57.この先もずっと
季節は幾重にも移り変わり、エアハート王国は暖かい春の陽気に満ちていた。
王国騎士団の隊舎の回廊をアイリスが書類を抱え歩いていると、後ろから声を掛けられる。
「アイリス様!」
「あら、どうしたの?」
「この後お時間ありますか?よろしければ、手合わせをお願いしたいのですが」
「えぇ、大丈夫よ。もう少ししたら手が空くから、それまで待っていてくれる?」
「はい!もちろんです!」
そう元気よく返事をした女性騎士はアイリスへ笑顔を向けると、パタパタと訓練場の方へ向かって行く。
その背中を見ながら、アイリスは何処か懐かしい気持ちになった。
(ふふっ、まるで入団した頃の私を見ているみたい。一一私も、まだまだ負けられないわね!)
アイリスは口元に笑みを浮かべると、再び回廊を歩き始める。
一一女性騎士の配置が正式に決まってから早くも4年が経った。
現在の王国騎士団には10名程の女性騎士が所属しており、皆、日々剣術を磨きながら働いている。
女性騎士でアイリスは、隊長としての任を任せられていた。
理由として、王国騎士団での任務内容を熟知していることもそうだが、何より「アルフ」として過ごしていた頃の実力を見てとのことらしい。
(結局、男装のことは先輩たちにバレてしまっていたのよねぇ…)
事件の後、「アルフ」としてではなく、「アイリス」として騎士団に足を運んだことがある。
その際、救出のお礼と今まで「アルフ」として男装していたことを謝罪と共にエルヴィスたちに伝えたのだ。
『一一今まで隠していて、すみませんでした!!』
勢いよく頭を下げるアイリスに、パトリックとレスターは慌てたように言葉を紡ぐ。
『あ、あぁ、頭を上げてくれっ…!!』
『パトリックの言う通りだ…!そ、それに、俺たちは別に気にしてないっ…!!!』
『そーだよー、気にしないでー。少しびっくりしただけで、君が『アルフ』だったことに変わりはないでしょ〜』
慌てふためく二人を他所に、ニコラスは真摯な眼差しをアイリスへ向ける。
『それにー、僕は君が副団長の婚約者だって、少し前から気づいてたよ〜』
『『『……!!!???』』』
ニコラスの言葉に、エルヴィス以外の皆が目を瞠る。
『お、おまっ…!い、いぃ、いつ知ったって言うんだ!?』
『そ、そうだぞ、ニコラス。俺たちは男装をこの間の事件で初めて知ったんだぞ!』
(や、やっぱり、この間の事件で気付かれていたのね…!!)
アイリスがそう思っている中、パトリックはニコラスの肩を掴み、思い切り揺らしている。
『えー、いつだったかなぁ〜?あ〜、確か、副団長が、令嬢姿のアルフと一緒に隊舎に来てたときかな〜』
『もしかして、昼休憩の時に隊舎の回廊を歩いていた時ですか?』
『そーそー。少し離れてたけど〜、歩き方がアルフそっくりだったから、もしかしてーって』
『おい、ニコラス。その話、俺たちは聞いてないが』
『だって〜、聞かれてないもーん』
『おっ、おまっ…!!!』
(まさか、ヴィンセント団長に会いに来てた所を見られていたうえに気付かれていたなんて…)
パトリック達がニコラスを勢いよく問い詰めている様子を見ながら、アイリスは何処か遠い目をしてしまう。
すると、そんなアイリスにエルヴィスがそっと声を掛けてきた。
『バーレイ嬢。ニコラス先輩も仰っていましたが、いくら姿が変わろうとも、『アルフ』は貴女自身です。気にすることはありません』
『エルヴィス先輩…』
『まあ、強いて言うならば、やはり夜会で貴女のことが「アルフ」に見えたのは気のせいではなかった、ということですね』
『うっ…!そ、その通り、です』
エルヴィスに揶揄うように言われ、アイリスはばつの悪い顔になる。
それを見たエルヴィスは少し口元を緩めると、アイリスへ言う。
『まあ、そんな訳で、私たちは男装に対して特に気にしてないので、そんなに気を負うことはないですよ。それに、此方としても貴女の剣術を知れてよかった』
『あ、ありがとう、ございます』
『そして、また機会があれば、ぜひ手合わせを願いたい。その時は、受けてくれますか?』
『はい!もちろんです!』
(一一本当、いつまで経っても先輩達には頭が上がらないわ)
アイリスが女性騎士として王国騎士団に所属してからも、エルヴィス達の対応は変わることはなく、現在も偶に手合わせをしてもらっている。
(まぁでも、流石に敬語はやめて欲しいと言ったら、パトリック先輩に卒倒されたのよね…)
アイリスとして接していると、ニコラス以外は自然と敬語になっていたため、普段砕けた口調で話していた身としては、その変化にとても違和感を感じた。
それもあり、アルフの時と同様、砕けた口調で接して欲しいとお願いしてみたのだ。
エルヴィスやレスターは「貴女がそれでいいなら」と了承してくれたのだが、パトリックは呆然とした後、静かに気を失ってしまった。
ニコラス曰く、「パトリックはあんまり女の人に免疫ないからね〜」とのことらしい。
(けど、最近のパトリック先輩は、前みたいにかなり砕けて話してくれる様になったのよね)
そのことを嬉しく思いながら、ふと、視線を訓練場へ向けると、数人の騎士が手合わせをしているようだった。
手合わせをしている騎士たちは、真剣ながらも何処か楽しそうに剣を振るっている。
そんな騎士たちの様子を見たアイリスは、早く手合わせがしたくなり、ウズウズとしてしまう。
(さぁ、早く残りの仕事を終わらせてしまいましょう!)
