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第四話

「もしこれが誤りで、私の考えが虚だとしたら、私は詩を書かなかったも同然、この世に愛した者がいなかったも同然だ」_ウィリアム・シェイクスピア



 「おっはよぉおございます!」

「おはようございます」

 着席。

 よし子先生は清潔感のあるパンツスーツを常に愛用している。

 きっちりと前髪の整えられたボブカットスタイル。

 下縁が赤色の、シャープで少し大人の女性を印象付ける眼鏡。

 そんな外見からは想像も出来ない程の、屈託の無い笑顔を僕らに振りまいてくれる。

 このギャップがたまらない。

 「あれ、今日みんな元気ないなーどしたぁ?じゃぁもう一回、おっっはよおおぉぉぉぉございまぁすっ!!」

 「おはよーございまーす!!」

 一際甲高いソプラノ声が教室内に響き渡る。

 「よーし今日も先生、張り切っちゃうね!!えーと出席は…ゆか子ちゃんは熱でお休みの連絡が入ってるけど…うん、今日は他は全員来てるね!!季節の変わり目だから、皆体調には気を付けようね!それでは連絡があります……」

 よし子先生の一際高いテンションがみるみる下がっていき、訥々と連絡事項を呟いていく。

 うわの空で聞き流しつつ、擒ちゃんの事を思い浮かべた。

 擒ちゃん、いじめに遭ってないかなぁ。

 さっき同じ事を考えた気もするけど。

 朝来たら自分の机だけがひっくり返っていたりしてないかなぁ。

 花瓶と造花のセットが机の上にひっそりと、置かれていたりしてないかなぁ。

 心配しても、何もできないし、しないのだけれど。

 堂々巡りの妄想を拡げていると、よし子先生の連絡事項は終わり、朝読書の時間に入った。

 「はい、それじゃぁ、朝読の時間になりました。授業開始の10分間、好きな本を読んでね。毎回言っているけど、マ・ン・ガ、これだけは絶っっ対ダメですからねっ!見つけ次第直ぐに没収しますよー。それでは皆、本をしっかり読んで下さいねー」

 小皺の目立つ意地悪おばさんの顔をしたよし子先生は、皆がランドセルや引き出しからどんな本を引き出しているのかと、教室全体を見渡している。

 さてさて。

 一生一代の大博打の時間がやってきた。

 今まではナポレオン、ファーブル、野口英世の伝記を読んでいたけど、今日ばかりはそんな子供騙しな本を読まないと決めた。

 今日の夢は、きっと天啓。

 あの魅力的なすらりと長い脚をした擒ちゃんは、僕の脳裏から既に消え去ってしまった。

 初々しく照れくさそうな擒ちゃんに、僕は『大丈夫だよ』と優しく肩を抱き寄せ、ぷるぷると震える擒ちゃんの強く抱きしめながら、艶やかなサラサラとした長い黒髪を撫でるはずだったんだ。

 

 大人の階段を昇るには、強い強い意志が必要なんだ。

 その為には、周到な準備が必要なんだ。

 だから今日、僕は、一歩踏み出します。

 

 昨晩、父さんの書棚の奥の奥から、面白そうな本は無いかと探してみた。

 書棚には鍵が必要なのだけれど、僕が夏目漱石や森鴎外全集を読みたいと勘違いしているらしく(読みたくない訳じゃない)、鍵を借りるのは簡単だった。

 確かに最初は漱石や鴎外、芥川龍之介を読んでいる小学生はカッコイイと思っていた。

 でも僕には、それ以上に興味を惹かれる本が陳列されていた。

 プラチナ文庫、アイノベルス、クロスノベルス、ジュネ文庫、ダリア文庫、ゲンキノベルス、コバルト文庫、ショコラ文庫、ガッシュ文庫…などなど。

 厳選な審査の上、綺羅びやかな装飾が施された一冊の文庫本を入手した。

 それが今、僕の膝の上にある。

 表紙のイラストには、例えば中世の騎士を思わせる胸板の割れていそうな男性に、狼のようにふさふさとした尻尾に、エルフの様にちょこんと尖った耳の男性、こちらはかなり中性的な男性が、二人で密接にくっつきあっている。

 何故か背景には、妖艶な雰囲気を醸し出すように、暗い色のカーテンが布かれている。

 タイトルは『臆病な天使の躾け方~甘い蜜は貴方の為に~』

 本を手にしただけで、ぞくぞくとした背徳感を感じ、手のひらからじんわりとした汗が滲み出る。

 茶色のブックカバーがあるのは良かったけれど、よく見るとぼんやりと言葉が読めない訳でもない。

 少し怖いけれど、僕が望んでいる答えは恐らくこの手の中にあるのだろう。

 躰が痙攣しそうな程の緊張感を味わいながら、未開拓の地へと降り立った。


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