47.初めてのこと
アイリスのその言葉にルイスは笑みを深めると、何処か確信めいた口調で言葉を紡いでいく。
「奴らが攫おうとしてきたのは、美しいと評判の少女だらけだ。ここ最近は大人しくしているようだが、そんな時に社交界に突如、お前という美しい令嬢が現れた。これが狙わずにいられるか?」
「いいえ、きっと大人しくなどしていませんわ」
「そうだ。だからお前は変に動かず、普段通りに振舞っていればいい」
ルイスはそれだけ言うとアイリスの腰から手を離し、腕を組むよう彼女に促す。
(たしかに下手に動くより、そちらの方がいいのかもしれないわ。けど、彼らのターゲットになったという些細な手応えも欲しい…)
そんな風に考えつつ、アイリスはルイスに従うように彼の腕へ手を添える。
ふとルイスを見上げると、彼は相変わらず表向きの表情をその美しい顔に浮かべていた。
「いつも思うのですが、騎士団以外の方に裏の顔を見られはしないのですか?」
「ああ、問題はない。ちなみにこのことを騎士団以外で知っているのは、グレンと数人の友人だけだ」
「まあ…!」
(相変わらずの徹底ぶりね……)
アイリスは苦笑しながら、ルイスと共にとある貴族のもとへ足を進めていく。
「ノリス卿」
「おおっ!オルコット公爵にバーレイ嬢、先程ぶりですな」
ふくよかなその男性は、人当たりのいい柔和な微笑みでアイリスたちの方を振り返った。
その隣にいた女性もつられるように此方を振り返り、口元を綻ばせる。
「ノリス伯爵夫人も、先程ぶりでございます」
「あらあら、公爵様にアイリス様。私共のところに来てくれて、とっても嬉しいわぁ!なにか御用でも?」
ふわふわとした雰囲気の夫人に毒気を抜かれそうになりながらも、アイリスはそっと口を開いた。
「実は、夫人たちにお聞きしたいことがありまして」
「聞きたいこと、ですか」
「ええ。実は最近、騎士団で新たに詰所を造る話が出ているのですが、なかなか場所が決まらなくて。私としても、詰所を必要とする領地に設置をしたいのですが……」
「ふむ。そこで私の領地に詰所はどうか、ということですかな?」
伯爵は少し考える素振りを見せると夫人と目を合わせ、何処か困ったような表情で言う。
「実は、私共も公爵様にご相談したいことがありまして」
「と、言うと?」
「ここ数ヶ月の話なんですが…。領地の一部の管理を任せているある家に、何度も怪しげな馬車が出入りしていると報告があるのです」
「その家に出入りしている方が、何をしているのかまでは分からなくて…。ですがわたくし達としても、領民の方達にあまり不安な思いはさせたくありませんの」
夫人は頬に手を当て、ふうっと息を吐く。
そんな夫人たちにルイスは優しく微笑みかけると、柔らかな声色で言う。
「では詰所が必要か否か、という名目で一度伯爵領へ参ります。そしてその際に、懸念されている馬車についても少し確認しましょう」
「よ、よろしいのですか…!?」
「えぇ、勿論。その代わりと言っては何ですが、少しご協力して頂きたいことが」
「も、勿論です!我々に手伝えることがあるのなら、なんなりと!」
「ありがとう、ノリス卿」
そこから数回言葉を交わした後、アイリスとルイスはその場から離れた。
少し離れたところで、アイリスは再びルイスを見上げてみる。
先程と変わらない笑みを浮かべているように見えるが、何かを企んでいるであろうことがアイリスには分かった。
食い入るように見ていたからだろう。アイリスの視線に気が付いたルイスが、此方へ目を向けた。
「どうした、アイリス」
「ルイス様、やはり先程の夫人たちの話は一一」
「ちょうどダンスが始まる。そのことは、踊りながらでも話そうか」
軽く周りを見てみるとやはり何組かの男女は踊るらしく、ホールの中央付近へ集まり始めている。
