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266 飛仙

更新再開となります。最終章です。どうか最後までお楽しみにください。

 最後の目的地が決定した。


 ネキュイアの海


 世界の果てにある絶海であった。


 全人類種が住む大陸から発し、西へ、西へ、遥か西へ……、と進んでいけば、いつかたどり着けると言われている。


 西。

 つまりは日、没する場所。


 太陽が地下へと沈んでいくのと同じ場所に、神の待つ異界は存在するという。

 そう。

 エイジたちがこれから向かう先には、神が待っている。


 すべての邪悪の根源とみなされている人間族の創造神。


 剣神アテナ。


 その神の下へ、ついに乗り込む時が来た。


    *    *    *


「……で」


 エイジ、ギャリコ、セルン、……そしてサンニガの四人が並ぶ。


 彼らが見詰めるのはまさに海。


 水平線を遥かに臨む大海原だった。


「来れるところまでは一応来た」


 一面のマリンブルーを見詰めながらエイジは言う。


「現在のところ、ここが人類種の行きつける限界点だ。ここから先は、それこそ神でなければ踏み込めない領域……」


 そう言うエイジたちが立っているのは、岬だった。


 海へ向かって突き出た陸地。


『潰えの岬』と呼ばれるこの場所は、大陸最西端に位置する。

 もっとも夕日に近い陸地である。


 ここより先には海水しかなく、人類種が行ける領域ではない。


 ただ海に入れないというだけではない。


 モンスターに蹂躙されるこの世界では、大海にも海棲生物型のモンスターが蔓延り、不用意に海上へと乗り出した人類種を引きこんでは食い殺してしまう。


 その故にこの世界では、船舶技術も進歩することなく潰えてしまった。


 仮にエイジのような達人が乗り合わせ、出会うモンスターすべてを一瞬の下に斬り伏せられるとしても、大きな船そのものが標的となればどんな達人でも防ぎ切ることはできない。


 穴が一つ空けばそれで終わり、船は転覆して達人諸共海の藻屑となる。


 そうした歴史から長距離航海のための大船すらないのだから、海の向こうを目的地とするエイジたちは八方塞がりだった。


 とにかく徒歩にて到達できる限界たる岬で、臍を噛むしかなかった。


「とりあえず来れるところまで来てみたが、これ以上はどうしようもないな」

「移動中に何かいいアイデアが浮かぶかもしれないと思ったけど、そんなこともなかったわねえ……!」


 同行のギャリコやセルンも、大海原の前に途方に暮れるばかりだった。


 山に登り、谷を下り、地上のあらゆる場所を旅してきた彼らにとってさえも、海は飛び切りの異界だった。

 生きて帰ってくるどころか、一歩踏み出す算段すらつかない。


「やっぱり海へ行くには船が必要なんじゃない?」

「あの川や池に浮かべるヤツですか? あんなので海に出て一瞬でひっくり返りません?」

「もっと大きいヤツよ。またドワーフの都に行って、それっぽいのを拵えてもらいましょう。ドワーフに作れないものはないわ!!」


 論は出るもののいまいち現実味がなく、全員足が動かなかった。

 諦めて一旦海の前から去る。

 それが、できがたかった。


 何とかして海を越えていけないか。

 手段は今自分たちの手中にあるのではないか。


 悶々と思い続けていると……。


「我が叔父貴レイジは、オニ族最強の呼吸使いだった」


 そう突然言い出したのは、サンニガだった。


「サンニガ……?」


 隠された人類、オニ族の少女。


 世界の果ての谷底に身を隠し、数千年と密かに暮らしてきた。

 それが一族の掟だと。


 そんなサンニガが押しかけるように同行したのは、他ならぬエイジにも半分オニ族の血が流れていたから。


 サンニガが叔父と呼ぶレイジこそ、エイジの血を分けた父親。

 エイジは、物心ない赤子の頃ですら実父と会ったことはない。


 彼が母親の胎内にいた頃には既に、父親は地上から消え去っていた。

 海を越え、異界へと旅立っていったのである。

 今まさに、エイジたちもまた向かおうとしている場所へ。


「……そうだな、俺の父はこの海の向こうへ渡っていったという。そこで何があったかわからない。でも渡っていったというのはたしかなんだ」

「既に到達した人がいるんなら……」

「この海を渡る方法はある!?」


 エイジの父は、この海を越えて神の下へ渡った。

 その方法を解明しさえすれば、エイジたちもそれに続くことは可能であった。


「我らオニ族に伝わる呼吸スキルにかかれば不可能はない!」


 サンニガが再び言った。


「呼吸スキルには、究極にたどり着いた者だけが使える奥義があるという。それらを修めた者は、それこそ本当に不可能はなかったと……」


 そこに重大なヒントがあると誰もが察した。


 エイジの父は、オニ族最強の戦士であったという。

 オニ族の固有スキルである呼吸スキルも、余すことなく使いこなすことができたはず。


「……サンニガ、教えてくれ」


 彼女の言わんとするところを察したエイジは、問いかけた。


「呼吸スキルの奥義のことを。父は、それを使って海の向こうに渡ったんだな?」

「……『飛の呼吸』だ」


 彼女は言った。


「真に呼吸を極めし者は、大気と己を融和させ、自分の体の重さすら捨て去ることができるって。オヤジから聞いたことがある」

「大気と融和し、重さを捨てる……? それはつまり……!?」


 空中に浮遊できる。


「オニ族の中でもその域に達せたのは大長老であるおじいだけだ。でも最強と謳われたレイジの叔父貴ならきっとできたに違いない」

「……!?」

「そしてエイジ兄者も、最強の血を引いている。エイジ兄者なら絶対できる!」


 迫るように言われる。


 エイジは、みずからを見詰め直すように自分の体を見下ろした。


 呼吸スキルは、彼の体に染みついたもう一つの絶技だった。

 自分の体に流れるオニ族の血の存在を知らなかった時から、彼の超人ぶりを支える欠くべからざる力。


 修行の最中にてごく自然に体現したスキルを、最初彼は自分だけに備わった突然変異だと思っていた。


 しかし違う。

 彼に備わる力は皆すべて、あるべき理由があった。

 すべて受け継がれたものだった。


 そう認識を改めるだけで、今まで見えてこなかったものが見えてくるかのようであった。


 今。

 エイジの中でソードスキルを支えるサブスキルであった呼吸スキルが、一個の極技となった。


「……『飛の呼吸』」


 すぐさまエイジは、自分の内の大気と外の大気の区別を失った。

 この世界に流れる気の流れすべて自分の呼吸である。


 そう思うと自分と空気が同じであるかのようだった。

 そしてエイジは、体の重さを失った。


「うそ……!?」

「エイジ様……!? 飛んでる!?」


 空中へ浮かび上がったエイジを見上げて、ギャリコもセルンも目を見張った。


 納得を込めてエイジは言う。


「我が父は、こうやって海を越えたんだ。呼吸スキルの最奥を用いて飛び越えていった!」

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