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110 虚妄の剣

「白の聖剣、か……」


 フュネスの手に現れた細身の剣。その刀身は目の醒めるほど光り輝く純白だった。

 剣神アテナが人間族に与えたという一振りの覇聖剣と四振りの聖剣。

 それらの聖剣は青白赤黒に色分けされ、それぞれの立ち位置を示す。


 勇者フュネスは、その中の一振り白の聖剣を与えられたので白の勇者と言われる。


「この場にギャリコがいないのが残念だ。彼女ならその剣を意欲的に観察して、魔剣作りの参考にしただろうに」


 しかし凶器を出されても、エイジはまったく緊張する様子がない。


「どういうつもりですフュネス殿!?」


 代わりにセルンが声を緊迫させる。


「モンスターのいないこの場で聖剣を抜くとは……! まさか同族を相手に、聖剣を使って斬り合いを始めるつもりですか!?」

「斬り合いじゃない、制裁だ!」


 自分勝手であること以外何もわからないことをフュネスは喚き散らす。


「聖剣院の意に逆らう不届き者を処罰する、それもまた勇者の務め! 駄々をこねる覇勇者は、この白の勇者フュネスが性根を叩きなおしてやろう!」

「言ってることが矛盾しまくってるのに気づかないのか?」

「煩いエイジ! お前こそさっさと選んだらどうだ!? このフュネスに斬り刻まれて聖剣院に強制送還されるか? それとも恐れをなして降参するか? 二つに一つ!!」


 無論、モンスターを倒すために神から与えられた聖剣を、モンスター以外に向けることもまたフュネスの犯す矛盾の一つ。

 しかしエイジは、それ以上の追及をやめた。どれだけ矛盾を指摘しても、それを理解しようとしない相手には何の意味もない。


「避けて通れない勝負と思うか」


 仕方ないとばかりにエイジは魔剣をかまえた。


「エイジ様……!?」

「大丈夫だよセルン。何度も言うように僕はもう勇者じゃないから私闘もご法度にならない。それよりもキミは王と王女を守ってくれ」

「御意……!」


 ディルリッド王とサラネア王女を背に置き、セルンも青の聖剣を実体化させ不測の事態に備える。

 しかしそれでもセルンは心配だった。


「エイジ様は、今さっきフォートレストータスを両断したばかり。あまりに精彩すぎて誰もが忘れてしまいますが、これは連戦なのですよ……?」


 果たしてエイジのコンディションは万全なのか。

 気が気でならないセルンだった。


「はおおおお……ッ!」


 互いに抜刀して睨み合う白の勇者と元青の勇者。

 その組み合わせは、見る者にとっては興奮抑えがたい夢のカードなのかもしれない。

 白の聖剣をかまえるフュネスは、その剣のかまえは非常に奇妙なかまえだった。


 両手を添えず、片手のみで剣を持つ。体全体は半身でなく完全に正面を向き。その状態で剣に切っ先を敵たるエイジへと向ける。

 剣のかまえというより、オーケストラの指揮者が指揮棒を掲げているかのようだった。


「エイジ……、お前ならば知っていよう? この白の聖剣フュネスがもっとも得意とするソードスキルを?」

「『幻惑剣』か。もっとも得意というより、お前にはそれしか取り得がないだろう?」

「何を行っても減らず口しか言わないヤツ!! ……まあいい、オレの『幻惑剣』は手の内が読めたところで完封できるチャチな代物ではないぞ。お前がその恐ろしさを知らないのは、運よくオレの味方でいられたからだ!!」


