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37.落ち着かない心



コツコツと、王宮から騎士団の隊舎へと続いている回廊に、ヒールの音が反響する。

その音を聞きながら、アイリスはエスコートのために組んでいる腕に少しだけ力を入れた。



(アルフとしてここで過ごしているのに、目的がこうも違うだけで落ち着かない気持ちだわ…!)



 腕に力を入れたことで、そう思うアイリスの気持ちはルイスに伝わってしまったらしく、彼はアイリスを横目に見ながら口を開く。



「緊張しているのか?」

「……この国の王弟殿下であり、騎士団団長に会うのです。緊張しないと言うのが、不思議で仕方ありません」

「以前も告げたがあの人は俺に貸しがあるし、そもそも俺は仕事でよく会っているからな。しかも今日に限っては正式な場ではないから、そこまで堅くならなくても大丈夫だ」



 ルイスは何ともないように言うが、アイリスは未だに心の準備が整っていないのだ。「大丈夫」だと言われても、無理なものは無理である。



 どうにかして気持ちを落ち着かせようと、アイリスは見慣れている訓練場の方に目線を送ってみた。



(ーー訓練場に残っているのは数人だけ。この時間帯から考えると、皆は食堂かしら?)



午前の訓練が一段落したところなのか、訓練場には片付けをしている数人しかいない。

その騎士たちは片付けに集中しているのか、隊舎へと入って行くアイリスたちに気がつく者は誰一人としていなかった。



(一一ーー………)



ふと、脳裏にあることが過ぎったアイリスは、ルイスを見上げると、そのことを口にした。



「ルイス様。(わたくし)たちがこの時間にここを訪れているのは、あなた様の謀らいですね?」

「なぜそう思う?」

「なんとなくですけれど、この時間帯は訓練が終わり皆が食堂へ行きます。これは私の勝手な推測ですが、ルイス様は私がここの騎士たちに見つからないようにしてくれたのでは?」

「……」



ルイスは何も言わないままだが、アイリスの言葉を肯定するかのように、ふっと口元に笑みを浮かべるのだ。



「どうして…?」

「普段お前と接している者は多いだろう?だから万が一そいつらに会って、お前がアルフだとバレてしまわないよう警戒したにすぎない。一一それに俺自身、あらゆることからお前を守ると、そう決めている」

「!!」



ルイスはやはり、そうすることが当然だと言わんばかりの態度だ。

そんな風に言われてしまっては、アイリスは何も言えなくなってしまうではないか。



(ううっ…!!せっかく緊張が治ってきたのに、今度は別のことで落ち着かなくなってしまったわ!!!)



 アイリスがそわそわとした気持ちになっていると、ルイスがおもむろに歩調を緩めた。



 そのことを不思議に思ったアイリスは、少し伏せていた瞼を上げる。すると、数メートル先の部屋の前に、二人の騎士が立っているのが見えた。



 ーーきっと、あの部屋が騎士団長であるヴィンセントの執務室なのだろう。



「アイリス、あそこがヴィンセント団長の執務室だ」

「ええ、承知していますわ、ルイス様」



 互いにしか聞こえない声で、囁くように言う。



 アイリスは静かに息を吐き出し、綺麗な笑みを口元に浮かべてみせる。



 そして執務室の近くまで行くと、部屋の前にいる騎士たちがこちらに気が付いたらしく、驚いたようにその目を大きく見開いた。



「「ふ、副団長っ!!本日もご苦労様です!!」」

「ああ、お前たちもご苦労。ーーところで、ヴィンセント団長はいるか?」

「は、はいっ!団長なら中にいらっしゃいます!」

「あ、あの、副団長。無礼を承知でお聞きしますが、そちらのご令嬢は…」



 一人の騎士がルイスに怯えるような様子を見せながらも、隣にいるアイリスを神妙な面持ちで見つめてくる。

 


 その騎士と目が合ったアイリスは、名乗るために口を開こうとした。

 しかし、それよりも先にアイリスの肩をルイスが引き寄せ、騎士たちからアイリスの顔が見えないようにされてしまう。



「っ!?」

「悪いが、ヴィンセント団長に入室の許可を貰えるか?」



 驚くアイリスを他所に、ルイスは普段よりも低い声色でそう告げる。



「も、申し訳ありませんっ!!今すぐ確認いたします!!」



 完全に萎縮してしまった騎士に、アイリスは申し訳ない気持ちでいっぱいになった。

 なぜルイスがこうしているのか理由はよく分からない。だが、その原因がアイリスだということは何となくだが想像がついた。



「し、失礼します。団長、お客様がーー」

「ーーふっ、ふふっ、分かっている。入りなさい」



 中にいるであろうヴィンセントが、笑いを堪えるような口調でそう言う。



「………」



 その声を聞いたルイスがアイリスを離しながら思いっきり顔を顰めたものの、騎士によって開けられた扉へと足を進めた。



 ルイスに続くように、アイリスも部屋へ足を踏み入れる。



「…失礼致します」

「いらっしゃい、ルイス。そして、美しいご令嬢」



 後ろ手に、重厚な扉が静かに閉められていく。


 

 目の前にいる人物は、にっこりと柔らかな笑みを浮かべ、落ち着きのある声色で言葉を紡いだ。



「ーー初めまして、私はヴィンセント・アースキン、この騎士団で団長をしている者だ。以後、よろしくね」



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