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第14章(2) アンドレア・カイトウ署長

 クテシフォン王宮は、この地に首都を移したクレハンス十二世によって建てられ、その後王権もっとも華やかかりし頃、ベルジブ十一世によって増築され、現在の姿になった。市の南部の一等地に、二十を越える噴水と二つの小宮殿、人工の森とバラエティに富んだ庭園・果樹園を擁する広大な敷地を持ち、王国の富と繁栄を象徴するかのようにそびえ立つ壮麗な宮殿――それが、われらが国王陛下クレハンス十三世の居所であり、貴族の虚飾に満ちた社交の中心であるクテシフォン王宮だ。

 王家の森の中を長くうねって続く道を抜けると、不意に目の前に鉄柵が立ちはだかる。金色に輝く王家の紋章で飾られた門の両側に、真紅の上着を着た衛兵が二人立っており、招待状を確認すると門を開けてくれる。鉄柵の門が開くと、そこは「緑の絨毯」の名にふさわしい大通りだ。通りの両側にはよく手入れされた芝生。巧みなライトアップによって、まるで緑色の海底のように見せている。大通りはまっすぐに宮殿まで続いている。途中に「正面の広場」「王宮広場」と呼ばれる二つの広場がある。一般人が馬車や車の乗り入れを許されるのは「正面の広場」までで、最高の貴族だけが奥の「王宮広場」まで馬車を乗り入れることができる。その特権をいかにして手に入れるかが、貴族たちの最大の関心事のひとつだそうだ。

 ジョー・ブレア警部補とぼくは手前の「正面の広場」で公用車を降りた。そこにはすでに数台の馬車が停まっており、着飾った貴族たちが大儀そうに降り立っているところだった。彼らのすぐ横を、がらがらっという轍の音と共に、とりわけ豪奢な馬車が通り過ぎて「王宮広場」へと疾走して行った。貴族たちは人殺しさえしかねないほど険悪な嫉妬の視線でそれを見送った。

「どぉです、署長? これ、エンプレス・ノワールの最新のドレスなんですよ」

 ブレアが軽やかにドレスの裾をひるがえして、ぼくの前で一回転して見せた。

 夜空をそのまま身にまとったようなドレスだ。奥行きを感じさせる深い闇に、無数の星々がちりばめられ、鮮烈な輝きを放っている。ドレスだけではなく、流行の型に結い上げた黒髪、豪華なアクセサリーなど、今夜のブレアの気合の入れようはただごとではなかった。全力をあげてめかし込んできた様子が見てとれた。

「これはねー、恒星が密集していて星空がもっとも美しいと言われている第八十三星区で作られた服なんです。その中でも有名な、グブラーズ星系第五惑星の北極付近で見られる星空をデザインしたんですって。私は大柄だからよく映えるだろうって、お店の人に誉められちゃいましたぁ♪」

「……『なるべく目立たない格好で来てくれ』と言うのを忘れていたな。今夜はあまり人目をひきたくないんだ」

「な・に・をおっしゃってるんですか署長! ご自分がどれだけ人目をひいてるか、本当に自覚してないんですかぁ!? 会場中の女の視線は署長に釘づけですよ、賭けてもいいわ」

 ブレアが夜会への同行をそれほど嫌がっていない――それどころか、はしゃいでいると言ってもいい様子なのが、ぼくには少し意外だった。これまでブレアには何度もトラブルの巻き添えを食わせている。ぼくと行動を共にするとろくなことがないことぐらい、やつにもわかっているはずなのだが。

 ぼくも本当は署員をいたずらに危険にさらしたくはなかった。舞踏を伴う夜会には男女のペアで出席するのが社交界の不文律なので、仕方なくブレアに同行を頼んだのだ。今夜はなるべく穏便にことを進めるつもりだが――運が悪ければ、通常の武器を一切持たない状態で、衛兵に立ち向かわなければならない。となるとブレア以外の人選は考えられない。頑丈さと素手の格闘にかけては、やつの右に出る者はいないからだ。