そう決意し、アイリスは足早に執務室へと向かったのだった。
***
「一一ただいま帰りました」
「おかえり、アイリス。今日はいつもより遅かったな」
出迎えてくれたルイスは、そう言いながらアイリスを抱きしめ、頬へと口付けをする。
そんなルイスに負けじと、アイリスは彼の頬へと口付けを贈り返してから口を開いた。
「つい先程まで手合わせをしていまして…。それが楽しくて、つい長引いてしまいましたの」
「そうか。楽しかったのなら良かったな」
「はい!そう言うルイス様は、今日は早いですね…?」
「あぁ、早く我が家の姫君たちに会いたくてな。速攻で終わらせた」
「ふふっ!流石、旦那様ですね」
アイリスはそう言い、もう一度ルイスを抱きしめると、身体を離す。
「さあ、ルイス様。そろそろ参りましょう?可愛い姫君が寂しがっている頃でしょうから」
「あぁ、行こうか、奥さん。あの子は早く君に会いたがっていたよ」
「はい!」
エスコートのために出された手を取り、アイリスはルイスと共に歩きだす。
その後ろ姿を見守りながら、相変わらず仲睦まじい二人に、公爵家の使用人たちは思わず微笑みを零した。
一一あの事件の後、半年も経たない内に二人は結婚をした。
周りからは、「婚約してから1年もしないのに早いのではないか?」と言われていたが、ルイスはそれを気にも留めず諸々の手続きを完了させたのだ。
本人曰く、「愛おしい人を、名実ともに早く妻と呼びたいので」との事らしい。
結婚してからも、ルイスの溺愛っぷりは健在で、なんなら増している程である。
きっと、守るべき存在が増えたから、というのもあるかもしれない。
「「オリヴィア」」
「あっ!父さま、母さま!!」
部屋で遊んでいたオリヴィアと呼ばれた幼女は、マゼンタの瞳をぱあっと輝かせると、二人目掛け一直線にやってくる。
「ただいま、オリヴィア!」
「おかえりなさい、母さま!わたくしね、ちゃんとお留守番できたの。えらい??」
「ええ、もちろん!!とーっても偉いわ!」
そう言いながら、アイリスはオリヴィアの頭を撫でる。
「えへへ…!くすぐったいよ、母さま」
「ふふっ!」
「オリヴィア。明日は父さまも母さまも休みだから、みんなでどこか行こうか」
「父さま、それほんとう!?」
「あぁ、本当だとも」
「じゃあ、えっとね一一…」
オリヴィアがきらきらとした瞳で話すのを、ルイスが優しい眼差しで見つめている。
そんな光景を隣で見ながら、アイリスはぽかぽかとした気持ちで胸が満たされるのを感じた。
愛する夫がいて、可愛くてたまらない娘がいる。
王国騎士団に入る前のアイリスには、想像もつかなかったことだ。
(今こんなに幸せなのも、あの時ルイス様が私を見つけてくれたおかげね)
オリヴィアを抱き上げるルイスを見ながら、アイリスは、ふとそんなことを思う。
そして、何気なく口を開いた。
「ルイス様、ありがとうございます」
「ん?どうした、アイリス。急に改まって」
「いえ、幸せだなぁって思って」
「一一そうか。お前が幸せなら、俺は幸せだよ」
「ふふっ…!愛してますよ、旦那様」
「俺も、愛してる」
ルイスはそう言うと、アイリスの頬へと口付けをした。
すると、それを見ていたオリヴィアが少し頬を膨らませて勢いよく言葉を紡いだ。
「オリヴィアも、母さまと父さまのこと、大好きだもん!!」
「ありがとう、オリヴィア。母さまも、オリヴィアを愛してるわ…!!」
「父さまだって、二人に負けないくらい二人のこと愛してるぞ」
アイリスとルイスがオリヴィアの頬にそれぞれ口付けをすると、オリヴィアは嬉しそうに笑みを零した。
(これから先もずっと、この幸せが続きますように…)
そんな願いを胸に、アイリスは二人をぎゅうっと抱きしめるのだった。
これにて最終回となります。
ここまで読んでくださり、ありがとうございました!!
物語はここまでとなりますが、番外編として他のキャラクターたちのお話も少しずつ追加していけたらなと思っています!
また、番外編更新などのお知らせをXにてしていこうと思いますので、ご覧いただけましたら嬉しいです。
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