114 真正面から
「これが……、覇聖剣……!?」
剣の王。究極の剣。人間族最大最高の切り札。英雄の証。
様々に呼び変えられることもあるが、結局のところ剣においてこれこそが至高。それより上はない。
それこそが覇聖剣。
剣を志す者なら誰もが夢見る頂点が、彼らの目の前に現れた。
「やっと姿を現しましたね。覇勇者ともあろう御方が普通の剣など抜き放つから、最初はちょっと面食らいましたよ」
そう言ってエイジは、みずから二枚に下ろした鉄の剣を見やった。
「気位の高い剣ゆえな。気軽な用事では呼び出せんので、雑事用にただの剣も持ち歩いている。……しかし、今回の召喚は許されよう」
己が最強の座を脅かす、魔剣の存在を打ち砕くためならば。
「この剣も、新たなる主に自分の価値を教えてやりたいとウズウズしておるわ」
「まるで覇聖剣自体に意思があるような物言いですね。まあわからないでもないですが」
一定以上の領域を踏み越えた剣士にとって、己が相棒たる剣とは一心同体。
「我が魔剣キリムスビも、魂を宿すに相応しい剣。どちらの主張が正しいか、剣に代わって叫んでもらうのもいい」
魔剣の冷たい妖気。
覇聖剣の黄金なる聖気。
それぞれが烈風のごとく放たれ、中空でぶつかり合う。
「…………」
「…………」
「………………ッッ!!」
「「ん?」」
いきなりであった。
誰も割って入ることのできない達人同士の対峙に、割って入った女性がいた。
その名はギャリコ。
「どうしたのだ、お嬢さん?」
「わああああッ!? すみません、すみません!!」
覇聖剣を食い入るように見詰めるギャリコに、エイジは大慌てで掴みかかって引き離す。
「ギャリコ! ダメでしょ! 今大事な話をしてるんだから水を差しちゃダメでしょ!!」
「ああん、でも! こんな素晴らしい剣が目の前に現れたら観察しないわけには! 新しい剣作りの参考に、インスピレーションの源泉に!!」
そのやり取りを、呆然とした顔で眺めるグランゼルド。
剣作りに命を懸けた女鍛冶師ギャリコにとって、それこそ覇聖剣との出会いは、まさに劇的だった。
「刀身に浮かび上がるえも言えない迫力。純金でもないのにここまで綺麗な黄金色を放つのはなんで!? もっと近くで観察させて!! できれば舐めて味を確認したい!!」
「セルンーッ! セルンちょっと来て! この子のこと押さえてて!!」
喚くエイジに呼び出されたセルンに、ギャリコの身柄は移された。
彼女の職人魂を刺激して、理性まで吹き飛ばすとは。さすが究極の覇聖剣というべきか。
「……変わった子だな」
そして、こうした奇行を目の当たりにしても動じないグランゼルドもさすがの覇勇者というべきだった。
「鍛冶工芸が得意のドワーフとはいえ、あそこまで精力的に食いついてくるのも初めて見た」
「凄いでしょう? あのギャリコの情熱が、聖剣をも超える魔剣を生み出す源泉となった」
「なるほど。あの子が、その剣の生みの親というわけか」
覇者の口元に、クスリと微笑が浮かんだ。
「わからない話でもない。ドワーフの鍛冶は全人類種一だからな。その中の天才が鎚を振るえば、聖剣に限りなく迫る剣が打てるやも知れぬ」
しかし……。
「聖剣を超える剣など作れない。ドワーフがいかに技工を誇ろうと、人類種に神を超える御業は成しえないのだ。まして神の最高傑作、覇聖剣となればなおさら」
黄金色に輝く剣が、上段に振り上げられる。
「予告しよう。これから起こる一合によって、その魔剣とやらはへし折られる。剣神アテナの遣わせし覇聖剣に斬れないものはこの地上にないと」
「ならばそれを実験してみましょう」
エイジもまた魔剣キリムスビを大上段に振り上げる。
奇しくも二人、同じかまえ。
しかしそれは偶然ではなかった。
二人の剣士がその実力をたしかめ合う時、選択される技はたった一つ。
もっともシンプルで。
もっとも基本的で。
だからこそ小細工が一片も混じらず、純然たる技量を相手に示すことのできる技。
「ソードスキル……」
「……『一刀両断』」
その臨界の寸前に、セルンが俄かに慌てだす。
「……正気ですか二人とも!? 覇勇者クラス渾身の『一刀両断』を、こんなところで!?」
彼らのいる王家直轄展望台は、山の中腹という地形上からも行動範囲の限られた密室のようなもの。