 宮殿へたどり着くまでに大通りを十五分ほど歩かなければならなかった。やがてぼくらを出迎えたのは王宮の中央玄関の堂々たる扉――優に三階分ぐらいの高さのある、宗教的モチーフの複雑な彫刻を施された巨大な扉だ。その扉は来客を歓迎するかのように大きく開かれている。

「ようこそお越しくださいました、栄えある王家の夜会へ。招待状を拝見できますか?」

 たっぷりした銀色の口髭をたくわえた執事が、本日二回目の招待状の確認を行っているあいだ、ぼくらは扉のすぐ前で待たされた。招待状を見るのはほんの形だけのことで、実際はこの数秒のあいだに、扉周辺に仕掛けられた無数のセンサーがあらゆるスペクトル帯で来客の全身を走査し、武器の持ち込みをチェックしているのだ。会場で演奏されている管弦楽がかすかに聞こえてきた。

「……どうぞ、お入り下さいませ」

 ぼくの身につけているカフスリンク型催涙弾とタイピン型閃光弾、その他の偽装器具――どれも武器開発を趣味とするニコライ博士の自信作だ――はどうやらセンサーに引っかからずにすんだらしい。執事がうやうやしく頭を下げ、ぼくらは王宮の内部に足を踏み込んだ。

 とてつもなく、きらびやかな空間だった。華やかなシャンデリア。色大理石の階段。廊下の壁には金色の刺繍で埋めつくされた淡青色の絹が貼られ、その裾は白色と金色の指物の羽目板で覆われている。階段といわず廊下といわず配置されている、装飾過剰な小卓や金色の燭台、ブロンズの像。そしてあらゆる天井には高名な画家による宗教画が描かれ、美術愛好家の垂涎の的となっている。これでもか、というぐらい細部まで念の入った豪奢ぶり、いたる所にちりばめられている金を眺めているうちに、目がチカチカして肩が凝ってくる。正面階段を昇って二階の「蒼穹の間」へ着くまでの短いあいだに、まるで王立博物館の展示を全部見て回ったような気分にさせられた。

 夜会の会場である「蒼穹の間」は、天井高のある広大なホールだった。入って右側の壁には、等間隔を置いて二十のアーチ型高窓が並んでいる。昼間にはこれらの高窓から光の波が室内に送られ、豪華な内装を荘厳に照らし出すそうだが、今は夕刻なので窓はすべて閉ざされている。左側の壁には、赤大理石のつけ柱に区切られるようにして、重厚な絵柄の壁掛けがずらりと張られている。それらの壁に囲まれ、巨大なシャンデリアがいくつも吊り下がるアーチ型の天井の下、非常に大勢の人々が談笑していた。

 富と権力の匂いをぷんぷんさせたクテシフォン市の有力者たち。自分の頭の中身より重い家柄や肩書をよろめきながら担いでいる貴族連中。だれもが麗々しく着飾り、宴の昂奮に頬を紅潮させている。

 真っ白なテーブルクロスの上に並べられた料理には、当市の児童監護施設に割り当てられる年間の食費予算に近い金がかかっているだろう。

 そんな光景を眺めながら、ふと、

 ――社会の歪みが、大きくなり過ぎている。限界に達するのも時間の問題だよ。

というリース・ティントレット博士の口癖を思い起こした。

 王侯貴族の華やかな暮らしを維持するための金は、つまるところクテシフォン市民が負担している。大変な血税の無駄遣いだ。近年、貧民層だけでなく中産階級、高所得者層も分離独立派を支持し始めているのは、当然の結果かもしれない。

