263 受け継ぎ終わって
「…………」
戦いを終えてエイジとセルンが戻った時、既にグランゼルドは物言わぬ亡骸となっていた。
傍らに声を上げて泣きじゃくるギャリコ。
「…………」
沈黙が場を支配していた。
一時代を象徴する巨人の逝去を受け止めるには、もっとも相応しい形であるかもしれなかった。
「せっかく……、せっかくセルンとわかりあえたのに……!」
その中で、ギャリコは一人声を上げて泣いた。
臨終の際を看取った者として。
「今までずっと離れていた親子が……、やっと自分たちの気持ちをわかりあえたのに……! またすぐ別れるなんて酷すぎるよ……! こんな……! こんな……!」
我がことのように泣き張らずギャリコを、セルンは抱きしめる。
「ありがとうございます。私たちのためにこんなに泣いてくれて。でも大丈夫」
「何がよ……?」
「父は剣士でした。私も剣士です。他の親子にはない特別な繋がりが、私と父の間にはあった」
覇聖剣という形見だけではない。
勇者としての責務。剣に対する心の置き方。
様々な財産をセルンはグランゼルドから受け継いだ。
遺産の継承。
それは親と子の大事な繋がりの一つに違いない。
「父上、ご安心ください……」
安らかな死に顔の父親にセルンは語りかける。
「アナタが剣士として磨き上げてきた貴重なるものは、すべて私が引き継ぎます。そして私の手で磨き上げ、さらに次の世代へ手渡していきます。アナタの生きた証は永遠に残ります。どうか安心して……」
セルン、そこで喉がつまり、言葉を区切る。
「安心してお休みください……!」
ついに抑えきれなくなった涙が頬を伝い、ギャリコと抱き合って嗚咽する。
その様をエイジは、無言のまま見守っていた。
「勝ち逃げしやがったよ」
そのエイジに、サスリア老婆が寄り添う。
「やるべきことを、ちゃんとやり終えて逝った男ってのは、あんなに安らかな死に顔をするもんなんだねえ。アタシはあんな風に死ねそうもないよ」
「あの人から、用事を託されたんでしょう?」
「押し付けられたのさ」
心底くたびれたように言った。
「なんで耄碌ババアが、年下から事後を託されなきゃならないんだい? 普通逆だろうが。迷惑極まりないよ」
「それでも、頼めるのはアナタしかいません」
魔剣が普及しつつある今でも、聖剣がモンスターを倒す重要な戦力であることは変わりない。
聖剣院の現体制が崩壊した今こそ、聖剣を正当に運用する絶好の好機。
「かつて『紅蓮の勇者』と讃えられていたんでしょう、アナタは? アナタは書庫で朽ち果てていく人物じゃない。今こそあるべき立場に立って、力を振るってください」
「本来それをやるのは、若いアンタの役目なんだがねえ」
「僕には僕でやるべきことがある」
エイジは、たしかに呼ばれたのだ。
剣神アテナと思しき邪悪なる声と、そして正体のわからぬ清らかなる声に。
「アテナが待ち受け、あの声が呼ぶ場所は一つだ。僕はそこに行く。そして世界を変えなければならない……!」
そのためにも、ここで留まるわけにはいかない。
エイジの旅はまだ続く。
しかしそこには大きな問題が立ち塞がっていた。
「何処に行けばいいか、わからない、だろう?」
「…………ッ」
そもそもグランゼルドに挑んだ理由も、彼が知るはずのその場所を教えてもらうためにだった。
勝てば教えてくれる、という条件で。
しかしグランゼルドはその答えを告げることなく、満足して逝ってしまった。
故人に文句のつけようがないが、しかし文句の一つも言いたくなる。
エイジの旅は、ここで目的地を失ったのだ。
「心配いりません」
途方に暮れるエイジに語りかける者が一人。
それはエルフ族の代表、聖弓院長。
「エイジ様と言いましたね。アナタのことはレシュティアやトーラ様より聞き及んでいます。そしてグランゼルド様からも……」
「グランゼルド殿から……!?」
「あの方が、我がエルフ族と親交を持っていることは有名な話。アナタもご存じのはずでしょう?」
「ええ、まあ……!?」
そのためにグランゼルドは生前、エルフとゴブリンの小競り合いで何度となく駆り出されて調停役を務めてきた。
彼が去って空いた穴の大きさを益々実感する。
「ですが元々……、みずから言うのもなんですが、エルフは排他的な種族。そんな我々がどうやってグランゼルド様と縁故を持ったのか。その根源を知る者は少ない」
「たしかに……」
エイジもまた、『グランゼルドはエルフ族に顔が利く』ということを知っているだけで、その所以までは把握していない。
「エルフ族は、かつて窮地に瀕していました。種族の存亡に関わる危機です。その危機から救ってくれたのは自族ではなく、森の外から来訪した異種族。……三人の戦士です」
「戦士……、三人!?」
その言葉に引っ掛かりを持ち、大きく揺れるエイジ。
「待ってください! 三人って!? 一人はグランゼルド殿だとして、残りの二人は……!?」
「アンタの想像している通りだろ」
サスリア老婆が、エイジの背に投げかける。
「アンタの母親と父親、そしてゼルド坊やの三人はつるんで戦うことが多かった。そのエルフ存亡の危機ってヤツも、三人で力を合わせて退けたんだろう」
「お察しの通り。あの御三方によって今のエルフ族はあります。あの方々には返しきれないほど大きな恩がある……」
そして聖弓院長は、今わの際にあるグランゼルドから遺言を受け取っていた。
やはり彼は、自分のやるべきことをすべて終え、もしくは後人に託し終えて去っていったのである。
「アナタが知ることを、あの人に代わって告げる。その役目を私は託されました。大恩ある三人の英雄たちは、これで全員が世を去ってしまった。異種族たちの生の、なんと移ろいやすいことか……!」
「では、アナタは知ってるんですね!? 僕の父が向かった場所を!? アテナが待っているというその場所を……!?」
「知っています。そもそも彼らにあの場所を教えたのは、我らエルフ族なのですから」
「ええッ!?」
「正確には、我らエルフ族が崇拝する弓神アルテミス……。そう、あの御三方は乱心したアルテミス神を鎮め、エルフ族を救ってくださったのです。そして彼らはアルテミス神より世界の真実を告げられた……」
そしてエルフ族を代表する聖弓院長も、その場面に居合わせたという。
「ちょっと待ってください! つまりそれは……!?」
エイジの頭の中で、様々な要素が飛び交い、組み合わさる。
乱心した神……、変容した神……、その神を倒すことで鎮まり、正常なる神に戻る。
それと酷く似た体験を、エイジたちも持っている。
「まさか……、ラストモンスター……!? グランゼルド殿はラストモンスターと戦ったのか!?」
各種族の祖神が、剣神アテナによって変容させられ、モンスター化したのがラストモンスターだというならば……。
エルフ族の神は、既にエイジの父母らによって解放されていることになる。
「アルテミス神は、自身を解放してくれた礼として世界の秘密を明かしました。私は恐れ多く距離を取って、すべてを聞き取れませんでしたが……!」
しかし、神との会見を終えたエイジの父母は、聖弓院長にハッキリと告げたという。
彼らが次に目指す場所を。
「こう言っておりました。あの御方たちは、『ネキュイアの海』に向かうと」





