41.思い出したいこと
「と、とにかく、貴方様が好きにしていいと言うのなら、私は思う存分自由に動きます」
「わかった」
ルイスは相変わらず穏やかな声色で、そう答えた。
かと思うと、アイリスの頭から顎を下ろし腰をさらに強く引き寄せられる。
「ルイス様?」
「アイリス、ここから目的地まで馬をとばす。だから、大人しくしていろよ」
そう言うや否や、ぐんっと視界がブレると共に、少し冷たい風が頬を撫でていく。
「わっ…!」
その冷たさにアイリスは一度目を瞑ったものの、ゆるゆると再び目を開ける。
馬が駆ける速さに合わせて、周りの景色が目眩く(めくるめ)変わっていく。そんな光景を目にしたアイリスは、思わず瞳を輝かせた。
(ふふっ、やっぱり馬に乗ると次々に景色が変わっていくから楽しいわ…!)
冷たく感じる風も暫くするうちには慣れ、アイリスは流れ行く景色から瞳を逸らせずにいた。
「寒くはないか?」
「はい、何も問題はないです!」
「そうか」
ルイスがアイリスを横目に見たかと思うと、ふっと口角を上げる。
「……随分と楽しそうだな、アイリス」
たった一瞬アイリスを見ただけで、ルイスはアイリスの感情を明確に察知してしまう。
(それとも、単に私が感情を表に出しすぎなだけかしら?)
もしそうなのであれば、母に知られる前に早急に直さなければならない。
ジュリアの淑女教育は幼子相手でも容赦がなかった。しかし、それを成長した今でさえ、絶対に受けたくないという気持ちの方が強いのだ。
(ほんとうに、もう二度とお母様の淑女教育はごめんだわ)
そんなことを考えていると、アイリスは目の前に広がる景色に不思議と既視感を覚えた。
来たことがないはずの場所なのに、来たことがあるかのような、曖昧な感覚がする。
(でも、この道の先にはたしか…)
段々と、アイリスが思い浮かべていた場所が見えてくる。
そこはひらけた丘になっており、中心部には太い幹を持った大きな木が一本そびえ立っていた。
その木をよく見ると、光は灯っていないものの大小様々な大きさのランタンが太い枝に垂れ下がっている。
(……やっぱり)
予想が当たったことで、アイリスは確信する。
「ルイス様。もしかしたら私は、幼い頃ここに来たことがあるかもしれません」
「一一」
ポツリとそう呟いたアイリスの言葉を、ルイスはただ静かに聞いていた。
そして何も言葉を発さないまま、次第に馬を減速させていく。
「着いたぞ、アイリス」
漸く言葉が紡がれる。しかし後ろから聞こえるその声色は何処か堅く、緊張感を孕んでいた。
「ルイス様?」
「なんでもない。さあ、降りるぞ」
「なんでもない」はずがないのに、ルイスは平然とした様子でそう告げるのだ。
先に馬から降りたルイスの手を借り、アイリスも降りる。
馬から降りる最中、アイリスはそっとルイスの様子を伺うが、やはり普段よりも少し強ばっているのが分かった。
アイリスはゆっくりと、わざと明るい口調で口にする。
「あの、ルイス様!」
「なんだ」
「今日は、どうしてこの場所へ?」
それを聞いたルイスが、ふっと笑ったかと思うと観念したように言う。
「以前、俺はお前に告げたな。『幼い頃、俺たちは出会っている』と」
「…はい」
「この場所はな、俺たちが出会った場所だ」
「!!」
目を瞠るアイリスに、ルイスは「覚えていないだろう?」と柔らかな声で告げる。
図星だったアイリスは、「うぅっ…!」と息を詰まらせ、必死に記憶を探っていく。
ルイスはぐるぐると思い悩むアイリスを見て、仕方がない、という様に笑う。
「アイリス、言っただろう。昔のことは無理に思い出さなくてもいいと」
「で、でも、私だって少しだけでも思い出したいんですっ!!」
「ははっ、分かったから無理はするな」
ポンポンっと、頭を優しい手つきで撫でられる。
そうされたことで、上手い具合に話を逸らされてしまう。