 そして今、二人は武器を取って対峙しあう。


「オレの敵に回った愚かしさを後悔するがいい! ソードスキル『幻惑剣』!!」

「ッ! いけない!?」


 王たちを庇うセルンは、即座に危機感を察した。


「陛下、姫! もっと後ろにお下がりください! この位置ではまだ危険です!!」

「? どういうことセルン?」


 指示通り後ろに下がりながら……、つまり立ち合うエイジ、フュネスから距離を取りつつ、サラネア姫が尋ねた。


「ソードスキル『幻惑剣』は、白の勇者フュネスがもっとも得意とする剣技です。むしろあの人は、あの技一つで勇者の座にのし上がったと言ってもいい」

「そんなに凄い技だってこと?」

「相手を幻覚に落す技です」


 指揮棒のように持たれた白の聖剣が、注視しなければ気づかないほど微妙に揺れていた。

 これがソードスキル『幻惑剣』の正体。

 巧妙な切っ先の動きに相手の視線を奪い、催眠状態に陥れる。

 それは敵だけでなく、剣の切っ先に注目する者すべてを催眠状態に陥れてしまうため、セルンは慌てて切っ先の精妙な動きも見分けがつかない遠くまで王や姫を下がらせた。


 しかし、フュネスと真正面に向き合うエイジはそうはいかない。

 相手と斬り合う以上は相手を注視しないわけにはいかず、まして自分に斬りかかろうとする刀身からは一瞬も目を逸らすことなどできない。


 そうした勝負の機微を逆手に取った技が『幻惑剣』であり、ソードスキルの中でも格下が格上を倒し得る強力なスキルとして名が知られていた。


 しかし、有名であるからこそ警戒もされるのだが。


              *    *    *


(バカめ……、エイジ……!)


 フュネスは心の中でほくそ笑んでいた。

 みずからの放つ『幻惑剣』が、エイジを蝕む手応えをしっかり感じながら。


(『幻惑剣』のキモは切っ先の揺れ。それさえ見なければ催眠状態に陥ることはない。そう思っているだろうエイジ……!?)


 剣士の中でも覇勇者クラスともなれば、視覚を封じながら他の感覚で敵の動きを察知し、反撃するなど容易い。


 事実フュネスの眼前でエイジはしっかりと両目を瞑り、聴覚あるいは他の感覚でフュネスを察知しようと神経を研ぎ澄ませていた。


(その鋭敏な感覚能力が却って仇になるんだよ! ……このオレの『幻惑剣』が侵入してくるのは目からだけじゃないぞ!)


 フュネスは少しずつ、聖剣の揺れを大きくしていった。

 まるでそれこそ、壮大な楽曲を奏でるオーケストラの指揮者のように。

 動きが大きくなったことで、白の聖剣は風を斬り裂き、風切り音をかき鳴らす。それは特殊な振り方で発生させた、特別な音だった。

 人間族の耳には捉えきれないほど微細で、可聴できる音域からも外れていたが、それでもしっかり人に作用する。


 聞く者を催眠状態に陥らせる音波だった。


(そこまでならば、聖剣を持たない普通の剣士でもできることだ。白の聖剣フュネス様の凄いところはここからよ!)


 剣士フュネスから放たれるオーラが、白の聖剣を通して無色透明となり、エイジへ向けて放たれる。

 透明のオーラはじっくりゆったりとエイジの体を包み込み、肌に張り付く。


(このオーラは、白の聖剣で変質させた催眠オーラだ! 肌に触れれば触覚を通して感覚に作用し、催眠状態に陥れる! 鼻から吸いこんで嗅覚に訴えても、口に含んで味覚に訴えても効果は同じ!)


 つまりフュネスは視覚、聴覚、触覚、嗅覚、味覚。五感すべてに訴えかけて相手を催眠状態に落とし込める唯一の幻惑剣士だった。

 聖剣を持たない普通の剣士であれば、視覚聴覚までが精一杯のところだろう。

 しかしフュネスは白の聖剣の力を借りることで『催眠オーラ』という前代未聞のものを生み出し、敵の全感覚を支配することに成功した。


(モンスターにも通じる『幻惑剣』を使えるのは、この白の勇者フュネスだけ! その脅威に、今日はお前が飲み込まれるんだエイジ!!)