 歪みが限界を超え、社会という地盤がそれを支えきれなくなったとき。

 待っているのは防衛軍か分離独立派によるクーデター、そして、混乱に触発された市民の暴動だ。

 そうなったとき、市警は何を守るために戦うべきなのか。それは、もう今から心積もりをしておく必要がある問題だ。

「……署長署長。反体制的な感情が顔に出すぎてますよぉ。せっかくのパーティなんですから、もっとにっこりしなくちゃ」

 ブレアの囁き声が、ぼくの思考に割り込んできた。これ以上ないというぐらいの上機嫌を全身から発散させている。

「笑顔はきみに任せる。ぼくの分までにっこりしておいてくれ」

「ねえ署長。あとで、私と、一曲踊ってくれたりなんかはしませんよね?」

「たぶんそんな暇はないだろう。ぼくはしばらく姿を消すことになるから、そうなったら、きみもなるべく早くここを出た方がいい。万一騒ぎになった場合、ぼくの連れだとばれたら、きみも厄介な目に遭う」

「あー、もぉっ、どうせそんなことだろうと思ってましたけどね。署長のお誘いなんて、けっきょく血で血を洗う大騒動で終わるに決まってるって。でも……一曲ぐらい、なんとかなりません? 私こう見えてもけっこう上手いんですよ、ダンス?」

 ぼくらは「蒼穹の間」の奥深く進んだ。案の定、ぼくの会いたかった人物は不在であることがわかった――大広間のいちばん奥、周囲より一段高くなった場所に置かれた、贅の限りを尽くした優美な玉座は空っぽだった。そこに座っているべき国王陛下クレハンス十三世は、おそらく今夜も夜会に出られるような体調ではないのだろう。

 だが主役の不在をだれも気にしているようには見えなかった。それもそのはず、王宮のあらゆる社交や娯楽や政治的駆け引きの中心人物、王者の権威とカリスマで貴族たちを支配する主人は、昨年あたりからすでに国王陛下その人ではなくなっているのだ。異様なほどの人だかりと熱気が、宴の主役の存在を示していた。

 細かい金糸筋模様の入った絹張りの贅沢な椅子にゆったりと腰かけているのはシスティーン王女。圧倒的な美しさと、豊かに変わる表情の魅力で、人の視線を奪わずにはおかない。

 王家の人間が着用するものとしてはちょっと前例がないほど、大胆に胸ぐりの開いたドレスをまとっており、白磁のような肌がまばゆいばかりに輝いていた。その胸元をいくつものアクセサリーが飾っていた。

 華麗で豪奢なその姿を眺めながら、ぼくは、数か月前の夜会で姫の胸元にドーンストーンのペンダントを見かけたときの違和感をはっきりと思い出していた。

 男女を問わず大勢の人間が姫の周囲に人だかりをなし、姫の注意をとらえようとして必死になっていた。姫に憧れ惹きつけられる青年たち、それに今や宮内で最高の権力者である姫の寵を少しでも受けて、自分の立場を有利にしたいと願う連中。

 しかし、あきらかに、いちばん有利な地位を与えられているのは当代一の好男子と評判の高いシャルル・ド・メフィレシアらしかった。システィーン王女のすぐ傍らに立ち、ときおり顔を寄せて親しげに囁きを交わしている。姫のグラスを代わりに持つ役目を与えられていることが、この青年の特権的な地位をあらわしていた――「王者の手には神が宿る」と言われ、王家の人間は公の場では手を空けておくのがならわしとなっているので、姫もいつも姫に代わって物を持つ役目の侍女を数名伴っている。侍女以外の者が姫のために物を持ってやるというのは、非常に親しい間柄であることの証拠だ。

「……ああ、もう、皆でそうやって一斉に話すのはやめて頂戴。あたくし耳は二つしかないのよ。一度に十何人もの人が話したら、とても聞き取れたものではありませんわ」

 玉をころがすような姫の笑い声が響いてきた。耳に心地よい、魅惑的な声だった。

「ところで……ねぇ。そこのあなた。王立美術アカデミーのハタナカ教授じゃありませんこと?」

 口角泡をとばす勢いで懸命にしゃべり続けている数名の紳士を無慈悲に押しのけて、システィーン姫は身を乗り出した。人だかりから少し離れた所で熱心に壁のタペストリーを見上げていた老人が、びっくりしたように向き直った。

