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49.ふわふわな気持ち


(一一キャロルのあの質問には、何の意図があったのかしら?)


若干の恥ずかしさに身を襲われながら、アイリスは未だに目の前で撃沈しているパトリックを見つめた。


「くそっ…!俺はただ、アルフと出かけてみたいだけなのに…!」

「どんまーい、パトリックー。それじゃあ、アルフの代わりに、僕と街へ行く〜?」

「……あぁ、行く」


その返答に、セシルとレスターはやれやれと肩を竦める。


そしてレスターがパトリックへ一歩近付いたかと思うと、首根っこを掴み、半強制的に彼を立ち上がらせた。


「おいレスター、何をするんだ!」

「こうでもしなきゃ、お前動かないだろう。それに、もうすぐ休憩が終わる。そろそろ行くぞ」

「アルフー、セシルー、僕たちも、そろそろ行こ〜」

「はい!」

「そうだね、行こうか。それじゃあ二人とも、また後でね!」

「おう!」


軽く手を挙げ、互いに逆方向へと歩いていく。


そこからしばらく歩いたところで、不意にセシルが楽しげに口を開いた。


「いや〜、やっぱり皆といると楽しいね」

「セシルー、いきなりどうしたのー?」

「いいや、ふとそう思っただけだよ」

「……」


話す口調や表情は明るいのに、アイリスはセシルの横顔が何処か寂しげなものに見えた。


(セシル先輩…?)


「あ!俺この後、副団長のところに行かなきゃいけないんだった!」

「えー、そうだったのー?」

「すっかり忘れてた。そういう訳だから、俺はもう行くね!」

「はい、お気をつけて!」


ぱたぱたと走り去って行くセシルの背を、アイリスはじっと見つめる。


(セシル先輩って一一……)


「アールフー」

「はっ、はいっ!!」


身を少し屈めたニコラスが、下から覗き込むようにしてアイリスへと声をかけた。


「また、なにか悩んでいるー」

「うっ…!」

「前も言ったでしょー?なにかあったら、僕達に相談してーって」

「ごもっともです……」

「それでー、なにに悩んでるか、僕に言ってみなー」


ニコラスにじっと見つめられ続けた末、アイリスはぐっと目を一度瞑り、口を開く。


「先程、ニコラス先輩なにか考え込んでいたでしょう?それが少し、気になってしまって…」

「さっきってー、セシルがくる前のこと〜?」

「そうです」

「あ〜、なるほどねぇ。…ここだけの話だけど〜、アルフは聞いてみたい?」


ニコラスは身を起こすと、どこか危なげな笑顔を浮かべてそう言うのだ。


「一一……はい」


身がよだつ様な感覚に襲われながら、アイリスは静かに返事をした。


「一一」


相変わらず笑みを浮かべたままのニコラスが、そっと言葉を紡ぎ始める。


「アルフはさー、誘拐事件が起き始めてから、変だと思うことはなかったー?」

「それは、どういう意味ですか…」

「簡単なことだよー。んー、例えば、同じ内容を調査したはずの他の隊の報告書と、僕達の隊の報告書で、大幅な相違点があったこととか〜」


軽い口ぶりで、彼にしては珍しく饒舌に話を続けていく。


「そこからはじまってー、月日が経つにつれて、騎士団の行動が何故か読まれているかのように、首謀者たちは動きをずらしてきたり〜」

「それは、彼らの計画が変わったからだと言うわけではないのですか」

「それもあるかもだけど〜。誰だって、今まで同じことをしてきたのに、急に変えてきたりしたら、少しは変に思うでしょー?」

「それは、そうですが…」


(ニコラス先輩。この様子だともしかして、騎士団に裏切り者がいることに気が付いている…?)


しかし、下手にそのことを口にしてしまえば、アイリスだということがバレてしまうかもしれない。


アイリスが口を噤んでいると、それに気づいたニコラスが、がしがしと頭を撫でてきた。


「わっ!?」

「大丈夫だよ〜、アルフ。僕は結構口が堅いから」

「一一先輩、もしかして」

「うん。騎士団(このなか)に、裏切り者がいること、知ってるよ」

「!!」


そのことを予想していたはずなのに、アイリスは驚きで目を瞠ってしまう。


「ニコラス先輩は、このことに驚かなかったのですか...?」

「驚いたけど〜、それが事実なら、ちゃんと受け止めなきゃねぇ」


ニコラスはそれだけ言うと、もう一度アイリスの頭を撫でまわしてくる。


「さあ、この話はおしまい。いい加減、そろそろ行こうか〜、アルフ」

「はい!」


足早に前を歩いていくニコラスを追いかけるように、アイリスも歩いていく。


そんなアイリスの気配を後ろに感じながら、ニコラスは誰にも聞こえないくらい小さな声で呟いた。


「裏切り者を見つけるのもそうだけどー。副団長の大事なお姫様も、しっかり守らなきゃね〜」



***



「つ、つかれた…」


仕事終わりにタウンハウスへとやってきたアイリスは、自室の寝具へと思い切り倒れ込んだ。


(こんなことするの、はしたないけれど、そんな事よりも疲労の方が勝っているわ…!)


