番外編.夫の特権
アイリスとルイスが結婚してから、半年経った位のお話です!
「ルイス様、私と手合わせをしませんか?」
「別にいいが、急にどうしたんだ」
朝、目を覚ましたアイリスは起きて早々にそう言葉を紡いでいた。
「私にもよく分からないのですが、今日は手合わせをしたい気分なのです…!」
「なるほどな。一一そうしたら、朝食を食べて少し落ち着いてから始めるか」
「私から言い出しておいてなんですが、いいのですか?ルイス様のせっかくのお休みなのに…」
「あぁ。今日はもともとお前のやりたいことをやると決めていたんだ。遠慮はするな」
ルイスはそう話しながら、アイリスを優しい眼差しで見つめる。
(そうやって、すぐに甘やかすんだから…)
結婚してからも、ルイスは度々アイリスを甘やかす。その度に柔らかい瞳で見つめられるが、それには未だに慣れそうにない。
それが何だか少し悔しくて、アイリスは頬を膨らませながらルイスへ宣言した。
「ルイス様!私、手合わせで1回は勝ちますからね!」
「へぇ?楽しみにしているからな」
ルイスに揶揄うように言われ、アイリスは固く決心する。
(絶対に、勝つ!)
***
「一一ほら、もっと思いきり来い」
「……くっ!!」
ルイスと手合わせを始めて数分後、早くもアイリスの戦況は芳しくなかった。
(たくさん鍛錬してるからと言って、ルイス様との差はなかなか埋まらないわね…!)
「ふー」と、息を落ち着かせながら、アイリスは木剣をゆっくりと構え直す。
そしてルイスへと視線を送り、思考を巡らせる。
(真正面からルイス様に攻撃をするのも良いけれど、それだけではすぐにやられてしまう。それに、焦ってしまってもだめ!隙が生まれてしまうわ)
アイリスはもう一度息を吐き出すと、ルイス目掛けて走り出す。
「先程と同じか?アイリス」
ルイスはそう言いながら、迫り来る木剣を正面から受け止めると、それを薙ぎ払うようにしてからアイリスの方へ1歩踏み込んでくるのだ。
(くるっ!!)
一一カァンっと、木剣がぶつかり合う。
「へぇ、あの状態からよく止めたな」
「まだまだ、ですよっ…!」
体勢を整えるために、アイリスは一度距離をとる。
そして再びルイスの方へ踏み込むと、ぐっと重心を低くして間合いへと入り込む。
(一一今っ!!)
振り下ろされてくる木剣目掛けて、アイリスは横方向へ剣を振ると、ルイスの手から木剣が離れた。
その好機を逃がさぬように、アイリスがルイスの首元を狙おうとした時だった。
ルイスが、ふと口元に笑みを浮かべたのだ。
それを見た瞬間、ゾクッと体に鳥肌が立つのを感じた。
「一一っ!」
しかし、ここで引いてはだめだと自身を鼓舞し、そのままルイスへと切っ先を向ける。
そして木剣がルイスの首へ届くのと同時に、アイリスの首と腹にも何かが当たる感覚がした。
(えっ…)
アイリスが不思議に思い腹の方へ視線を向けると、そこには木の短剣があった。
「珍しく引き分けだな、アイリス。なかなか良かったぞ」
「あ、ありがとう、ございます。しかしルイス様、もしかして短剣は…」
「あぁ、何処かで使えないかとニコラスに相談してな。貸してもらったんだ」
「な、なるほど…」
ニコラスが、嬉々としてルイスに短剣を貸す様子を思い浮かべながら、アイリスは脱力してその場にしゃがみこむ。
「せっかく、ルイス様に勝てたと思ったのに…」
「ははっ、惜しかったな。俺としても、短剣がなければ少しキツかったが」
ルイスは笑いながら、アイリスの隣へしゃがみこむと、頭をぽんぽんと撫でてくる。
そして、少し意地悪な表情でこう言うのだ。
「アイリス、もう1戦やるか?」
「もちろん、やります!!今度こそ勝ちますからね!」
「そう来なくては」
2人は共に立ち上がると、存分に手合わせを楽しんだのだった。
***
その日の夜、入浴を終えたアイリスとルイスは同じソファに腰掛けていた。
「一一ルイス様、私はときどき思うのですけど…」
「何をだ?」
「ルイス様が私に甘すぎだということをです!」
そんなつもりはない、と言わんばかりの顔をするルイスに、アイリスは思わずぐいっと詰め寄った。
「ルイス様。今日、手合わせをしたあと何をしましたか」
「何って、お前と一緒に王都まで行って買い物をしただろう?」
「その通りですけど!見たものは全部、私の好きな物ばかりだったでしょう!」
そう、2人で王都まで行ったところまでは良かった。しかしその後、「何処を見たい?」と聞かれるままに答えていたら、見事にアイリス好みの店しか回っていなかったのだ。
ルイスの行きたいところを聞こうとしたが、そう思う頃には屋敷へ戻る時間となっていた。
「私としては、ルイス様が行きたいところへも行きたかったのですよ?」
「お前の言わんとしていることは、分かっているつもりだ。だがな、お前が楽しそうにしたり、嬉しそうにしているのを見るのが好きなんだ」
ルイスはそう言いながらアイリスの髪を手に取り、くるくると弄ぶ。
「アイリス、これは最近自覚したことなんだがな」
「なんですか?」
「どうやら俺の趣味は、『お前が喜ぶことをする』ことらしい」
その言葉に、アイリスは思わず目を瞠ってしまう。
(私が喜ぶことをするのが趣味……)
それはなんだか嬉しいような、むず痒いような不思議な感覚だ。
「ルイス様の趣味、わたくし責任重大じゃないですか…?」
「ははっ、そんなに気負う必要はない。お前はそのままでいてくれればいいんだ。それに…」
「?」
「こうして妻を喜ばせるのも、独占して甘やかせられるのも、夫である俺の特権だろう?」
「一一え、ちょっ、ルイスさまっ!?」
ふわっと、ルイスがアイリスを横抱きに持ち上げたかと思うと、そのまま寝台へ運ばれる。
寝台に優しくアイリスを下ろすと、ルイスはそこへ腰掛け、上半身だけアイリスに覆い被さるようにしてくる。
「アイリス、お前は知らないだろうが、俺はこう見えてかなり欲張りなんだ」
「あっ、あの、ルイス、さ…」
逃げたいのに、目前に迫る綺麗なマゼンタの瞳から目が逸らせない。
(こんなときでもルイス様は美しいだなんて、なんだかズルいわ…)
そして気付けばルイスの手はアイリスの腰へと回され、動けないように固定されていた。
アイリスが「しまった」と思った時には既に遅く、目の前のルイスは企みが成功したと言わんばかりの笑みを浮かべていた。
「アイリス、俺はお前がどうすれば喜ぶのかということを暇さえあれば考えているのと同時に、これだけお前のことを愛しているのは俺だけだと自負している」
「は、はい。その通りだと、思います…」
「だからそんな俺を全身くまなく満たせるのは、お前ただ1人ということだ」
「ひぇっ……」
ルイスは腰に手を回しているのとは反対の手で、アイリスの手を持ち上げ、口付けをする。
彼のマゼンタの瞳は、ただ真っ直ぐにアイリスだけを映していた。
「アイリス、お前で俺を満たしてくれ」
「…ぜ、善処、します」
その回答にルイスは、「ふはっ」と小さく笑うと、アイリスの唇へ触れるだけの口付けをした。
「愛してる」
「私も、愛してます」
一一そうして、2人の夜は更けていったのだった。




