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53.思い浮かぶのは


(どうして、そんな風に笑っているのかしら…)


アイリスは、セシルの思考が分からずにいた。


しかし、セシルは困惑しているアイリスを横目に見ながら、ゆっくりと口を開いていく。


「ねぇ、アルフ。俺が前どんな騎士団(ところ)にいたかっていう話、覚えてる?」

「もちろんです」


アイリスはそう答えつつ、以前ルイスとセシルについて話していた時のことを思い出す。



『一一セシルが王国騎士団(ここ)に来る前にいたところを知っているかって?』

『はい。あのセシル先輩が、王国騎士団(ここ)より比べ物にならないほど苦しかった、と言うだなんて珍しいと思って…』


公爵家へ滞在中のある日、ルイスと談笑を楽しんでいたアイリスは、ふと、ずっと気になっていたことを聞いてみたのだ。


『まぁ、もちろん何処にいたかというのは知っている。王国騎士団(うち)に入る時に、簡単だが身元確認ができるようにと、各自の出身地に生年月日、元々別の騎士団にいた経歴を持つ者であれば、その騎士団を任意で書いてもらっている』

『そういえば、入団前に私も書いた覚えがあります』

『お前の場合は、生年月日は合っているが性別も身元も違かったがな』


ルイスに揶揄うように言われるが、アイリスはぐうの音も出なかった。


『そ、それに関しては、申し訳ありませんでした…!』

『別に今となっては、そんなことはどうでもいい。おかけで俺は、愛しの婚約者殿に会うことができたからな』


(また、人が恥ずかしくなることを平気で…!!)


アイリスは恥ずかしさから思わず、むっとしてしまうが、本題から話が逸れていることに気付き、慌てて言葉を紡ぐ。


『る、ルイス様っ!セシル先輩が以前いた騎士団について、教えてください!』

『あぁ悪い、話が逸れたな。一一あいつがいたのは、ノリス伯爵家の領地内にある騎士団で…』


ルイスはそこまで言うと何かに気が付いたらしく、不敵な笑みを浮かべた。


『ルイス様?』

『ははっ、そういうことか。……となれば、近いうちに奴らは動くだろうな』

『あっ、あの、ルイス様…?』

『アイリス、その騎士団の統治をしているのがどの貴族か分かるか?』

『確か、ノリス伯爵家だったような気が…』

『違う。実はそこの騎士団を統治しているのは一一……』



(まさか本当に、ルイス様が考えていた通りになるだなんて…)


そんなことを思いつつ、目の前にいるセシルの瞳をじっと見ながら、アイリスは慎重に口を開いた。


「先輩は以前、ノリス伯爵領の騎士団にいたのですよね」

「よく知ってるね。その通りだよ、アルフ」

「けれどその騎士団を実際に統治しているのは、ノリス伯爵家ではなく、ウォーレン子爵家ではないのですか?」

「一一」

「私自身もルイス様とは別に調査しましたが、その騎士団に所属する騎士たちには常に酷い痣がいくつかありました。また、あまりの訓練の過酷さと伯爵領の警備とは別件の任務により、離団者が多数いることも分かっています」

「一一……それで?」


アイリスに、セシルは何処か試すような眼差しを向けてくる。


その視線を受けたアイリスは、再び言葉を紡いでいく。


「別の任務については調査では分かりませんでしたが、昨晩先輩が言っていた人身売買(これ)こそが、その任務の内容…。つまり以前そこにいた際に、人身売買(これ)に関わってしまったからこそ、今も何かを盾にされ逃げられないように、脅されている」

「……」

「けれど今回、私を最初から売りに出すつもりはなかったのですよね。でなければあんなに解きやすく縄を縛りませんもの。一一私を意図的に逃がすことで、自身を犠牲にしてでも人身売買(こんなこと)を終わらせようとしているのでしょう?」


