19 一角獣
アイアントの群れを見つけ出すことは、それほど難しいことではない。
蟻の列を見つけ出せばいいのだ。
「エイジ様、発見しました」
「うむ」
この辺り、現役バリバリ勇者のセルンと、一線から退きながらも勇者の頂点を極めた経歴のあるエイジには手慣れたものだった。
綺麗に一列に並んで進むアイアントたちを、割かしあっさりと見つけ出す。
しかも向こうにはまったく気づかれずに。
「アイツら……、何処に向かっているの?」
「女王に献上するエサ取りだな」
アイアント狩りなどまったく初めてのギャリコは何もわからず、エイジから懇切丁寧な説明を受ける。
「新しい巣を見つけるまで、アイアントは地表にキャンプのような仮拠点を築き、クィーンアイアントは基本そこを動きません」
「そして斥侯を周囲に放って巣に相応しい鉱脈を探させると同時に、食い繋ぎのエサ場も探させる」
「あの列は、斥侯が発見した岩場から岩を切り出すために向かっている採取アリですね。巣を持たない若いアイアントは、鉄含有量の少ない岩石でもその場しのぎのために摂取すると聞きます」
そうしてアリモンスターにとって栄養価の高い鉄鉱脈を見つけると、そこに巣を作って産卵、繁殖の準備を始める。
それがアイアントの大まかな生態だった。
「まあ。自分の食べるものすらああやって手下のアリに取りに行かせるんだから、クィーンアイアントはズボラの一言だけれどね」
しかしそのおかげでアイアント討伐を目的とする勇者は、エサ取りの列を辿ることで容易にクィーンアイアントへ到達できる。
「筋道は見つけた。アイツらは持ち帰るべき岩石を持っていないから、目的の岩場へ出かけるところだ。つまり進行方向の逆に行けば群れ本体がある」
「そこにいるクィーンアイアントを退治すれば、アイアントの群れは自然消滅して鉱山集落も救われる……!」
そして兵士長級のクィーンアイアントを仕留めれば、より強力な魔剣の素材となって手に入る。
今のエイジとギャリコにとって、クィーンアイアントは討伐不可避な上に報酬の美味しい相手だった。
「セルン……、さんは、一体どうするの?」
そしてもう一人の同行者、人間族のセルンに問いかけるギャリコ。
人間の勇者が一緒に戦ってくれれば心強さは比類ない。アントナイフを持ったエイジと組み合わせれば勝利は約束されたようなものだろう。
しかし、それほど話が上手く行くはずもなく……。
「私が同行するのは、あくまでエイジ様を再び見失わないようにするため。一時も離れぬようにするためです。何よりドワーフの問題に人間族の勇者が介入するのは、聖剣院の意向に反します」
「セルンも勇者になって、せせこましい考え方をするようになったなあ」
「……ッ!?」
エイジの何気ない皮肉に、セルンの肩が大袈裟に震えた。
先ほどのエイジによる聖剣院批判。その余韻がまだ彼女に色濃く残っていた。
「とにかくエイジ様! そのナイフに自信がおありなら、キッチリそのナイフだけでアリどもを蹴散らしてみてください! どうしても無理だと、やはり聖剣こそがモンスターに対抗する唯一無二の武器だとお認めくださるなら、私も手を貸すことにやぶさかではありません!」
「そして聖剣院に戻ってくださいか」
もうパターン化しているやりとりは予測するのも容易なエイジだった。
「……まあ、ギャリコも連れてきてしまったことだし。手を出さないとしてもセルンがいてくれるのは心強いよ」
「えッ……!?」
「こっちもアイアントごときに後れを取るつもりはないが……。もし何か不測のことが起ったら、ギャリコを守ってくれ。セルンはそのことだけを気に留めておいてくれたらいい」
「は、はい……!」
つい素直に返事をしてしまうセルンだった。
彼女自身勇者となっても、指導を与えてくれたエイジから頼りにされるのは嬉しいらしい。
「…………では、そういうことで」
「…………頼みます」
そしてギャリコとセルン、二人の間に女同士の微妙な視線が交じり合った。
「……ッ!?」
アイアントの行列を遡って、しばらく経った頃だった。
明確な異変が起こった。
「なんだ……!?」
アイアントたちが列を乱した。
それまでは一糸乱れぬ線を、自分たちの体で描いていたというのに、突如算を乱してグチャグチャになっている。
「アイアントが突然……!? 何があったの!?」
「わかりません……!? でも、統率された集団行動がもっとも特徴的なアイアントがここまで混乱するなんて、初めて見ます!!」
勇者であるセルンすら困惑する状況。
それこそ何か不測の事態が起こったことは間違いなかった。
「……ッ!!」
「あッ、エイジ!?」
エイジはすぐさま全速で駆けだす。
それまではアイアントに気づかれぬよう速さより隠密性を優先していたが、それもかまわずダッシュで走る。
実際それで問題なかった。
混乱するアイアントたちは、もはやエイジたちが隣で何をしようと反応する素振りもない。
「お待ちくださいエイジ様! ……くそッ! 運びますよ!」
「えッ!? きゃあッ!?」
エイジに何とか追いすがろうとするセルンが、ギャリコをその荷物ごと抱え上げて疾走する。
「おもっ……! アナタ本当に重いですね!? リュックに何詰めているんですか!?」
「仕方ないでしょう! モンスターの解体にはたくさん道具が必要なのよ! いざって時の非常食もいるし!」
「そんなのいりませんよ! 一体どんな非常食携帯してきたんですか!?」
「ハチミツパンケーキ!」
「あとで私にもください!」
そしてゴールと思しき、アイアントの群れの中心に到着した時、想像だにしない光景が三人の瞳に映った。
「死んでいる……! クィーンアイアントが……!?」
まず確認できたのは、無残に踏み砕かれた女王アリの死骸。
通常のアイアントよりも二回り以上大きく、背中に羽根まで持っていたため、すぐに特別なアリだとわかった。
しかしそのアリも、既に息を引き取っていた。
頭部がボコボコに砕かれて、あれではどんな生物でも致命傷であると一目でわかる。
「アイアントたちが急に混乱しだしたのは、そのせいか……!」
女王とテレパシーめいたもので繋がっているという兵隊アイアントは、司令塔を失うことで一切の判断ができなくなり、狂う。
まさにそれそのものが起きていた。
司令塔を失い、もはやこのアイアントの群れは崩壊した。全滅も間近だろう。
では……。
一体誰がクィーンアイアントを砕き殺したというのか。
「ブルルルル……!」
と馬のいななきのような声がした。
「ような」ではない。
実際に馬がいなないたのだ。
ガスン! と蹄を下して、なおも執拗に女王アリの頭部を踏み砕く。
あまりにも凶悪な一頭の駿馬が、エイジたちの前に立っていた。
「ウマ……!?」
「一体何でこんなところに……!?」
ギャリコもセルンも、見たことのない強靭なウマの姿に戸惑い恐れるしかできない。
ただ一人……、エイジだけがその正体を知っていた。
「コイツは……、ハルコーン……!?」
「「?」」
「シンボルである額の角がないが、間違いない……! 何故ハルコーンがこんなところにいる!? しかもアイアントを虐殺して……!?」
覇王級モンスター、ハルコーン。
それと出会った者は千の肉片に斬り刻まれて死ぬという。モンスター最強の一角を担う暴れ馬。





