44.彼への贈り物は
「さあ、アイリス様。目を開けてください」
「一一……」
アイリスは、そっと瞼を持ち上げた。
アメジストの髪は緩やかに巻かれ、ハーフアップに。さらに耳には、シャラシャラと動く度に揺れる耳飾りがつけられている。
侍女たちによって朝から入念に磨かれ、化粧を施されたアイリスは、何処か儚げな雰囲気を纏っていた。
(こ、これが、私…!?)
鏡に映し出された自分の姿に、アイリスは思わず感嘆してしまう。
ふと、鏡越しに周りを見てみると、侍女たちは「やりきった!」と言う様な、満足気な顔をしていた。
「きっと今夜は、誰もがアイリス様に見惚れますね!」
「そ、そうかしら」
「ええ、そうですわ!それにこのドレス!こちらが恥ずかしくなるほど、ルイス様の色が使われていますもの!」
「独占欲丸出しですよね〜!」
侍女たちが、きゃあきゃあと楽しげに話す中、アイリスはドレスへと目線を下ろす。
アイリスが身に付けているドレスはAラインのホルターネックになっていて、黒を基調としていた。
ドレスのスカート部分にはキラキラとしたラメが付いていたり、ルイスの瞳の色であるマゼンタが生地として使われていたりするのだ。
たった一目見ただけであっても、すぐにルイスの色だと分かってしまう。
「きっとルイス様も、あまりの美しさに骨抜きになりますよ!」
「ほ、骨抜き!?」
ルイスがそうなる様子をあまり想像できないが、この装いを見てどんな反応をするのか気になってしまう。
(うぅ〜っ!ただルイス様に見せるだけなのに、なんだか緊張してきたわ)
どきどきとした気持ちでいると、部屋の扉がノックされる。
「アイリス、入ってもいいか」
「一一!は、はい、もちろんです!」
ルイスが部屋へ入ってくると同時に、アイリスはいそいそと椅子から立ち上がり、ドレスの裾を軽くつまむ。
「ご機嫌よう、ルイス様。……如何でしょうか。私の装いは」
アイリスはそう言いながら、ふわっと微笑んでみせる。
「一一……」
すると、ルイスは目を瞠ったまま動かなくなってしまった。
そんなルイスを前に、アイリスは微笑みながら内心動揺してしまう。
(る、ルイス様、いったいどうなさったのかしら…?何か言葉を発して欲しいのだけれど……)
アイリスはルイスの方へ近寄ると、彼の袖口をつんっと引っ張る。
「ルイス様?」
「…!あ、あぁ、すまない。お前があまりに綺麗なものだから、つい見惚れていた」
「っ!!」
口元を片手で覆ったルイスは、少し横に顔を逸らす。
そうしたことで、ルイスの耳が僅かに赤くなっていることを、アイリスは偶然にも気づいてしまう。
(〜〜っ!!そんな反応をされてしまったら、私もつられてしまうし、何も言えなくなってしまうわっ!)
