11話【迷走】
「ど! どうしたんですか!? 凄い色してますよ!?」
いつもの様に、喫茶店に入ったのは良いが、どうしても書く気にならず、亞汰彦はノートPCも開かずにただ珈琲を啜っていた。
集中して執筆していた夕姫が、一拍おいたのか、軽く息を吐きながら亞汰彦をちら見して、その様子に気がついたのだ。
「そんなに、顔色悪いかな?」
「顔色もかなり悪いと思いますけど……病気ですか!?」
「いや……ちょっとね」
亞汰彦はそんなに顔に出ていただろうかと、己の頬を触るが、顔色まではわからない。
「全然ちょっとって色じゃないですよ! 沈んでるのか喜んでるのか全然わからないですよ!?」
「あはは……」
昔から感情が表情に出やすいと言われていたが、ここまで見抜かれるとちょっと凹む。
亞汰彦は乾いた笑いで、頭を掻くしか無かった。
「話自体は、おめでたいことなんだよ」
「な、何があったんですか?」
一瞬、話すことに躊躇を覚えたが、名前を出さず、口止めしておけば平気かと、判断した。
「実はね、なろうで書いてる知り合いにね、書籍化の打診が来てさ」
「書籍化? 打診?」
「あれ? わからない? 出版社が貴方の作品を本にして出版したいですってお願いのメッセージを送ってきたって事なんだけど……」
「あ……ああ! え! そんなことあるんですか!?」
「いや、夕姫が会ってきたブーケさんもヨルツキさんも……、あ。二人ともコンテストだったかなぁ?」
たしかクレッセントブーケの作品は、コンテストの受賞作だった覚えがある。ヨルツキ先生はどうだったかなと、慌ててPCで検索する亞汰彦。
「ああ。ヨルツキ先生はコンテストじゃないから、恐らく打診があったんだと思うよ」
「そ、そんな事ってあるんですね。てっきり公募に出さないといけないのかと思ってました」
「あー」
なるほど、夕姫がどうして最初に書籍化打診と聞いて、ピンとこなかったのか理解出来た。
亞汰彦は簡単に説明する。
「少し前まで、小説を本にする方法って、各レーベルが開催するコンテストに公募して、受賞するしかなかったのは確かだね」
そう、それしかなかったから、そのハードルは限りなく高かった。
「でも、最近はインターネットを使った小説投稿サイトと連携したコンテストが増えたんだよ」
「あ、知ってます。小説家になろうでもいろんなコンテストをやってますよね」
「そうそう。それまでの公募はさ、1冊分の小説を完結させて、送ることが求められたんだけど、この投稿サイトとの連携コンテストでは、多くが連載途中でも受け付けてくれるんだ」
「え? そうだったんですか?」
知らなかった!?
亞汰彦は内心驚くが、今度こそ表情に出さないよう続ける。
「コンテストによって、規定はそれぞれだから断言は出来ないけど、多くは何文字以上っていう条件くらいしか無い事が多いかな?」
これは亞汰彦の印象なので、正確に統計をとったら違うかも知れない。
そもそも興味の無いコンテストの応募要項まで調べてたことは無いのだから。
「知りませんでした」
「コンテストに興味は無いの?」
「今の作品が完結したら、ダメ元で応募してみてもいいかなって思ってましたけど……」
「応募要項くらい読もうよ」
「ごめんなさい……」
「い、いや、謝ることは無いけどね。今度から気になったコンテストがあったら読んでみたら?」
「はい! そうしてみます!」
なんていうか、ところどころ抜けてる娘だなぁ。
「でも、夕姫が応募したら、確実に受賞すると思うよ」
「え!?」
なんで驚いているかわからないけど、いまだランキング一位をぶっちぎりで独走中。
日間だけでなく、週刊、月間ランキングも一位で、近いうちに累計ランキングにも食い込もうというこの作品を取らない出版社は無いと思う。
「ああでも、レーベルカラーにあった場所を選ぶ必要はあるかも知れないね」
男が読んでも間違いなく面白いが、どちらかというと、やや女性よりの作風なので、完全に男性向けエンターテイメント小説メインのレーベルだと、少しだけ不利かも知れない。