「は、はい。左様でございます。姫様に拝謁がかない光栄至極……!」

「『美術時報』に載っていたあなたの論文を読みましたわ。チェイオットと後期均衡派の関係についてのあなたの考察、とても面白いと思いました。もっと詳しく聞かせて頂戴な」

「ほへえっ!? 姫様がわたくしの論文を!?」

 間の抜けた声をあげて目をぱちくりさせる老人に向かって姫はねっとりした笑みを浮かべた。菫色の瞳が妖しく輝き誘いかけるかのようだ。妖艶きわまりない大人の女の笑みだった。

「そんなに驚かないで。あたくし、綺麗なだけのお馬鹿さんじゃありませんのよ」

 淑女らしからぬ色香の濃さに当てられたのか、老人は赤面した。

 ぼくはシスティーン姫から視線をそらし、今夜の宴のもう一人の主役であるはずの人物を目で探す。見つけるのに少し時間がかかってしまった。というのは、システィーン姫ほど大勢の取り巻きを従えているわけでもなく、その取り巻きたちの間にも活気がなかったからだ。

 第一王位継承者、エヴァンジェリン王女。

 国王陛下が病弱で思うように執務のとれない今、もっとも力を発揮すべき人物。

 システィーン姫とは一卵性双生児で、顔立ち自体は見分けがつかないほど似ているのに、なんという印象の違いだろう。何の飾りもなく無造作に肩へ垂らした金髪、首筋までしっかり包み込む、良質だがひどく保守的なデザインのドレス。でも印象の違いを生み出しているのはそういった小道具ではない。名状しがたい“覇気”のなさなのだ。エヴァンジェリン姫は半ば目を伏せ、ほとんど動かずにじっと座っている。取り巻きの紳士たちが話しかけても、満足に返事もしていない様子だ。

 ぼくは姫から目が離せなくなった。

 より正確に言うと、姫が首に提げているペンダントから、だ。

 それはドーンストーンではない。乳白色に輝くアルベラストーンと呼ばれる宝石だ。しかしドーンストーンと同じく不透明な石であり、格式の低い宝石とみなされている点も同様だった。そして、例のペンダントとほぼ同じ大きさの石ではないか――?



 夜は更け、宴はたけなわだった。大広間に隣接する《星の間》で、管弦楽に合わせて紳士淑女が酔っ払いにしては優雅に踊っていた。ブレアは数人の若い紳士にちやほやと取り巻かれて満足そうだった。やつのことは放っておこうと決め、ぼくはそれとなく周囲の様子を観察する。

 エヴァンジェリン姫は早々に自室へ引き上げてしまっていた。システィーン姫が近づいて、なにか囁きかけた途端、急に立ち上がって周囲の紳士たちに挨拶さえせず退出してしまったのだ。

 おそらく今夜はもう陛下がお出ましになることはないだろう。そうとなれば陛下の居室へこちらから出向くしかない。

 陛下の寝室は宮殿西棟を通り抜けた先の「西の塔」にあると聞く。西棟へ通じるのは玉座のすぐ後ろにある扉だけだ。だれにも見とがめられずに、その扉を抜ける必要がある。

 そう思って、玉座のすぐそばに立ってチャンスを待っているのだが――これだけ大勢の客の集う場所では“だれにも見とがめられない”のが意外と難しいとわかった。たいていだれかの視線がこちらに向けられている。それもひどく強い視線だ。ブレアのやつ、ぼくが目立っているとか何とか言っていたが、そんなことが本当にあるのだろうか? 人目をひくような恰好はしていないつもりだが……。