二人の間に流れる何処か気恥しい空気にアイリスが耐え難くなっていると、「ゴホンっ」とルイスが咳払いをする。
そしてゆっくりとアイリスの方へ顔を向け、柔らかく微笑むのだ。
「一一お前が俺の色を全身に纏っているのは、やはり気分がいいな」
「〜〜っこ、こうなるようにドレスを頼んだのは、ルイス様では…!?」
「ははっ。確かにそうだな」
可笑しそうに笑うルイスを、アイリスはじいっと見つめる。
「どうした、アイリス」
「ルイス様も、その軍服がよくお似合いだなぁっと思いまして」
今夜のルイスは普段と違い、前髪の片方を固めていた。
また、その身にはたくさんの勲章が付いた軍服を纏い、黒色の手袋を嵌めている。
所々にアイリスの髪と同じアメジストの色が入っているのは、きっと気のせいではないだろう。
(私の色があるのは恥ずかしいけれど、不思議と嬉しいものね。一一あっ!そういえば、)
あることを思い出したアイリスは近くにいた侍女に、「あれを持ってきてくれる?」と頼む。
アイリスは不思議そうな顔をしているルイスの方を向くと、にっこりと悪戯っ子のような笑みを浮かべる。
「ルイス様、実はお渡ししたいものがあるのですが」
「渡したいもの…?」
「はい!以前『ルイス様に似合う装飾品を贈る』と、約束致しましたでしょう?」
アイリスはそう話しながら、侍女が持ってきてくれた細長い箱を受け取り、それをルイスへと手渡す。
「ルイス様、さっそく開けてみてください!」
「ああ」
ルイスがどんな反応をするだろうかと、箱の中身を知っているアイリスは、わくわくが止まらなかった。
「一一……!」
包装を外し、箱を開けたルイスが驚いたように目を瞠り、アイリスの顔を食い入るように見つめる。
正確にはアイリスの顔ではなく、耳についている耳飾りをルイスは見ていた。
「アイリス、これはお前がつけている物と同じだな」
「ふふっ、驚きましたか?」
そう、実はルイスへ贈った物は、アイリスが現在つけている耳飾りと色違いの物なのだ。
「ああ、しかもこの色はお前の瞳と同じだ」
「そうなのです!偶然にもその色があったので、色は違いますがお揃いにしてみました!」
「そうか」
ルイスは箱から耳飾りを取り出すと、アイリスの手のひらへそれを置き、こう言った。
「アイリス、俺の耳へ付けてくれないか?」
「ふぇっ…!!」
「頼む。お前につけて欲しいんだ」
そう言われてしまっては、アイリスに断わる術などない。
「で、では、目を瞑って少し屈んでください」
「わかった」
一気に近づいた距離に、アイリスは恥ずかしさを誤魔化すべく口を開いた。
「そういえば、お父様たちは既に会場へ到着しているのですよね?」
「あぁ、そのように聞いている。他の貴族たちも、着いているようだ」
「では、なるべく早めに向かわないとですね」
「そうだな」
何処か残念そうな口調で話すルイスに、アイリスは小さく苦笑してしまう。
「ルイス様、今宵の主役は私達なのですよ?存分に楽しみませんと」
「分かってはいるが…。美しいお前を、他の貴族たちに見せたくはない」
「ふふっ!ご冗談はそこまでにして、私達は為すべきことをしないとですよ」
アイリスはルイスの耳から手を離し、「目を開けてください」と言いながら一歩後ろへ下がった。
「付け心地はどうですか?」
「大丈夫だ。何も問題はない」
「なら良かったです」
アイリスは、ほっと息を吐き出す。
そして改めてルイスの方を伺うと、慣れない耳飾りに落ち着かない様子を見せているが、その顔は何処か満足気だ。
(気に入ってくれたようで、本当によかったわ…)
すると目の前にルイスの手が差し出され、優しい声色で名を呼ばれる。
「アイリス。一一手を、」
「はい」
そっと、アイリスはルイスの手に自身の手を重ねる。
ルイスへ視線を送ると、彼は真摯な眼差しでアイリスを見ていた。
「アイリス、あの事は忘れていないな?」
「ええ、勿論ですわ」
「なら良い。だが、あれはもしもの場合だ。何も動きがなければ、また後日話そう」
アイリスは、小さく頷く。
(今日の夜会で、何か動きが見られればいいのだけれど…)
そう考えている間に、ルイスはアイリスの手を引き、歩幅を合わせながらゆっくりと歩き出す。
だが部屋を出る直前でルイスが立ち止まったかと思うと、彼は後ろを振り向き侍女たちにむけて口を開いた。
「では行ってくる。アイリスを美しくしてくれて、ありがとう」
「「「一一は、はい!行ってらっしゃいませ…!!」」」
侍女たちが驚いた顔を見せる中、扉が静かに閉められる。
重厚な扉のため中の声は聞こえないが、きっと侍女たちは嬉しさのあまりはしゃいでいるのだろう。
(夜会が無事に終わったら、私からもお礼を伝えなければね)
「アイリス、一つだけ伝えておく」
ルイスは立ち止まったまま、重なっているアイリスの手を優しく握る。
「今夜、お前以上に美しい者はいない。だから堂々と、胸を張っていろ。一一俺も隣にいる」
「…!!っはい、ありがとうございます」
「あぁ。……行こうか」
二人は互いに目を合わせ、どちらからともなく微笑むと、会場へと歩き始めたのだった。




