16話【オフ会】
最初は夕姫からだった。
嫌がってる訳では無いが、流石に撫でられ疲れたのか、場所を変えたこで、状況は動いたのだった。
夕姫が少し席を外したタイミングで、ウラヌスがスマホの画面を見せる体で、空いたスペースに移動。
クレッセントブーケの隣に陣取るのに成功した。
ブーケの表情は微妙に引き攣っているようだったが、あからさまに追い返すようなマネはせず、ウラヌスの話題に、空返事をしていた。
夕姫が戻ってくると、ウラヌスに気付いて狼狽えたが、亞汰彦が苦笑しながら、空いたウラヌスの席に座らせた。
「うわ……色が……」
ブーケをジッと見つめて、呟く夕姫。
もうブーケさんは酔ったのだろうかと、亞汰彦も顔色をうかがったが、まだその様子は無かった。
ただ、ウラヌスの方は、すでに酔っ払っているんじゃ無いかと言うほどハイテンションである。
「まぁ……今は話しているだけだし、放っておこう」
「そうですね」
「それより食べなよ。この焼き鳥美味しいよ」
「本当に私も食べて良いんでしょうか? またアタルさんに奢ってもらっているのに」
「気にしないで。どうせ、食べ物は余るよ。ほら」
亞汰彦が顎で示したのは、ヨルツキとハリセンだ。
「いやー、ハリセンさん、イケるっすねー」
「このお酒美味しい〜」
「おねーさーん。このカクテルよろー!」
「あ、私もぉ〜」
凄まじいペースで、アルコールを消費していく二人。
ハリセンは知っていたが、まさかヨルツキもザルだったとは予想外だった。
「見た目とギャップが凄いな」
「そうですね」
なぜか口を尖らせて、亞汰彦からぷいと視線を逸らす夕姫。
「なんか怒ってる?」
「いいえ? このチキンサラダ美味しいです」
「う、うん」
釈然としない亞汰彦だったが、その正体がわからず、とりあえず話を振ってみた。
「そういえば、夕姫はコンテストに応募しないの?」
「うーん。少し迷いますね。私なんかが応募したら、読む人の手間になっちゃうと思いますし」
「いやいや! そんなこと無いから!」
どうしてあれだけの小説を書けるのに、自分の事になると、こんなに自身が無くなるのか。
「締め切りってまだ少しありましたよね?」
「どのコンテストかによるかな」
「そういえば、沢山開催してるんでしたっけ」
「うん」
「なら、もう少し、書いてから考えてみます」
「そっか。わかった」
これ以上はお節介だろう。
「そういえば、夕姫はあんまり機械得意じゃ無いよね」
「あんまりというか、まったく全然です」
「その割りに、マニアックな機械使ってるよね?」
「あ、テキスト入力専用のですか?」
「そうそう」
「あれ、お父さんのお下がりなんですよ」
「お下がり?」
「はい。最初は仕事で使えそうだからって購入したみたいなんですけど、結局使わなかったみたいで。私がパソコンを全く使えなかったので、父が練習にとくれたんです」
「なるほどね」
「それで、小説家になろうにアップする方法だけ、お姉ちゃんに教えてもらって、それだけなんとか使えるんです」
亞汰彦はなるほどと頷いた。
色々と疑問だったが、だいたい解決した感じだった。
「そうだ、ちょっと僕にも触らせてよ」
「良いですよ」
小型のデバイスなので、夕姫がいつも持ち歩いているのを知っていたので、亞汰彦はその場で借りてみた。
「へぇ。思ったより打ちやすいね」
「キーボード入力は出来るようになった方が良いよって、お姉ちゃんが。学校でも少しだけパソコンの授業もありましたし」
「ふむふむ。ファイルの操作は?」
「えっとこれを開いて……」
「あれ? こっちのファイルって、紫の庭以外の作品?」
「あ! ダメです! 見ちゃダメです!」
慌てて身体に隠す夕姫に面白がって、デバイスを奪おうとする亞汰彦。
「ちょっとくらいいいじゃない」
「ダメです! 絶対ダメですぅ!」
「えー」
「これは、ほんとにダメなんですぅ!」
身体を捻って、デバイスを守る夕姫と、奪おうとする亞汰彦の様子を、生暖かい視線が二対ほど見つめていた。
「タクハタちゃんやるぅ」
「あれ、二人とも天然なんっすよ……」
「あー。前途多難だねぇ」
「協力した方が良いっすかね?」
「無視が最適解だよ〜」
「っすねー」
うんうんと頷き合う、ハリセンとヨルツキとは別に、冷たい視線を投げる人物がいた。
童貞が悶死しそうな服の書籍化作家である。