 そのとき。不意にぼくの眼前に影が差した。

 向き直ると、驚いたことに、すぐ近くにシスティーン姫が立って澄みきった菫色の瞳でじっとぼくを見つめていた。彗星のごとく大勢の取り巻きを従えて。

 姫の方がぼくより背が低いはずなのに、ずいぶん高い位置から見下ろされているように感じた。

「ずいぶん浮かない顔じゃありませんこと、カイトウ署長? 今夜の宴はご退屈かしら?」

「――あなたがいらっしゃるのに、退屈なんてするはずがありませんよ」

 社交術のマニュアル通りにぼくは答えたが、間近で見るシスティーン王女の神々しい美貌に、自分が気圧されていることを感じざるを得なかった。これが高貴なる王家の血筋の力というやつなんだろうか。

 姫は、うっすらと笑った。

「あたくしの主催する宴で、退屈することなど許しませんわ。うきうきするような楽しみと、他に類を見ないとびきりの遊びとで支配する。それがあたくしのやり方です。並居る紳士淑女方はもう皆、あたくしの提供する刺激と娯楽に夢中……。王宮を離れての暮らしなど想像できないと、だれもが言っていますのよ」

 それは本当だ。王侯貴族連中の風紀は乱れに乱れている。王宮内でしきりと行われている賭博では、金や貴金属の代わりに、自分自身の身体や自分の妻、娘を賭けるのが慣例になっていると聞く。王家の所有地がクテシフォン市の刑法の及ばない治外法権の地であるからこそできることだ。その他にも、表沙汰になっていない汚らしい慰みごとがいろいろと行われているんだろう。

「この王宮には、すべてがありますの。この国で最高の富と贅沢。この国で最高の快楽と悪徳。一度ひたればもう二度と抜け出すことはできない……そして、この世界へ招じ入れられるための通行証は『美』か『才能』。あるいは、ちょっと退屈ですけど、『高貴なる血筋』。あなたには扉を開ける勇気があるかしら? 権力のもたらす甘い毒の味なら、あなたももう知っているはずでしょう?」

 システィーン王女は、聖性と純潔を具現化したような可憐な唇を、ひどく卑猥な感じでゆっくりと舐めた。

 ――熱にあてられたように、頭がくらくらした。

 彼女はしょせん世間知らずの姫君にすぎない。懸命にそう自分に言い聞かせ、平静を保とうと努力した。システィーン姫はこの王宮内では絶対的な権威を誇っているかもしれないが、王制そのものを打倒しようと画策している勢力の存在、自分たちの玉座が非常にあやういものであることなどまるで知らないのだ。彼女はただの綺麗な人形、それ以上の何者でもない――!

 刺激ならぼくはもう仕事で十分間に合っていると答えると、システィーン姫は微笑みながら歩み去って行った。

 彼女が遠ざかっていくと空気が急に軽くなったように感じられた。

 その後ろ姿を見送りながら――ぼくは漠然たる違和感を覚えていた。彼女の言動の何かが神経に引っかかっている。何とは特定できないが……。

 淑女ごっこに飽きたらしいブレアが早足にこちらへ近づいてきた。

「もしかして、何かやらかそうと企んでますぅ、署長?」

「いい所へ来てくれた。――三秒でいい。この場にいる全員の注意を引きつけられるか」

 一瞬ブレアは探るような目でぼくをじっと見たが、

「三秒ですね。了解でぇす」

 あっさり答えて離れて行った。その向かう方角には、いじましく料理をむさぼっているディオン・ザカリア市長の姿がある。

「ちょっと失礼しますね、市長さん」

 艶っぽくにっこりしたかと思うと、いきなりブレアはザカリア市長を抱え上げた。丸々と肥え太った巨体を、両手で軽々と頭上まで差し上げた。

 場内がどよめいた。

 一見しとやかな美女が、大の男を頭上へ持ち上げて、ボールか何かのようにぐるぐると回し始めたのだ。ザカリアが悲鳴に近い抗議の声をあげているが、ものともしない。度肝を抜かれる光景だろう。

 その瞬間、たしかに「蒼穹の間」にいる全員が、目を剥いてブレアを凝視していた。

 ぼくはその一瞬を逃さなかった。玉座の後ろの金色の扉を開けて、神聖なる空間へすばやく体を滑り込ませた。

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