252 一剣と一刀
「……お前は昔から何でもできるヤツだったな」
猛攻を一時休め、グランゼルドは語る。
「数百あるソードスキルすべてを修得し、呼吸スキルとの併用まで可能にする。お前の中にはあらゆる選択肢がひしめいているのだろう」
エイジは、顎にしたたる汗を拭うところだった。
一方グランゼルドは汗どころか呼吸も乱していない。
「何でもできる者は、遠くを見たがるものだ。お前は天才だからこそかかる病気に冒されている。それを治療してやることが師としての我が務め」
「遠くを見ることは、いけないことですか?」
「悪くはない。しかし遠い先を見通す者は、同時に足元が見えなくなる。遥か向こうへ駆け出しながら、小石に躓いてすべてを失う。そんな才人のなんと多いことか」
グランゼルドは、覇聖剣の刀身に目を落としながら言う。
「私の得意は、ずっと『一刀両断』一つのみだった。随分とバカにされたものだ。『簡単なことしかできない無能』『才能なし』とな……」
『一刀両断』は難易度最底辺のスキル。
誰でも使える。
だからこそ修得したところで何の自慢にもならない。
『一刀両断』が得意だと言って、誇るどころか侮りの理由にしかならなかった。
「私は凡人だ。誰でも使える簡単な技を鍛え上げていくしか強くなる手段がなかった。誰もができることを究めて、究めて、究め尽して……。その結果が今の地位」
覇勇者。
その称号を直向きな努力だけで勝ち取った者は、歴代を眺めてなおこの人以外いるまい。
「エイジよ。お前の天才は貴重なものだ。しかしそれも地に足をつけなければ意味がない。人のために役立つことはないのだ」
「……」
「お前が聖剣院を出奔した時、私は特に手を打つことをしなかった。お前のごとき才人なればこそ、胸の内にある情動を抑えつけるのは酷であろう、と。お前はこの旅で、己が才覚を存分に謳歌させたはずだ」
「もう満足しただろうと?」
「そろそろお前も堅実を覚える段階に差し掛かったということだ。それを会得してこそ、人は人の礎になれる。お前も立ち止まり、耐えることを学ぶのだ」
多くの人を守るために、踏みとどまってすべてを受け止める存在になれと。
「……僕は、まだすべてを見通していない」
「そこから先は、分け入ってはならない領域だ。行けば二度と帰ってこれない。お前の父親がそうだったように」
剣神アテナが待っているであろう謎の領域。
エイジがそこへ突き進むことを、グランゼルドは頑なに反対していた。
現存する人間の中で、ただ一人その場所を知る人間族グランゼルド。
かつてその場所を知って迷わず進んでいった一人がいた。
知りながら踏みとどまった一人がいた。
その違いは、あまりにも明確に現れている。
「ヤツが消え、あとに残ったのはなんだ? 帰らぬ者の帰りを待ち続ける彼女と、父親の顔も知らぬ子どもだけだ。あんな悲劇を二度と繰り返してはならぬ。そのためには世界を支える礎が必要なのだ」
グランゼルドは思っていた。
エイジならその礎になれると。
「そう願って私はお前を鍛え育てた。お前が勝ち取るべきは未来ではなく、今だ。たとえお前の中に流れるヤツの血が、どんなに煮えたぎろうと。私の教化が、お前を人々の下に繋ぎ止める……!」
「僕が何者かを決めるのは僕自身だ。アナタではない」
エイジは、魔剣に右手だけでなく左手も添え、正眼のまま静かにかまえる。
「大恩あるアナタが相手でもそれだけは譲れない。己の生きたいように生きてこその人間だ」
「それこそ天才の傲慢だ。人は人との繋がりなくして在り続けることはできない。たった一人で決められることなど何一つないのだ」
「決めて見せるさ。それこそが天の力だ」
魔剣の刀身に、玄妙なる気が漂い始めた。
これまでとはまったく違う次元が切り拓かれる。
「ソードスキル『一剣倚天』か……」
その引き裂かれそうなほどに静かなる気を浴びてグランゼルドは唸る。
「それでこそ我が弟子だ。見事な判断だ。数百というソードスキルを修得しながら、このグランゼルドに対抗するに究極の一を選びとった」
グランゼルドに対抗しようとする者は、誰もがまずこう思う。
『相手は「一刀両断」しか使えないバカの一つ覚え。多彩な技でかく乱してやれば突き崩せる』
と。
一技一辺倒に、多くの手業で対抗したくなるのは人の常であろう。
しかしそれこそが浅はかな考えだった。
もっとも基本的で隙のない『一刀両断』の前にどんな小細工を労しようと、最後には単純な力押しで押し負ける。
積み重ねた鍛錬が、巨木の年輪のごとく凝縮された『一刀両断』。
最強の域にまで昇華された基本を前に、小細工ほど無意味なものはない。
だからこそエイジは、自分の最高をぶつける以外勝つすべがないと悟った。
『一剣倚天』はすべてのソードスキルの中でも最上の位置に立つ究極ソードスキルというだけではない。
エイジがもっとも得意とする切り札なのである。
グランゼルドの中で『一刀両断』に相当する位置に、エイジの中にあるのが『一剣倚天』だった。
「聖剣院の長き歴史が最高と認めた『一剣倚天』。お前がそれを繰り出すならば、こちらも同じ技で対したくなるものだ」
グランゼルドとて、厳密に『一刀両断』のみで覇勇者に伸し上がったわけではない。
特に覇聖剣を得る条件として『「一剣倚天」の修得』が明記されている以上、彼もまた『一剣倚天』を修得しなければ覇勇者にはなれなかった。
究極奥義は、相手の手のうちにもある。
しかしながら。
「それでも私は、これに頼らせてもらう」
「……そのかまえ、『一刀両断』!?」
究極ソードスキルで向かってもなおブレない。
この重厚さ、芯の太さこそ彼の覇勇者たるゆえん。
最初歩のソードスキルで究極ソードスキルに挑むのである。
「どうなろうと知りませんよ」
「情けないことを言うな。すべてを知りえてこそ天の力であろう」
天の刃と、何の変哲もない凡人の刃が、真っ向からぶつかり合う。
* * *
その一方、取り残された神殿内部では。
屋根の上から響き渡る雷鳴のような唸りだけで、戦いの壮絶さを察し取るしかない者たちがいた。
「……何となく疑問に持ったことがあります」
「え?」
その中の一人、青の勇者セルンが独り言のように漏らすのをギャリコが聞きつけた。
「絶人の域に極まった剣士は、その刀身に真理なるものを表します。エイジ様は、その剣に天の理を宿し、モルギア殿は水の摂理で剣を振るった」
恐らくは、究極の域にまで達した者は己自身に究極なる像を仮託して剣に映すのだろう。
「ではグランゼルド様の剣は? あの人ほど究極が相応しい人はいません。あの人の剣だって、何か究極たる者が映し出されるはずです」
しかしこれまでグランゼルドの剣には何も見えなかった。
天も水も、究極の形容に相応しい姿は何も映し出されなかった。
「……でも、やっとわかった気がします。あの人の剣に映し出されたもの。それは……」
「それは?」
「『剣』そのもの」
『剣』を映し出す剣。
何者にも仮託する必要がない、究極の姿が剣そのものである剣。
それがグランゼルドの剣であった。
直向きでい続けるからこそ獲得できたその姿。
エイジが今挑むのは、剣であることを何よりも自覚した剣であった。





