223 流血の女神
剣神アテナ。
地上に数ある人類種の一つ、人間族を生み出した女神。
さらにその人間族に剣という武器をも与えたという。
人間族の勇者がソードスキルを使い、覇聖剣と四振りの聖剣を使うのもそれゆえ。
そのアテナが他の女神をそそのかし、男神たちを封印し、モンスターと聖なる武器にまつわるゲームを開始したという。
「「「「「………………!?」」」」」
それを聞いて、この地上の住人たるエイジたち人類種は……。
「「「「「またまたー」」」」」
『えッ!? 信じてないッ!?』
まったく信じていなかった。
「話が唐突過ぎて信用できない」
「前後の流れからして、責任を一神になすりつけように見える」
「実際アナタ方がやらかした事実は動かないようですし……」
「印象操作しているようにも見えるよな。証言が曖昧だし」
「にゃー」
サンニガが特に言えることもないのでただ鳴いた。
『ペレよ』
『アナタ! アナタは信じてくれるわよね!?』
『お前がどんな過ちを犯しても、ワレは味方だぞ』
『証言自体はまったく信じられてない!?』
孤立無援の女神。
『い、いいわよ! まだ語ってない事実があるんだから! それを聞けば絶対アテナが怪しいとわかるはずよ!!』
「ほーん?」
そして話は再び世界の始まりへと戻る。
アテナにそそのかされたという女神たちは共謀し、配偶者となる男神たちを不意打ちし、封印することに成功した。
女神の中で唯一ゲームに反対したイザナミもこの時期に呪いを掛けられたらしい。
『この頃になると、いい加減ワタシたちも冷静さを取り戻して、おかしいと思い始めた。男神たちは反対するに決まっている。だからゲームの間だけ自由を奪い黙っていてもらおうなんて……!』
今にして考えれば、何故そんな滅茶苦茶な理屈に皆納得したのかわからないとペレは言う。
そそのかし扇動した者の話術がそれだけ優れていたというのか。
言葉に魔力が宿っていたというのか。
『すべての男神を封印し、ラストモンスターに変えたあと皆言ったわ。「ここまでする必要があったのか?」「そもそも、こんなゲームやる意味があるのか?」ワタシもスカサハもアルテミスも不安にさいなまれていた……!』
そこであの女神が動いた。
『心乱れ切ったワタシたちの虚を突いて、あの女神がワタシたちすら封印した。アイツはほくそ笑みながら言ったわ』
――お手伝いありがとう。おかげですべての神がこの世界から消え去りました。
『って』
――これでこの世界は私一人の遊び場。この世界でも虫のごとく這い回る醜い人間どもをいじめ殺せて楽しめます。
――すべては、この世界の神であるアナタ方が騙されやすいバカなおかげ。
『って……!』
当時の悔しさを思い出したのか、ペレの握る拳は震え、唇を強く噛む。
『そうしてワタシたちは聖なる武器の中に封印された。ワタシは覇聖鎚の中に、スカサハは覇聖槍の中に、アルテミスは覇聖弓の中に。聖器の中に閉じ込められ、外に出られなくなってしまった』
そして始まった。
魔物が人々を食い荒らす、神々の……、いや、たった一神による残虐ゲームが。
『ワタシたち女神をゲームに必要なアイテムとして、男神をゲームクリアの難関として利用する。悪趣味極まりないわ。抵抗する手段がなければあっという間に滅ぼされてしまうから聖なる武器を与えて、できるだけ長く人の子たちの苦しみを楽しもうと……』
「それを行った神が……!?」
女神アテナ。
人間族の祖神。
「何だよそれじゃ人間族が諸悪の根源ってことかよ?」
「知りませんよ!? 私たちだって迷惑の歴史てんこ盛りですよ!?」
人間族のセルンが代表して抗弁する。
「そこまで決定的な行動を起こしたというなら、すべての元凶は我らが祖神ということで間違いないだろうな」
『辛い事実だろうけど、そうなのよ』
「この女神は本当のことを言っているのなら」
『まだ信用されてない!?』
神話の時代という、みずからが生まれるより遥か昔の出来事。
そんな途方もない話に真贋をつけるなどということは、エイジにとっても大掛かりすぎた。
『しかし、愛する妻が覇聖鎚の中に封じられていたのはたしかだ。だからこそ封印を解かれて脱出することができた』
「ウォルカヌス……、いや、カマプアア様」
かつては『敵対者』ウォルカヌスは、エイジとの戦いで男神カマプアアに戻ることができた。
『おぬしはワレだけでなく、我が妻までもを救ってくれたわけだ。いくつ礼をしても尽きることはない』
『アナタが、夫の呪いを断ち切ってくれたおかげで、ワタシの呪いまで崩壊し、覇聖鎚の中から出てくることができた。ワタシはアナタに救われたのよ』
そう言われると、何と応えていいのかわからないエイジである。
「これからアナタたちは……、ドワーフ族はどうなるんですか?」
ドワーフ族を担当するラストモンスターは敗れた。
つまり彼らの生み出した種族は、当初のゲームから脱落したことになる。
『ゲームなんて、アテナがすべてを仕組んだって発覚した時点でご破算よ。ドワーフ族はすべてから解放されたのよ。アテナの作り出した呪いから……』
頭上からまばゆい光が降り注ぐ。
気づけば太陽が南天に掛かり、エイジたちを照らしていた。
「ん……!?」
その陽光に呼応するように、地面から草木が生えてくる。
自然のものとは思えない凄まじいスピードで。
ウォルカヌスとの戦いで地表をマグマが蹂躙し、土剥き出しの裸山であったはずの火山が、緑の衣に覆われる。
『ワレとペレ双方の復活によって、ドワーフ族に注がれるべき加護が戻ってきたのだ』
『本当ならば、愛しい我が子たちが生まれてからずっと注がれるべきものなのに。何千年も遅れてしまって、本当にごめんなさい』
荒々しき火山であったはずのウォルカヌス山が、緑の衣をまとっていく。
草木を繁らせ、獣を抱き、やがて清水を湧き出させ河川へと変わる。
生命力溢れた山に代わってく。
まるで粗暴なる巨人が、知性と慈愛を備えた神へと変わっていくかのようだった。
「これが……、神の加護……!」
『エイジよ。神の領域に踏み込んだ絶人よ』
神が人に言う。
『今一度言う。おぬしはワレら夫婦とドワーフ族を解放してくれた。勇者の称号はおぬしにこそ相応しい』
『でもまだすべてが終わったわけではないわ。竜人族、エルフ族、そしてアナタたち人間族も、アテナの呪縛から逃れられずにいるのよ』
『願わくばそれらの種族すべてが解放されんことを。すべての生きとし生ける者が然るべき恩恵を得られんことを』
一つの戦いが終わった。
得られたものは想像以上に大きなもの。
エイジたちはまた一歩、世界の真実に近づくことができた。





