243 過去の番人
サスリア老婆は、意外にもエイジの望みを快く行け入れた。
エイジ発見を聖剣院上層部に告げることすらせず、逆に率先して探し物を手伝ってくれる。
「剣神アテナに関する資料だね? じゃあこれと……!」
老人とは思えないすばしっこさで梯子を上り、迷う素振りも見せずにお目当てらしい本を抜き取る。本棚から。
「これと……、これと……、これ……!」
「うわっぷッ!?」
「ちゃんと受け止めな。一点ものもあるんだからね」
目の前に本が積み重なるたび埃が待って咳き込みそうになる。
ギャリコら女性陣は鼻口を抑えながらずっと後ろへ退避していた。
「アテナに関する文献はこれぐらいでいいだろう。あとは似たり寄ったりなことを書いているだけだからね」
「じゃあ、こちら読まさせていただきます」
適当なスペースに本を置き、また埃が舞う。
集まってきたギャリコ、セルン、サンニガにそれぞれ本を渡し、エイジもみずから無造作に本を選んだ。
「では、それぞれ読書タイムと言うことで」
「有力そうな手掛かりを見かけたら、読み終わるのを待たずに報告しあいましょう」
そう言って各自黙々と自分の殻に閉じこもる。
全員、体全体を動かすことを得意としてきた者たちであるだけに、目を動かすだけの作業はなかなかに不慣れであった。
すぐさま書面から目を離し、シパシパ瞬きする者。
上を向いて大あくびする者。
しっくりとくる読書の体勢が見つからないのか、体を回しては、また回しと落ちつきない者。
とにかく様になっていない。
「……どう? 何かいい情報あった?」
「まだ前書きも読み終わっていませんが……」
「この本、何百年前かの偉い人の自伝で、自慢話ばっかりで超読みにくいよぉ~。仰々しい修辞ばっかりだしいいいいい……!」
「ZZZZZZ……!」
覇王級モンスターとの戦闘より苦戦していると。
「やれやれ、情けないガキどもだね。本の方がモンスターより強敵かい?」
そう言ってサスリア老婆、トレイにいくつものカップを乗せて運んでくる。
「え? まさかお茶?」
「わーい! いただきまーす!」
しかし、喜びながらカップを取った女性陣、その中身の真っ黒さに強張る。
「こ、これはまさか……!?」
「コーヒー……!?」
「お茶は!?」
ブラックコーヒーの黒々さに鼻白む乙女たちに、老婆は辛辣であった。
「ハーブティーなんて出てくると思ったのかい? そんなの飲んで神経が落ち着いたら益々眠くなっちまうだろう。コーヒーの苦味で目ェ覚ましな」
「さ、砂糖は……!?」
「そんな甘ったれたものがあるわけないだろ?」
涙目になりながらコーヒーをチビチビする三人を余所に、エイジは特に気にする風もなく一気にカップを干す。
「……サスリアさん。このコーヒー、厨房で貰ってきたんですか?」
「この歳じゃ遠くまで歩くのも億劫でね。書庫の奥が簡易的な炊事場になっていて、簡単な煮炊きぐらいならそこでできる」
「ここに住み込んでるんですか?」
「他に行くところもないしねえ。言ったろ、ここは過去のゴミ捨て場なんだって」
本だけでなくブラックコーヒーにも大苦戦するギャリコたちに、老婆が何かカラフルなものを落としていく。
「ホラよ。頑張った子にご褒美だ」
「わーい、キャンディー」
カップを片付けながら、サスリア老婆は独り言のように呟く。
「やるべき時にやるべきことをやらなかった老人は、こういう末路をたどるものなんだろうねえ。アンタらはそうならないように今を頑張っている」
* * *
しばらくの時間を置いて、とうとうエイジたちは各自の担当分を読破した。
「やったー!」
「アタシたちは勝った! 読み切った! あとがきまで制覇したー!!」
勝利を喜ぶのはいいが、しかし肝心な剣神アテナに関する記述は、特に目新しいものは何も出てこなかった。
記されているのはどれも巷間に流布するものばかりで、定説を覆すような核心的記述はまったく見受けられなかった。
「無駄足だったか……!」
潮時であるように思えた。
まったく関係ない本に、実は重大な秘密が書きこまれていた、という可能性もゼロではない。
だが、それを期待して全部の本に目を通していたら何年かかるかわからないし、さすがにそんなに長く居座っていれば聖剣院側も気づくであろう。
「別のアプローチが必要か……?」
「せっかく聖剣院まで戻ってきたのに、収穫なしとは悔しいですね……!」
とにかく剣神アテナの謎に迫る新たなアプローチを考えねばならない。
皆で知恵を絞りあっていると……。
「やっぱり若者はせっかちだねえ」
とサスリア老婆が言った。
「あの本らを読んでも納得できなかったかい。なら仕方ない、コイツを出すしかないね」
そう言って老婆が差し出したのは、今まで目を通した本よりさらに薄い冊子。
これはもう本というより手帳というべき簡素さだった。
「恐らくこの手帳の中に、アンタらの知りたいことが載っている」
「ええッ!?」
そう告げられて、一同驚かずにはいられない。
「なな、なんで!? そんなものがあるなら最初から見せてくれれば……!?」
「アンタらの真剣さを見ておきたくてね。先に渡した、特に当たり障りのない記述しか載ってない本で満足できないなら、あとはこれに書かれていることしか心当たりはない」
しかし。
「この手帳はあまり表に出したいものじゃないんだ。念には念を入れて試しておきたかった。本来なら誰も見てはいかんもんだ」
それをエイジに差し出す。
「アンタ以外は」
「え?」
「この手帳を読む資格があるのは、世界中でアンタ一人だけだ。アタシが、残り少ない人生をここで垂れ流してきたのはたった一つ。これをアンタに渡す役目のためかもしれない」
あまりに真剣な視線のため、エイジも黙って手帳を受け取ることしかできなかった。
「読んで……、いいんですか?」
「好きにしな」
恐る恐るエイジは、手帳をパラパラとめくってみる。
「ただし!」
「ヒィッ!?」
「最初から最後まで順序立てて読むんだ。流し読みして、知りたいことだけ抓み出すとか横着な読み方は許さない!」
「はい!?」
「全部読むんだ。そこに書いてあることを余さず自分の中に飲み込むんだよ」
「…………」
訳がわからず、戸惑いながらも他に選択肢はないのでエイジは手帳を開いた。
一ページ目から。
書き出しはこう記してあった。
* * *
――今日、勇者になった。





