29.大切な場所
一一というのが、先程の出来事だった。
「長剣使ってる時は分かりにくいですけど、ニコラス先輩って体術も得意ですよね」
「そうだなぁ。お前は知らないかもしれないが、あいつと体術の訓練で当たった奴は、大体がもう当たりたくないって言ってるな」
「……」
アイリスはつい遠い目をしてしまう。
するとそこにニコラスとパトリックがやって来る。
「二人とも〜、大丈夫ー?」
「おう!この通り怪我一つもないぞ!」
「よかった〜」
ニコラスはそう言うと、アイリスとレスターの目の前にしゃがんで頬杖をつく。
「ねぇ、三人とも〜。さっきの手合わせ、楽しかったから、またやろーよー」
「は!?何言ってるんだ、この短剣バカ!次やるとしたら、お前は大人しく長剣を使え!いいな!」
「えーー。パトリックのけちー!」
「ケチではない!いいか!お前は短剣だと動きやすいとか言って体術も使うが、それで何人重傷にしたと思っているんだ!普段は副団長が止めてくださるが、それがなかったら一一」
パトリックは懇々と今までのニコラスの行いに対し、文句を言い始める。それは怒涛の勢いで、間に割って入ることは難しそうだった。
(こうなったら、しばらくは止めようがないわね…)
そんなことを考えていると、突然この場にそぐわない明るい声が響き渡る。
「はいはーい!パトリック、その辺にしなよ!!」
「む!」
この場にやってきた人物は、パトリックとニコラスの間に入って来ては、パトリックの話を止めてしまう。
そして眉を顰めると、両手を腰に当てて言うのだ。
「もー、そんなに怒らなくてもニコラスだって自分の非だってことは分かってるよ?」
「だ、だがしかし!厳重に注意するに越したことはないだろう!?セシル」
その人物一一、セシルは片手を顎に当て、何かを考える素振りを見せる。
アイリスはその様子を一瞥すると、ちらっと訓練場を見渡す。そこには既に片付けや自主練に取り掛かっている騎士たちが見えた。
きっとセシルも一段落したためこちらに来たのだろう、とアイリスは考える。
すると「あっ!」と声を上げたセシルが、にこやかな表情をして言う。
「じゃあ、ニコラスが誰かを重傷にしたら、一週間はニコラスの大嫌いな野菜中心の食事。そして怪我した人の分の仕事をすること。それでどう?」
「セシル流石だ!それで行こうじゃないか!!」
「えーーーー!野菜だけはやめてよーー」
ニコラスは思いっきり顔を顰め、「絶対に嫌だ」という意志を示す。
「「ニ・コ・ラ・ス」」
「うーー。……わかったよー」
しかし二人に凄まれるように名を呼ばれ、嫌々ながらニコラスは賛同する。
アイリスは「あはは」と苦笑いをしながら、ふとルイスに呼ばれていたことを思い出していた。
(副団長、訓練が終わってから来いとそう仰っていたわね。ならば、早めに片付けて副団長のもとへ向かわないと)
アイリスがそう考えていると、レスターとニコラスが立ち上がった。
「よし!話も落ち着いたところで、早く片付けをしてしまおう!」
「僕の心は、落ち着いてないよー、レスター」
「ははっ!それは今までのお前の行いのせいだな!さあアルフ、お前ももう立てるな?」
そう確認しながら、レスターはアイリスへと手を差し伸べてくれる。アイリスはその手に有難く掴まらせてもらい、レスターに引っ張られるように立ち上がる。
「ありがとうございます、レスター先輩」
「なに、気にするな!小童の面倒を見るのは、年長者の役割だからな」
「年長者って言うけど〜、僕とパトリックと一つしか違わないじゃーん!」
「別にいいだろう!年長者ということに変わりはない!」
「はいはい。そんなことより掃除道具取り行くぞ!セシルとアルフは木剣を片付けてきてくれ!」
パトリックはそう言い、言い争う二人と共にこの場を去って行く。
その後ろ姿を呆然と眺めていたが、暫くして我に返ったアイリスが口を開く。
「木剣、置きに行きましょうか」
「そ、そうだね。行こうか!」
木剣を持ち、二人は何気ない話をしながら器具庫へと向かって歩を進める。
「いや〜、本当にこの騎士団は飽きないなぁ!アルフもそう思わない?」
「そうですね。本当にこの騎士団の人達は暖かくて優しいですし、面白いです!」
「だよね!ここに来てからは、毎日楽しくてたまらないんだ!副団長も最初は怖かったけど、ちゃんと俺達一人一人を見て下さってるんだって分かったら、もう怖くはなくなったんだ」
セシルは心からそう思っているようで、嬉しそうに瞳をきらきらさせて話す。
(セシル先輩、確かここに来る前は別の騎士団にいたと、パトリック先輩が言っていたわ)
「セシル先輩。先輩がここに来る前の騎士団は、どんな感じでしたか?」
アイリスはセシルの様子を伺いながら、恐る恐る聞いてみる。
するとセシルは眉を下げると、にへっと笑う。
「うーん。ある貴族の騎士団だったんだけど、あんまいい所じゃなかったなぁ。苦しくて苦しくて、こことは比べ物にならないくらい楽しくなかった」
「す、すみません、思い出したくないこと聞いてしまって…」
「ははっ、謝らないでよアルフ。今はそんなとこ忘れるくらい、とっても楽しいし!」
セシルは微笑むと、ポンっとアイリスの背中を押す。
「それに、こんな俺を慕ってくれる可愛い後輩も、楽しくて優しい先輩もいる!この騎士団は俺の宝物だよ」
「!!」
「さ!早いとこ片付けて、あの三人を手伝いに行こう!」
そう言い駆け出したセシルを、アイリスは木剣を胸にぎゅうっと抱きしめながら追いかける。
そしてその傍ら、以前ルイスに探すよう言われている「裏切り者」のことを思い出してしまう。
(セシル先輩の言う通りここは優しい人ばかり。だからこそ、私は誰かが裏切り者だと信じたくない)
けれど、その思いはアイリス個人のものでしかない。事件を早く解決するために、私情を挟んではいられないのだから。
(例えどんな結果になろうとも、それを受け入れられるようにしておかないと)
アイリスは静かにそう決意すると、こちらを振り返って笑顔を見せるセシルの元へと急ぐのだった。
レスター 23歳、ニコラス・パトリック 22歳
セシル 20歳です!