(なんで……私にはこんな男が擦り寄ってきて、あの子には……)
夕姫と亞汰彦は、二人を見つめる仄暗い視線にも色にも、全く気がつくことが出来なかった。
「——でブーケさん。書籍化作業が進んでまして」
「え、ええ」
「これで同じ書籍化作家ですね! あ! 発表はまだ出来ませんけど!」
「そ、そうね」
その目は「一緒くたにしないで欲しい」だったが、ウラヌスは全く気がついていないようだった。
「……ウラヌスさん、飲み物を頼みたいのですが」
「あっ! どれにします!? これ、ドリンクメニューです!」
「ではこれを」
「すいませーん! これ二つ!」
「私も〜」
「四つおねがしゃっす!」
「はーい! 承りましたー!」
急激にアルコールの消費量が跳ね上がる四人。
「あんなに飲んで大丈夫なんですか?」
「たぶん。ダメだ」
「ダメなんですか!?」
その通りになった。
◆
「ううう……飲み過ぎましたわ……」
「おりぇがおきゅりましゅよぷ……」
「ウラさん、ろれつがまったく回ってません」
「大丈夫〜。私が送るから〜」
「ヨルツキさんは、その、強いんですね」
「うーん。ちょっと抑えたから〜」
「あれで……」
だいぶロリロリしたヨルツキの外見とは裏腹に、完全なウワバミだったと亞汰彦は目を細くするしか無かった。
「今度はもう少し、創作の話をきかせてもらいたいですね」
「うん〜。また集まろ〜」
「ぜひ。夕姫を通してもらえれば、連絡取れるので」
「にゅふふふ〜」
「?」
「タクハタちゃ〜ん。またねー」
「はい。今日はありがとうございました。でも、本当に大丈夫なんですか?」
「タクシー呼ぶから平気〜」
さっとタクシーを捕まえるあたり、流石、人気作家である。
「じゃあね〜」
「お疲れ様でした」
「おりぇもぅー」
「ウラさんはじっとしててください」
「あー……らめりゃ……おりぇ、こにょまま、どおか泊まる……」
「その方が良いっすね。俺が一緒に行くんで、二人は帰ってくださいっす」
「でも」
「これ、車乗せたら、大惨事になるすよ?」
「う……」
それは……ご勘弁願いたい。
「じゃあ任せて良いかな?」
「うぃっす。今度ウラさんに奢ってもらうっすから」
「わかった。じゃあおやすみ」
「うぃー」
こうして夕姫と亞汰彦は、二人で帰宅することになった。
車に乗ると、夕姫が心配そうに声を出した。
「大丈夫だったんですか?」
「まぁハリセンなら平気だと思うよ。合コンとかで慣れてるだろうし」
「ならいいんですけど」
「うん。フォローはしとくよ。それじゃ行こうか」
「はい」
夕姫がオフ会にいたので、少し早い時間に開催したので、この時間でもまだ空は薄暗い程度だった。
だが、街のネオンはすでに煌々と輝き、昼とはまるで違う顔を見せていた。
「うわぁ……」
「どうしたの?」
「いえ、私、あんまり夜景って見たこと無くて」
「普通の街中だけど?」
「あんまり夜に車に乗ったこと無いんです。乗ってても眠っちゃってたかもしれません」
「ああ、なるほど」
特に亞汰彦が住んでいる辺りでは、駅前に少しビルがある程度で、とても夜景を楽しめる場所では無い。
「夕姫に時間があったら、もっと良い夜景を見せてあげられるんだけどな」
「え? 時間なら、大丈夫ですよ?」
「え?」
「オフ会ってよくわからなくて、今日は遅くなるって伝えてありますから」
「あ。そう言えば、始まりの時間しか教えてなかったっけ」
とんだ不手際である。
「はい。ですから、時間は大丈夫です。ただ……」
「そうか」
少し考える亞汰彦。
どうせ東京まで出ているのだ。少し遠回りすれば、景色の良いところは沢山ある。
車から降りずに、通過するだけなら、さして手間では無い。
「じゃあ、少し見てく?」
「良いんですか!?」
ぱぁっと花を開かせる夕姫のオーラが、見なくとも伝わってくる。
「ちょっと遠回りして、首都高に行けば、夜の東京タワーとか見れるよ」
「み! 見たいです!」
「はは、じゃあちょっと行ってみようか」
「ご迷惑で無ければ!」
「全然。どうせ車だしね」
亞汰彦は予定を変更し、夜の首都高へと車を乗せたのだ。
二人は気がついていない。
端から見てどんな状況なのかを。
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