そんな狭い空間で、地上最強と目される二人が全力でぶつかり合えばどうなるのか。
特にエイジは、ついさっき同じ剣を用いた同じ技で、山のように大きなフォートレストータスを綺麗に両断したばかりではないか。
「陛下! 王女! お逃げくださいヘタをしたらこの山ごと吹っ飛びます!!」
言うと同時にセルン自身もギャリコを抱えながら駆け出した。
「ひ、ひいいいーーーーッッ!?」
「サラネアよ! こっちだ!!」
誰もが大慌てで駆け去る場の中心点で、黄金の剣閃と凍てつく剣閃がぶつかり合う。
ゴッ、と。
空気の粒子一つ一つまでもを両断していくような凄まじい烈気が四方八方に飛び散った。
空を舞う羽虫、山中に生い茂る葉の一枚一枚、そのすべてが真っ二つにされて舞い落ちる幻影を、自分自身の中に見た。
運悪くその場に居合わせた人間族たちセルンやギャリコ、国王親子やフュネスに至るまで、自分自身が縦一文字に両断されて、さらに横に斬り裂かれる幻影を見たという。
「あれ……!?」
「体……、無事? 縦にも横にも斬れてない……!?」
正気に戻った時、両断どころか掠り傷一つも負っていない自分自身に誰もが驚いた。
しかしそれらはすべて余波に過ぎなかった。
二つの覇王剣閃がぶつかり合い、その激突によって削り漏れた斬気のカスが、周囲にいる生命すべてを斬り裂いたに過ぎなかった。
その本流をまともに浴びたのは、お互い自身。
「ぐああああああああッッ!?」
吹き飛ばされたのはエイジの方だった。
投石器で飛ばされたかのような勢いで体そのものが飛翔し、展望台敷地外に生い茂った木々の何本にも叩きつけられ、何本もへし折る。
「エイジ!?」
「エイジ様!?」
悲鳴同然の声を上げて駆け寄るセルンとギャリコ。
一方、覇剣の主グランゼルドは両の足でしっかりと立っていた。黄金の覇聖剣を両の手でしっかりと握りながら。
しかし彼の立っている位置は、元々から随分と後退していて、その途上の地面には両足の踏ん張りながらも引きずられた跡がくっきりと残っていた。
「やはり、腕を上げたな。だがこれほどとは……!?」
ソードスキル『一刀両断』は、もっとも修得が簡単な初歩技であるがゆえに、余計な小細工の混じる余地がなく、使い手の技量がモロに露呈する。
だからこそ一定以上の熟練者でも『一刀両断』を最高の得意技にすることが多く。今日のような手合わせにも好んで使われるスキルだった。
「このグランゼルド。究極ソードスキル『一剣倚天』を修得せしめて後も、この『一刀両断』こそ我が必殺剣と自負してきた。剣士同士での手合わせでも『一刀両断』で悉く相手を捻じ伏せてきた」
まして、人類種を相手に覇聖剣を用いて『一刀両断』を振り下ろしたのは、さすがに覇勇者グランゼルドにとっても人生初の出来事だった。
「それなのに……!」
人生初の出来事がもう一つあった。
「エイジ! エイジ大丈夫なの!?」
「だいじょうぶー」
吹き飛ばされたエイジが、森の奥から這い出してきた。体中に葉や小枝がまとわり付いていたが、肝心の一点。利き手に下げた美しい一線は、僅かな一欠けもなかった。
「魔剣が……!」
「ああ、傷一つない。覇聖剣を相手に勝てなかったが、負けもしなかったようだ」
剣の王、覇聖剣と真正面からぶつかり合いながら、刃毀れ一つ起こさなかった魔剣キリムスビだった。
ただしそれは覇聖剣の方も同じだったが。
「……我が全力の宿った覇聖剣をもってして、折れぬ剣があるというのか」
グランゼルドも満身無事の魔剣を直視し、驚きを隠せずにいる。
「どうですかグランゼルド殿? ギャリコの作った魔剣は、覇聖剣にも引けを取らぬようです。同じ性能の剣が二振りあるのなら、どちらを使うかは当人の好みによるでしょう」
「ギャリコというのか……、そちらのドワーフの娘は」
覇聖剣のかまえを解いて、グランゼルドは言った。
「恐るべき鍛冶師というべきだろう。人類種の手で覇聖剣に打ち合える剣を作り出すというのだから。覇聖剣が神の作り出した奇跡であるからには、それに張り合う彼女の腕前は神の域ということになる」
「ええッ……! そんな……!?」
唐突な賛辞に照れるギャリコを余所に、剣の覇者二人は再び睨み合った。
「しかしその剣。今だ未完成というべきだな」
「ええ、だからこそ僕の方が押し負けた」