それでも受賞しないとは、とても思えないのだが。
「興味があるなら、応募しやすそうなコンテスト一緒に考えてみる?」
「いえ、今はそこまでは……それよりも、知り合いが書籍化するのになんでそんな色になっているかの方が気になって……」
「ああ」
そういえば、そんな話だったか。
夕姫の天然に、少しだけ救われた気がする。
「んー……自分でもハッキリ表現できないんだけどさ、なんていうか、自分がなにやってるかわからなくなっちゃって……」
「え?」
「なんて言えばいいかな。なろうを攻略するような作品作りから、夕姫みたいに自分が好きなことを書くのがやっぱり好きだと思って、一度受け入れた攻略する作品から、少しシフトしたところで、徹底的に攻略してきた作品が書籍化するって話を聞いちゃったから」
「え? それって何か問題あるんですか?」
「え?」
こんどは亞汰彦が驚く番だった。
「あの……なろう攻略って、つまり多くの人に読んでもらう為の工夫ですよね?」
「あ、ああうん」
「同じ様な工夫をしている人は一杯いると思うんですよ。でも参考にしている場所が同じなら、工夫も似通っちゃいますよね?」
それは、ランキングで似たタイトルが並ぶことを言っているのだろうか?
「でも、逆に似た工夫だからこそ、そのなかで受け入れられる作品って、光る作品って事じゃ無いでしょうか?」
頭に、強烈な、落雷を受けた。
それはまさに言葉の暴力。
いや、物理的な衝撃を伴った、重い重い言葉だった。
「お知り合いの作品が、研究の結果を投影した作品だとしても、面白い作品だったから、そんなお話が来たんじゃないでしょうか?」
喉がカラカラだった。
亞汰彦は、水を一気に飲み干す。
カウンターの老婆がそっと水をつぎ足してくれたのを、すぐにもう一度飲み干して、それでもまだ身体の震えは止まらなかった。
夕姫がじっと亞汰彦の顔を見つめる。
しばらくそのまま無言で表情をうかがっているようだった。
そしてゆっくりと言葉を紡いだ。
「私、アタルさんの作品大好きです。とても楽しそうな色をしていますから。たしかに新作はしばらくそういった色が無かったんですけど、最近はまたとても楽しそうな色が見えてとても嬉しいです。それに……」
亞汰彦はツバを飲み込んだ。
「それに?」
「それに、今の描き方は、たぶん流行とか読みやすさを意識しながらも、自分の好きな物語を書いているって、感じるんです」
再び、衝撃が走った。
ああそうだ。
僕は、手法を否定せず、自分を否定しないと決めたばかりなのに……。
「……今の書き方って、ふらふらしてない?」
「私は、その、あまり文章的な事って良くわからないんです。だからもし、アタルさんがそう思っているなら、単純に慣れの問題なんじゃ無いかなって思うんです」
「それは、練習が足りない的な?」
「そんな感じだと思います」
「そうか……」
そうか、手法や理論を取り入れると決めておきながら、夕姫の作品を羨ましく思って、比重が自分になっていたのかも知れない。
結果的に、手法の部分が手抜きになっていた……心のどこかで否定していた。
だから、中途半端になっていた。
何てことは無い。自分を信じられず、かつ、練習と勉強が足りなかったのだ。
「ありがとう! ちょっと沈んでたんだけど、また頑張れそうだ」
「良かった!」
夕姫が、バラの咲いたような笑顔を咲かせた。
心臓が跳ね上がる亞汰彦。
まてまてまて。違うだろ!
何考えてる! 今重要なのは創作だろ!?
そもそも、そういう意味にとらえてどうする! スケベオヤジか!
亞汰彦は自分を誤魔化すように、覚めた珈琲を一気に啜ると、キーボードを叩き始めた。
「よし。もう迷わない」
パソコンに乗り移るように集中する亞汰彦に、少し熱の籠もった視線が注がれていたことに、彼はまったく気付いていなかった。
小説なんて、自分が書きたいと思う物を書けばいいのよ?(´・ω・`)




