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39.知られていたこと



「どうしましょう…」



アイリスは外に目を向け、ぽつりと呟いた。



窓の外には大量の雨が降り注いでいて、あいにく外に出ることはできそうにない。

アイリスは目線を戻すと、ぐるりと部屋の中を見渡す。そして「ふぅ」と息を吐き、心の中で思い切り叫ぶようにして言う。



(ーーとっっても暇だわっ!!!)



 夜会まで残り二週間を切ったということで、アイリスは現在オルコット公爵家へ滞在していた。

 公爵家に滞在するにあたり、ルイスからは

『お前がやりたいことがあるのなら、言えば道具は用意する。怪我をしなければ鍛錬をしてもいい。ただし鍛錬は外でだけだ、部屋では必ず休め』

と、そう言われていたのだ。



 そのため、商会を呼んでの買い物に温室の手入れや外での鍛錬。

時折、体が鈍ってしまわないようこっそり部屋で体を動かしてみたりと、思いつく限りのことをアイリスは実行してきた。



 しかし、そろそろ一週間が経つというところで、やりたいことが思い浮かばなくなってきたのである。

 今日も本来であれば外で鍛錬をしたかったのだが、雨が降ってしまったことでそれもできずにいた。



(本当に困ったわ。なにかすることがあればいいのだけれど…)



 むむむっと唸っていると、アイリスはあることを思い出す。



(そういえば、確か今日はルイス様がいらっしゃったはず。ーー何か手伝えることがないか、聞いてみようかしら)



 名案だと言わんばかりに、アイリスはいそいそと部屋を飛び出して行く。







「ーー残念だが、今は人手が足りている。だからお前は大人しくしていろ」



 だがそんな期待を裏切るかのように、ルイスは書類に筆を走らせながらアイリスへそう告げるのだ。

 それを聞いたアイリスは、がっくりと肩を落とす。



(ルイス様の手伝いがだめなら、やはり部屋で鍛錬をーー)



すると、おもむろに顔を上げたルイスが少し意地の悪い表情して、アイリスを見る。



「アイリス。悪いが、お前が部屋で鍛錬をしていることは既に知っているぞ」

「えっ!?」

「当たり前だろう、暫く部屋に篭ったかと思うと、出てくる頃には汗をかき頬が上気している。それにお前は何処か疲労感がありながらも、騎士団での鍛錬後によくする表情を浮かべている」

「っちなみに、その表情というのは…」

「そうだな、それはそれはとても嬉々とした表情だ。騎士団での鍛錬でお前とニコラスは、他の者が辛い顔をしている時もそんな顔をしている。だから、いくらお前が部屋で鍛錬をしていないと言っても、俺には鍛錬をしていることが分かってしまう」



 アイリスは、思わず唖然とする。まさかルイスにそんなところまで見られていたとは、思いもしなかったのだ。



(それにしても、訓練の時の私はそんなに嬉々とした顔をしていたのっ!?しかもそれが、ルイス様に気が付かれてしまっているだなんて)



 恥ずかしさから、アイリスは自身の顔を両手で覆うように隠し、軽く俯く。



その様子を見たルイスが、ふっと吐息を漏らしたのがわかった。



「……ルイス様、笑うだなんてひどいですよ」

「一一すまない。だが、悪気があったわけではない」



アイリスがそっと手を離してルイスに視線を向けると、彼はまだ少しばかり肩を震わしている。



「ほんとうに剣が好きなんだなと、単純に感心していただけだ」

「……」

「今の言葉は嘘ではないから、そんな目で見るな」



ルイスは「仕方がない」というような眼差しをして、眉尻を下げる。



じとっとした目をルイスへ向けていたアイリスは、ここぞとばかりに言葉を紡ぐ。



「楽しそうに剣を振るう私に感心したのならば、部屋で鍛錬しても問題ないということですね?」

「アイリス、それは一一」

「ルイス様が言ったのですよ?『感心した』と」



顔を顰めるルイスに、「ね?」と首を傾げ、にっこりと微笑んでみせる。



アイリスが暫くそうしていると、諦めたのかルイスが「はぁ」と深く溜息を吐き、筆を置く。

そして椅子から立ち上がり、ツカツカと歩いて来たかと思うと、アイリスの肩をそっと掴んだ。



「『お前の好きにしていい』と先に言ったのは俺だからな、そのことを違えるつもりはない。だが部屋で鍛錬をするなら、今から言うことは絶対に守れ」

「はいっ!」



 勢いよく返事をしたことで、ルイスはどこか残念そうなものを見るような眼差しを、アイリスへと向ける。


 

「まず部屋で鍛錬するのは、夜会の二日前までだ。残りの二日間は、しっかり体を休めろ」

「はい」

「あと、お前は寝る直前も動いているようだから、寝る前は体をほぐすだけにしておけ」

「!!」



 思わぬことを言い当てられ、アイリスは目を瞠ってしまう。



(ど、どうしてそのことを知って…!!)



「親切な侍女が教えてくれたぞ。『アイリス様はお休みになられる前までお体を動かしているから、疲れが残っていないか心配だ』とな」

「っ!」

「よかったな、心優しい侍女がいて」

「〜〜ううっ」



 揶揄うようにルイスはそう言うと、アイリスの頭をぽんぽんっと撫でてくるのだ。

 その仕草がなんだか悔しくて、アイリスはルイスを睨むように見上げる。



 寝る前に体を動かすことは、体が鈍ってしまうことが怖くなって始めたことだった。しかしあまり夜遅くに動いても、今回のように気付かれてしまう。



(それに、私のことを心配してくれた侍女もいるのだから、夜会までは大人しくしてましょう)



 そう心に決めたアイリスは、ルイスを睨むのをやめる。そうしたことで、ルイスは何処となく結論が出たと分かったのだろう。

 アイリスの頭から手を離したルイスは、まるで幼子に言い聞かせるような声色で口にする。



「俺が言ったこと、守れるな?」

「…はい」

「ははっ、そんな残念そうな顔をするな」

「してません」

「いや、思いっきりしているぞ」



 可笑しそうに、ルイスが笑う。

 どこか無防備に笑うルイスを見て、アイリスはトクトクと鼓動が早まるのを感じた。



「なあ、アイリス」

「?」



 アイリスが不思議そうな顔をすると、ルイスは何かを企んだ顔をしてこう告げる。



「夜会が終わったら、俺と手合わせをしよう」

「えっ、いいのですか!?」

「お前が俺との約束を守れたらな」

「ぜ、絶対に守ります!なので、ぜひとも手合わせをっ!!」

「分かったから、とりあえず落ち着け」



 念願だったルイスとの手合わせができるのだ。落ち着けるはずもないではないか。



 アイリスは「ふふっ」と口元に笑みを浮かべると、もう一度ルイスを見上げる。



 すると視線の先のルイスはあることを思い出した様子で、おもむろにアイリスへ言うのだ。



「アイリス、明日少し付き合ってくれないか?」

「勿論いいですけど…。何処へ行くのです?」

「それは、ついてからのお楽しみだ」



***




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