32.平穏な話し合い?
家族と再会を果たした次の日の午後、暖かな日差しを受けながら、アイリスたちはオルコット公爵家へ向かっていた。
「そういえばお兄様。お兄様は学園にいた頃、ルイス様と仲がよろしかったのですよね?」
「ん?そうだなぁ、ルイスとはそれなりに仲が良いとは思うけど…。どうしてそんなことを聞くんだ?」
馬車に身を揺られながら、隣に座っているグレンが不思議そうな顔をして首を傾げる。
そんなグレンを見て、アイリスは以前ルイスから聞いたことを話そうと、少し不適な笑みを浮かべた。
「実は、私の話をするお兄様の様子は、さすがのルイス様でも引いた、と以前教えてもらったのですよ」
「なっ!?」
「ですからお兄様?いったいどのようにお話しすればそのようになるのか、お教えいただけます?」
「ひっ!」
グレンはびくっと体を震わせ、アイリスから離れるように隅の方へ寄ってしまう。
だが、ここは馬車の中だ。公爵家へ着くまでの間、グレンに逃げ場などないに等しい。
(お兄様のことだもの、聞かなくてもどのように話したかなんて大体予想はつくけれど…)
それでも、ルイスが言う『面白いこと』にアイリスは興味があった。
(ルイス様があそこまで言うのだもの。私の予想を、お兄様が遥かに上回っているのは確実よね)
アイリスは内心楽しんでいたが、それを表に出さないように、グレンへじりじりと詰め寄っていく。
「辞めなさい、アイリス」
しかしその最中、ジュリアに止められたため、アイリスは渋々元の位置へと戻る。
それを眺めながら、ジュリアは持っていた扇子を広げ、口元を隠して言う。
「確かにあの公爵様が引かれるのは珍しいですが、グレンのことです。そうなるのも無理はないと思いますよ」
「は、母上、俺を庇ってくれるのではないのですかっ!?」
「当たり前でしょう。それに私は散々言ったはずですよ、『アイリスのことを話すのは、ほどほどにしなさい』と」
「それは、そう、ですが…」
確かにグレンが学園へ入る前、ジュリアがほぼ毎日ように言っていたということを、アイリスはふと思い出す。
けれど、グレンの様子やルイスの話から察するに、ジュリアからの念押しは意味をなさなかったのだろう。
(まあ、お兄様らしいと言えばそうなのかしらね)
すると、今まで静かに三人の会話を聞いていたギルバートが、穏やかながら少し堅い声色でこう告げる。
「ジュリア、グレン、アイリス、もうじき公爵家へ着く。そろそろ気を引き締めておきなさい」
その声と言葉で、雰囲気が一瞬でぴりっと張り詰めたものへと変わり、三人は反射的に姿勢を正す。
「ありがとう、貴方。私としたことが、すっかり話に集中してしまったわ」
「いや、構わないよ。本当はお前たちの話をもう少し聞いていたいんだが、この道を暫く進むと公爵家があるからね。気持ちを入れ替えておかないと、と思って」
アイリスはその会話を聞きながら、そっと窓の外に目を向けてみる。
見るとギルバートの言う通り、遠目だが大きな邸が見えた。
(今日お父様は婚約の話と、ルイス様と個人的な話をしたいと仰っていたわね…)
ルイスと何を話すのかまでは分からないが、二人の話が平穏に終わることを祈るばかりだ。
***
「ようこそお待ちしておりました、バーレイ辺境伯。既にご存じでしょうが、ルイス・オルコットと申します」
「ええ、もちろん存じていますよ。改めて、ギルバート・バーレイです。こちらは妻のジュリアと息子のグレン、そして娘のアイリスです」
ギルバートに名を告げられたアイリスは、ドレスの裾を持ち綺麗なカーテシーをしてみせる。
「では堅苦しいのはここまでとして、せっかくですからゆっくりお話ししましょう。さあ、席に着いてください」
ルイスはにこにこと、騎士団ではあまり見せない表向きの顔をしてそう話す。
アイリスはそれを見て不思議と、むずむずとした感覚を覚えていた。
(もしかして、私の家族の前だから表向きの顔でもしているのかしら…?でも、お兄様はルイス様の本来の顔を知っているはずよね)
ちらっとグレンの方を見てみると、やはり表向きの顔に違和感を感じているのか、思いっきり顔を顰めていた。やはりグレンから見ても、今のルイスには慣れないのだろう。
そう考えていると、こちらを見ていたルイスと目が合ってしまう。
「ーー」
「……!!」
目が合うやいなや、ふっとルイスが口元に不適な笑みを浮かべる。
(あの笑みは、ぜっったい何か企んでるわっ!!)
アイリスが身構えるのと同時に、「ごほんっ」と何処かわざとらしい咳払いをギルバートがする。
「では公爵様、いえ、アイリスと結婚するのであればルイス殿と、そう呼んだ方がいいですかな?」
「ええ、そう呼んで下さるなら私としても嬉しいですね。そうしたら私もお義父様とーー」
「いえ、それは本当に結婚してからにしてくだされ。今はまだ、ギルバートと」
「残念ですが、仕方がありませんね。ーーでは、本題に入りましょうか」
ギルバートもルイスもお互い笑顔を貼り付けたまま、話が進められていく。
「まずルイス殿、この度はアイリスとの婚約おめでとう。貴殿となら、我が家としてもとても心強い」
「私としても、バーレイ辺境伯家と繋がりを持てるのは嬉しい限りです」
「ルイス殿、私もジュリアもこの婚約に反対はしていない。だが一つだけ、アイリスの父として言わせてもらいたい」
ギルバートはアイリスを一度横目で見ると、ルイスに向けて言う。
「娘を泣かすようなことがあれば、即刻我が家に帰ってきてもらいますので、そのつもりで」
その言葉を聞いたルイスが、表向きとは違う柔らかな笑みを、その美しい顔に浮かべる。
「私としても、アイリス嬢を心から大切に思っていますから、ギルバート殿が危惧するようなことは起こさせませんよ」
(どうして今、そのような表情で勘違いしそうなことを言うのかしら!)
今まで直接的に「大切だ」とルイスに言われたことがなかったアイリスは、じわじわと赤くなる頬を抑えることができなかった。
そのため、だめだと分かっていながらも隠すように両手で頬を覆い、思わずじとっとした目でルイスを睨んでしまう。
しかしルイスはそれを見ても、そんなものは効かないと言わんばかりに微笑んでいる。
「〜〜っ!!」
やるせない気持ちになっていると、ジュリアの凛とした声が部屋に響く。
「ねぇ貴方、グレン。この二人の様子を見て、まだ何か言うことがあるかしら?」
ジュリアから発せられたその言葉を受け、ギルバートとグレンはほんの少し体を強張らせる。
そんな二人を他所に、ジュリアはルイスへ視線を向け、口を開く。