ごろんっと寝返りをうち、上を向くと共に大の字になるように手足を広げる。


いまの姿を母に見られてしまったら、きっと叱責が飛んできていただろう。


(騎士団に復帰してから1週間と2日。さすがに休みなしは辛かった...)


伯爵領のことや騎士団の個人の仕事が重なってしまったため、なかなか休みが取れなかったのだ。


(先輩たちは休んでいいって言っていたけれど、夜会まで2週間も空けていたんだもの。申し訳ないわ)


何度か寝返りを打ちながら、アイリスは昼間のことを思い出した。


(……まさか、ニコラス先輩が裏切り者のことに気が付いているだなんて…。でもあの口振りからすると、他の先輩方は気が付いていないということだわ)


そう思いながら湯浴みのために起き上がろうとするのに、疲れた体は動こうとしてくれない。


(一一はぁ。いつもこうなるのだから、最初から湯浴みをしに行けばよかった…)


もし公爵家でこのような姿を見せていたら、きっとルイスに落胆されていただろう。


(ここ最近のルイス様も、相変わらず忙しそうだったわね)


それもあってか、アイリスは婚約者としてルイスに会えていなかった。


(2週間ほとんど婚約者として会っていたせいか、『アイリス』として会えないことが、こんなにももどかしい…)


寝台でゆっくりと寝返りをうちながら、アイリスは独り言のように呟く。


「……会いたい」



「いったい誰に会いたいんだ?」

「わぁっ!!」


まさか返答が返ってくるとは思ってなかったアイリスは、ばっと顔を声のした方へと向ける。


するとそこには、先程まで思い浮かべていた人物がいた。


「る、ルイス、様」

「『何故ここにいるのか?』と、聞きたいんだろう?」

「え、えぇ」

「たまたま仕事が早く終わったというのも1つの理由だが…。あんなにあからさまに外泊届けを出されてしまえば、ここに来るしか選択肢はない」


ルイスはそう言うとアイリスのいる寝台へと腰掛け、意地の悪い笑みをこちらへと向けてくる。


「お前、あの外泊届けはわざとだろう」

「そ、そんなことは…!」

「嘘をつけ。ルークラフト嬢との予定は確かに明後日だが、その日は騎士団から一旦ここまで来ると言っていたよな?」

「うぅっ…」


何も言い返せないアイリスは布団を手繰り寄せ、口元へと持ってくる。


そんな様子を見たルイスはアイリスの握っている布団を強引に奪うと、片手を彼女の顔の横につき身をかがめてきた。


「で?アイリス、お前はいったい誰に会いたかったんだ?」

「そ、それ、は」


視線を逸らそうとするのに、それを見越したルイスによって顎を掴まれ、強制的に視線を絡めることになってしまう。


「アイリス」

「え、っと…」


火照る頬に気付かないふりをしながら、アイリスははくはくと口を動かす。


そしてやっとの思いで絞り出した小さな声で、ルイスへと告げた。


「る、るいす、さまに、会いたかった、です…」

「一一そうか」


ルイスは柔らかい笑みを浮かべると、その美しい顔をアイリスへと近づけてくる。


「っ!」


思わずぎゅうっと目を瞑った瞬間、アイリスの額へ柔らかいものが触れた。


「…ルイス様」


バクバクと高鳴る心臓をそのままに、アイリスはルイスへとじとっとした視線を送る。


その視線を送られたルイスは不敵に笑うと、顎を掴んだままの手でアイリスの唇に触れて言うのだ。


「唇にして欲しかったか?」

「なっ!ち、ちがいますからね!」

「ははっ!わかったから、そう暴れるな」


アイリスの頭を撫でながら体を起こしたルイスは、そう言うとアイリスへと手を差し出してくる。


何も言わないまま手を重ねると、ぐいっと引っ張られ体を起こされてしまう。


「わっ!」

「アイリス、湯浴みに行くなら行ってこい。そしたら、共に夕食を食べよう」

「公爵家に戻らなくてよろしいのですか?」

「ここへ来る前に、公爵家(うち)へは遣いをだした。それに、寂しがりな姫君の相手もしないとだしな?」

「ゆ、湯浴みへいってきます!」


その場から逃げるように、アイリスは急いで浴室へと向かっていく。


(うぅっ…!まさか外泊届けだけでバレるだなんて!)


恥ずかしさに身を襲われたアイリスは、相変わらず火照っているであろう頬を両手で抑える。


(でも『アイリス』としてルイス様に会えて、とっても嬉しいわ…!)


きっと今のアイリスは、嬉しさで頬が緩んでいるだろう。


(このふわふわした気持ちを、いったいどんな風に呼べばいいのかしら)


そんなことを考えながら、アイリスは湯浴みへと向かっていくのだった。




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