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33.兄だからこそ



「ルイス卿、先程夫も申し上げた通り、私達はこの婚約に反対はしていません。むしろ今の卿とアイリスを見て、少し肩の荷が降りた、とでも言いましょうか」



ジュリアは一度そっと目を伏せ、胸元へ右手を当てる。



「もちろん最初は突然の婚約で驚きましたし、どのような意図があるかと考えましたわ。しかし、二人とも順調に関係を育んでいるようで安心しました」



そう言ったジュリアは胸元から手を離し、柔らかく微笑む。



「ルイス卿、娘のことよろしくお願いしますね」

「はい」

「一一そして、グレン?何か言うことがあるのではなくて?」

「……」



グレンは眉をぎゅうっと顰め、不本意そうな顔をしたまま、おもむろに立ち上がる。

かと思うと、何も言葉を発さずにルイスの元へ近寄る。



ルイスはそんなグレンを見上げ、「言いたいことは分かっている」と言いたげに悠然と微笑んでいる。



(この二人のことだもの、何も起こらないわよね...?)



ハラハラとした気持ちでアイリスが二人を見ていると、無言だったグレンが口を開く。



「ルイス一応確認するが、アイリスの嫌がる方法で婚約したわけではないよな?」

「ああ、双方合意の上だ」



本当は、アイリスの男装を黙っていてもらうための条件として婚約を結んだのだが、 今はそのことは黙っておく。



「なら、アイリスの兄として聞くが、お前はアイリスを幸せにしてやれるか?」

「一一もちろんだ。誰よりも幸せにすると、約束しよう」



なんの迷いもない口調で、きっぱりとルイスはそう言い切る。 その途端、グレンは「はぁーー」っと息を吐き出し、掌で目元を覆う。

すると次の瞬間、グレンがルイスの両肩を掴んだと思うと、思い切りルイスの肩をがくがくと揺らしだしたのだ。



「お兄様!?」

「おい!ルイスお前、俺が学園でしてたアイリスの話を聞いて、婚約しようだなんて思ったのかっ…!?」

「いや、そんなことはないが」

「嘘をつけ!お前がアイリスのことを細やかに知れるとしたら、俺の話以外にないだろ!!!」

「グレン、それよりもまず一旦落ち着け」

「これが落ち着いてられるかっ!」



未だに肩を揺さぶるグレンの腕をルイスは軽く叩き、落ち着くように促す。



「その話はまた別の場でお前に話す。だから取り敢えず席に座れ、な?」

「……言ったなルイス?ぜっったいに、お前が可愛い可愛いアイリスと婚約した理由を話してもらうから、覚悟しとけよ!!」



 あまり納得してなさそうな様子を見せながらも、グレンはルイスへ背を向け席へと戻っていく。

 


(そういえば私も、何でルイス様が私との婚約を命令なさったのか、理由を聞いていなかったわね)



 ルイスと取引をした時、婚約の理由よりも騎士の仕事を続けられるかという不安が頭を占めていたのだ。そのためなぜアイリスと婚約したのかと、聞くタイミングをすっかり逃していた。



(どうしましょう。そんなことを考えていたら、今すぐにでも理由を聞きたくなってきてしまったわ…!!でもまだ話は終わっていないし、それにお兄様のように問い詰めたらはしたないと思われてしまうし…)



 悶々としていると、アイリスの向かいに座っているジュリアと目が合う。ジュリアは、アイリスが何処かそわそわしているのに気が付いたようで、不思議そうな眼差しを向けてくる。


(ごめんなさいお母様。これはただの好奇心、というより私自身の問題なのです)



 アイリスは、ふるふると小さく首を振る。



「……」

 


 ジュリアはアイリスの様子から「今話すことではない」と判断したらしく、ギルバートへと顔を向けてしまう。



「ねぇ貴方。アイリスたちの婚約の他に、ルイス卿と何か話すのではなかった?」

「そうだね、少し二人で話したいことがあるんだ。いいかな、ルイス殿」

「ええ、婚約の話もひと段落したことですし、構いませんよ」

「感謝する。ジュリア、グレン、アイリス。申し訳ないが、暫く席を外してもらえるかい?」

「でしたら別室へ案内させましょう。ーーバート、温室へ夫人たちを案内してくれ」

「かしこまりました」



 ルイスの側に控えていたバートは一礼し、にこりとした微笑みを浮かべる。

 


「改めましてオルコット公爵家の執事長、バートと申します。どうぞ『バート』とお呼び下さい」

「よろしくお願いね、バート」

「はい。では、温室へ案内致しましょう」



 椅子から立ち上がり、バートに導かれるままにジュリアとグレンは部屋の外へと出て行く。

 アイリスも二人の後に続くように部屋から出ようとするが、先程の悶々とした思考が抜けず、そっとルイスの方を振り返る。



(ルイス様、私がお願いしたら婚約の理由を教えてくれるかしら。お兄様には教えると言っていたけれど……)



「おーい、アイリス?早くしないと置いて行くぞ!」

「あ、ごめんなさいお兄様。いま行きます!」



そんな思考を打ち消されるように、グレンに呼ばれてしまったため、聞きたいという気持ちに蓋をしてグレンのもとへと駆け寄る。



「アイリス、あんな所で立ち止まってどうしたんだ?」

「いいえ、なんでもありませんわ」

「ならいいんだが…。何か気になることがあるなら、遠慮なく言うんだぞ」

「ええ、ありがとうございます」

「ーー……アイリス」



 グレンが身を屈め、まるで内緒話をするかのように小さな声で言う。



「帰り際にあいつと二人にしてやるから、少し話して来い」

「え」

「父上と母上には適当に誤魔化しておくからさ、な?」



 にっと悪戯っ子のような笑みをグレンは浮かべてみせるが、反対にアイリスは驚きで目を瞠るしかなかった。

 確かにルイスと話をしたいとは考えたが、そのことをグレンに当てられるとは思ってもなかったのだ。



 いとも簡単に当てられたことで、アイリスは若干の恥ずかしさに襲われていた。

 それを誤魔化すべく、アイリスはむうっと頬を膨らませ小さな声で告げる。



「……そんなに、分かりやすいですか」

「愛おしい妹のことだからな、何でも分かるさ」

「それはそれで、何だか嫌です」

「まあまあ、そんな不貞腐れるなよ。さすがの俺でも、ルイスと話をしたいだろうってことしか分からない」

「内容まで分かったら怖すぎます。ーーでも、私のためにありがとう、お兄様」



 アイリスがはにかむように笑うと、グレンに優しく頭を撫でられる。久しぶりに撫でられたことで、アイリスはつい嬉しくなってしまう。



(本当に、お兄様には感謝しなきゃ。ちゃんと私の聞きたいこと、全部ルイス様に聞いてみせるわ!)




***



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