203 聖剣呪
「親への恨みを子に晴らすか。見苦しさここに極まれりだな」
辛抱堪らなくなってエイジがリングに上がった。
いくら聖剣院と袂を分かったとはいえ、スラーシャの見苦しさは元勇者としても耐えがたい。
「下がれスラーシャ。敗北を喫した上に、お前のその駄々っ子ぶりは直視しがたい」
「エイジ様!」
血塗れのままエイジに縋ろうとするスラーシャ。
「エイジ様どうか、聖剣院に戻って覇聖剣を賜ってください! アナタが覇勇者となればグランゼルドのクソジジイは用なし! 職を失い路頭に迷うに決まっています」
「栄えある覇勇者の引退後がそんな惨めなわけねーだろ」
エイジは心底呆れる。
「仮に僕が覇勇者になったとして、お前にとって何が好転する? 僕だってグランゼルド殿の立派な関係者。あの人が手塩にかけて育てた直弟子だぜ?」
「あ……」
「尊敬する人はグランゼルド殿だ。僕が戻っても結局はあの人の系譜が続くだけ。お前にとって日の目はない」
「あ……、あ……」
「そもそも、モンスターから人々を守るためにある聖剣を人に向け、その罪を悔いるどころか受けた罰に逆恨みするなど言語道断。グランゼルド殿は優しいぜ?」
グランゼルドは、罰としてスラーシャの両腕をへし折った。
「僕なら斬り落としている」
言葉だけでの本気だとわかる声音を、強者は発することができる。
一瞬にして会場全体を凍りつかせるほどの剣気に、当事者たるスラーシャこそがもっとも凍えてガクガク震えた。
「な、何なのよ……!」
腰は砕けて尻を突き。
顔からは血だけでなく涙も流す。
勇者としての傲慢さも品格も、欠片も残さず砕け散ったスラーシャは、もはや勇者とは言えない。
「私は勇者なのよ。人々を守ってやっているのよ! その私が少しぐらい人を斬ったっていいじゃない! 見せつけたかったのよ私の凄さを! 酔った勢いなんだから大目に見てもいいじゃない!!」
自分勝手なことを喚き散らす。
「許さない! 私に暴力を振るったグランゼルドもその娘も! 聖剣院長に言いつけて全員クビにしてやる! クビにしてやあああああああああああッ!!」
「?」
明らかにスラーシャの口調が怪しくなり、そしてすぐに言葉として聞き取れないものに変わった。
獣の鳴き声か、風の吹きすさぶ音か。
そう変わった原因は、明確にあった。
スラーシャの顔にめり込んだ無数の金属片。
聖剣の破片。
それがひとりでに動き出し、スラーシャの顔の肉を内側から抉り始めたからだ。
「あがあッ!? えぐえぐえぐえぐえぐえぐ……!? おげッ!?」
「な、なんだ!?」
エイジですら何が起こっているのか最初理解不能だった。
金属片がひとりでに動くなどありえるのか。
聖剣という、人の領域でなく神の領域にあるものなら、あり得るのかもしれないが。
細かな金属片は、傷口に湧いた蛆の群れのように、スラーシャの顔を斬り刻んでグズグズにする。
「あげえ……! 顔が……! 私の美しい顔がああああ……ッッ!!」
顔中がグズグズになりまで斬り刻まれて、唇や鼻や目の区別がつかなくなるまで耕されて。
スラーシャの顔だった部分から無数の煌めくものが飛び出した。
「破片……!?」
顔だけでなく体中からも、突き刺さりめり込んだ聖剣の破片が飛翔する。
「あぎゃぱぁ~ッ!?」
そのショックでスラーシャの体は跳ね上がり、痛みが限界に達したのか意識が途切れ、気絶した。
もはや二度と目覚めないかもしれないが、一同はそんなことにかまっていられる余裕はない。
「……ッ!?」
聖剣の破片は、蜂の群れのごとく一塊になって空中を走り、ある場所へと到達した。
それはスラーシャが手放した赤の聖剣の柄だった。
地面に転がっていた柄に、破片が次々と群がっていく。
「元に戻ろうというのか……!?」
結果から言って、赤の聖剣は元通りに再生した。
それでもこの短時間に完全修復は無理らしく、刀身の表面は細かなヒビで埋め尽くされている。
「…………?」
「何が起ころうっていうんだ?」
誰も彼も、主を放って再生した赤の聖剣に視線を奪われた。
これから何が起こるのか。
『……何故』
「!?」
『何故お前たちは邪魔をする。 私のゲームを?』
その声はどこから出てきているのか。
今まで聞いたこともないような、神々しさに満ち溢れた声。
その声は聖剣から聞こえていた。
「喋っている……!?」
「赤の聖剣が喋っている……!?」
その声は会場中の全員の声にスルリと入り、聞く者を例外なく敬虔にさせる。
『ゲームの駒の分際で。ゲームを邪魔するとは。許しがたい不信心者。人どもの不始末は人どもに片付けさえようと思っていたが。処罰役まで役立たずとなっては是非もないわ』
聖剣よりの声は、凍てつくほどに透き通っている。
『お前たちは全員死ね。ゲームを壊す駒などに存在価値はない。どうせ新しい駒はいくらでも生まれてくる。……そしてお前』
「!?」
エイジは、自分に呼びかけられているのだと即座にわかった。
聖剣に視線も指先もない。だけども聖剣の意識は自分に向けられているのだとすぐにわかった。
『お前はさっさと覇聖剣を握れ。それが神の与えたお前の役目よ』
それだけ言い終ると、赤の聖剣は力を失い、再びバラバラの破片となって崩れ落ちた。
「……一体、何が……?」
わけもわからぬ混乱が会場中を支配したが、その混乱に静寂を強いられる暇はなかった。
「報告!! 報告ううううッ!!」
外から、聖鎚院の職員らしきドワーフが息を乱して駆け込んできた。
「聖鎚院長! 聖鎚院長はおられませんか!? いや覇勇者ドレスキファ様……! この際聖鎚の四勇者の誰かお一人でもかまいません!!」
「落ち着け。一体何があった?」
真っ先に駆け寄るエイジに、職員は縋りつくように言った。
「モンスターです!!」
「は?」
「モンスターが、我らがドワーフの都に向かってきています!! しかも物凄い数です! 千体はくだりません!!」





