拠に立ち寄らなければいけません。ドワーフの都で買い付けた商品を収めなければ……!」

「言われてみればその通りだな。かまわないよ。こっちがキミたちの道行きに同行させてもらっているんだし」

「ありがとうございます! そこで相談ですが、エイジ様には是非とも我が商会長の挨拶を受けて……!」

「それはNO」


 まったく商人は油断も隙もなかった。


「で、キミらの商会の本拠はどこにあるんだ? そこに立ち寄ってから天人の住処に行くことになるんだろ?」

「あ、ハイ……」


 クリステナは言った。


「リストロンド王国の首都。そこが我が商会の本拠地です」

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