 エイジは既に『幻惑剣』の完全な術中にあり、すべての感覚を遮断されながらそれに気づいていない。

 今は、目を閉じながら心眼を研ぎ澄ませ、カウンター狙いでフュネスの攻撃を待ち受けていることだろう。

 しかしエイジが、フュネスの動きに気づくことは絶対にない。感覚そのものが『幻惑剣』によって完全に封じられているのだから。


(もはやエイジは両手両足を縛られているも同然。痛覚も封じてあるから滅多切りにしても気づかないだろうなあ?)


 絶命するその瞬間まで自覚することはできないだろう。


(覇勇者に選ばれたと言っても所詮この程度か。こんな偽善野郎が覇勇者になったこと自体、きっと何かの間違いなのさ。……ん、待てよ?)


 フュネスが気づいて舌なめずりする。


(そのエイジを倒せば、オレの方が強いってことで覇勇者のお鉢はオレに回ってくるんじゃないか!? それはいい。運が回って来た! 覇勇者になればなおさらオレのやりたい放題だ!!)


 明るい未来に、なおさら剣を握る手に力がこもる。


(よし、だったらなおさらエイジには、ここで滅多斬りにされて地獄へお旅立ちいただこうじゃないか! オレの明るい未来にお前は必要ない!)


 フュネスは白の聖剣を振り上げた。狙うはエイジの脳天。完全な急所だった。


「覇勇者の肩書きだけを置いて、あの世に行けええええーーーーッッ!!」


 全力にて振り下ろされる白の聖剣。

 そして血しぶきが上がった。


              *    *    *


「いてええええええッッ!?」


 血飛沫と共に上がる叫び声。

 痛みに耐えきれず口から飛び出した、そんな悲鳴。


「痛い! 痛い! 痛い! 痛い! なんで白の聖剣が、白の聖剣がオレの足に突き刺さってええええッッ!?」


 悲鳴を上げたのはフュネスだった。

 そして負傷したのもフュネスだった。


 彼自身の使う白の聖剣が、彼自身の太ももに深く突き刺さっている。その刀身は貫通し、大腿部表側から入り、裏側へと突き抜けていた。


「な、何事だ……!?」

「あの白勇者、何を勝手に自爆しているの!?」


 傍から観戦しているディルリッド王やサラネア王女も、何が起きているかわからず戸惑うばかり。


 フュネスは、エイジの脳天を叩き割るつもりで自分自身の太ももを貫いた。

 起きた事実はそれですべてだが、一体どうしたらそんなことが起こるのか。


「人をよく騙すヤツほど、自分が騙されるとはつゆほども思わないものだ」


 痛みにのたうち回るフュネスへ、エイジが歩み寄る。


「お前は、自分の技に自信を持つ前に、もっと敵である僕を警戒すべきだった。覇勇者となるために、すべてのソードスキルを極めたこの僕に」


 究極ソードスキル『一剣倚天』を修得する過程で、百種以上あるというソードスキルすべてを網羅し、修得したというエイジ。

 本当はそこまでする必要はないらしいが、律儀な彼は本当に全ソードスキルを自分のものにした。


「その中の一つに、お前の大得意な『幻惑剣』が含まれていないと何故思った? 何故そのことに気づかなかった?」

「はッ!?」


 そこでフュネスは、初めて何が起こったかを悟った。


「お前……、まさかオレに『幻惑剣』を?」

「お前が僕を幻惑させようと、躍起になっているその間にね」


 エイジも同じように魔剣の切っ先を揺らし、視覚でフュネスを催眠状態に落した。そのためにフュネスは逆手に持った剣を順手に持っていると錯覚し、上段から敵の頭を斬りつけるつもりで自分の足に刺してしまったのだ。


「この僕は覇勇者。すべてのソードスキルを極めた者だ。つまり単なる勇者風情のお前ができることで、僕にできないことは何一つとしてないってことだよ」

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