アイリスの言葉に、セシルは賛同するでも否定するでもなく、ただ静かに微笑んでいるだけだ。


しかしその無言が、今のアイリスの話を全て肯定しているようだった。


「一一……君の言う通りだよ、アルフ。俺はね、もともと君を売りに出すつもりなんてなかった」

「っ!」

「縄を解きやすいようにしていたのだって、君が自力で抜け出して、副団長に俺のことを伝えてくれるんじゃないかって思ったからだし」


セシルが、王国騎士団を裏切っていたことは事実だ。

しかしその裏切りが、逃げられない状況から抜け出すためのサインだったのであれば、アイリスを逃がそうとするセシルの行動に納得がいく。


アイリスは、一度深く息を吐き出す。


「先輩、一つだけ、聞いてもいいですか」

「ん?」

「以前先輩が言っていた、『いまの騎士団は楽しくて、宝物』という言葉は、嘘ではないのですよね…?」


恐る恐るそう尋ねるアイリスに、セシルは真っ直ぐな瞳で答える。


「うん。それは、絶対に嘘じゃない。すり減っていた俺の心を、騎士団の皆は救ってくれた」


そして、セシルはぽつりと小さな声で言う。


「特に、パトリック、ニコラス、レスター。あいつらとは最後くらい、いつもみたいに呑みに行きたかったなぁ」


眉を下げて、どこか諦めたように言うセシルに、怒りに似た感情がふつふつと溢れ出してくるのを、アイリスは感じた。


「一一……最後、だなんて絶対に言わせません」

「アルフ…?」


頭で考えるより先に、口から言葉が紡がれていく。


「先輩がこれまでの事件に関わっていたことは事実です。けど、きっとニコラス先輩たちは、それだけのことでセシル先輩を嫌いになんてなりません。それは、私も同じです」

「…どうして、そう言えるの」

「私は、他の先輩達より今の隊にいる時間が短いですが、そんな私でも、セシル先輩がニコラス先輩達と過ごす時間を心から楽しんでいるのかと言うことくらい分かります!」


そうはっきりと言い切るアイリスに、セシルの瞳が揺れると彼は俯き、「ははっ」と乾いた笑みを零した。


そして顔を上げたかと思うと、今度は何故か泣きそうな顔をしながらも、笑って見せるのだ。


「アルフは、やっぱすごいなぁ」

「先輩…」

「けど、ここまで堕ちた俺は、そう簡単にあいつらの前に出ていけない」


セシルはそう言うと、外していたフードを再び目深に被り、小さく「ごめんね」と囁く。


いったい何に対して、「ごめん」と言ったのか聞き返そうとアイリスが口を開きかけた時だった。


「一一……っ!?」


いきなり視界がぐるりと反転したかと思うと、次の瞬間には部屋の天井と、何故かアイリスの上に跨っているセシルが視界に映し出される。


自身が組み敷かれているのだと気付くのにそんなに時間はかからなかったものの、アイリスは冷や汗が止まらなかった。


「せ、せんぱい、離して、ください…!」

「ごめんね、アルフ。いや、バーレイ嬢」


セシルは苦しそうな表情でそう言いながら、アイリスの腕を押さえつけている手に、少しだけ力を入れた。


「痛っ…!」

「俺が、みんなから嫌われるには、こうするしかないんだ」


アイリスの腕を一纏めにすると、セシルは空いている方の手で足へと触れてくる。


「いやっ!」


抵抗しようとするのに、男であるセシルの力には適わず、身動きが取れない。


(いくら剣で男の人に勝てたとしても、力では敵わないだなんて…)


何もできない自分の非力さが嫌になると同時に、アイリスの瞳にじわっと、涙が溢れる。


すると、そんなアイリスを見たセシルが目を瞠った。


「……いくら男装したとしても、君はやっぱり女の子だよ、アルフ。副団長に言われなかった?『他の男の前で、そういう顔をするな』って」

「離して…」

「ダメだよ、気のない男の前でそんな顔しちゃったら。一一じゃないと、その気になった男に、簡単に食べられちゃうんだから」


そう言い終えるやいなや、セシルはアイリスへと顔を近づけてくる。


これからセシルがしようとしていることから逃げるように、アイリスは顔を背け、心の中で助けを求めるしかなかった。


(誰か、誰でもいいから、はやくここへ来て……)


必死に祈る中で、アイリスの脳裏には、ただ一人の姿が浮かび上がる。


(一一……ルイス様っ!!)


アイリスが、ぎゅうっと瞼を閉じた時だった。


バンッ、と大きな音が部屋に響き渡ると、そこにはアイリスが思い描いていた人物が、険しい表情をして此方を見つめていた。


「一一おい、俺の婚約者に、何をしている」

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