アイリスもルイスにエスコートされながら、ダンスを踊る男女の中に交じり、互いに向き合う。
「そういえば私たちが踊るのは、これが初めてですね」
「そうだな」
ルイスはふっと口元を緩めアイリスの手を持ち上げると、そのままアイリスの指先へと唇を落とした。
「改めて、俺と踊ってくれますか?愛しの婚約者殿」
「〜〜っえ、えぇ、もちろんですわ」
アイリスはゆっくりと深呼吸をして、動揺と恥ずかしさで崩れそうになる表情を必死に抑える。
そんな様子を見たルイスはくつくつと笑いながらアイリスの背中へと手を回し、ゆったりとステップを踏み出した。
「ルイス様」
「そんなこわい顔をするな、アイリス」
「……ルイス様、ときどき『悪戯っ子』って言われたりしませんでした?」
「ああ、言われたかもしれないな」
満更でもない顔をして、ルイスが答える。
しかしすぐ表情を引き締めたため、アイリスも凛とした笑みを浮かべた。
そして、二人は互いにしか聞こえない小さな声色で話し始める。
「話を戻すが、伯爵が言っていた話はお前から聞いた内容と一致している部分が多い」
「ということはやはり、少女たちの誘拐にはウォーレン家が絡んでいるとみてよさそうですね」
「そうなるな」
アイリスがアーサーの周辺を探り始めてすぐ、ウォーレン家に何度も馬車が出入りしていることは聞いていた。
しかしその馬車の中は黒い幕で覆われていて、何を詰んでいるのかは見えなかったと、協力してくれた公爵家の人は言っていたのだ。
馬車の中を合理的に見るには、子爵家に土地の一部の管理を任せているノリス伯爵夫妻から、馬車の存在を聞き出す必要があった。
「でも良かったです。伯爵夫妻が馬車のことを認知していて」
「ノリス夫妻は良心的な方たちだ。それもあって週に一度は領民たちのもとへ行き、近況を聞いているらしい」
「なるほど」
受け答えをしながら、アイリスはくるりと回る。
ルイスの耳元で耳飾りがシャラシャラと揺れるの見つつ、アイリスは言葉を紡いでいく。
「では、近日中に伯爵領へ向かいますか?」
「そうだな。詰所の件もあるから、できれば騎士団の人間を連れて行きたい。……アイリス、頼めるか?」
「もちろんです、お任せ下さい!」
そうこうしている内に曲も終わりに近づき、そろそろ終わろうとしている。
一一その瞬間だった。
「!!」
体にまとわりつくような気持ち悪い感覚が、アイリスを襲った。
「一一」
それと同時にルイスが一瞬何処かへ視線を巡らせたかと思うと、意地の悪い表情を浮かべた。
「アイリス、気が付いたか」
「ええ、ぞっとするほど気持ち悪いです」
「ははっ、だろうな。一一しかし、あんな下卑た視線を堂々と向けるとは、たいした奴だ」
(ルイス様、瞳の奥が笑っていないわ…!!)
いつもより低い声でそう話すルイスは、少しだけ裏の顔が出ている気がする。
そしてようやく曲が止まり、ダンスが終わった。
「行くぞ、アイリス」
「はい」
ルイスに当たり前のように腰を抱かれながら、アイリスはゆったりと歩く。
「とりあえず、お前は間違いなく奴らの標的になったな」
「うぅ…。今夜の目的を達成できたのは喜ばしいのですが、まさかあんなにも気持ち悪い感覚だなんて思わなかったです」
「そういう奴らなんだ、諦めろ」
「何だかひどくないですか!?」
「ははっ!」
アイリスたちに向けて手を振っていたキャロル達は、互いに不思議そうな顔をする。
「あら、二人とも何をあんなに楽しそうにお話しているのかしら?」
「ルイス様が、とても笑っている…」
その後の夜会は、何事もなくただ賑やかに時間が過ぎていった。
一一しかしアイリスが騎士団へ戻って暫く経った頃、少しずつ事態は動き出したのである。




