28.普段分からないこと
「一一……」
「おーい、アルフー。大丈夫か?」
「レスター、先輩」
「よし、大丈夫じゃなさそうだが、怪我もないし一応大丈夫だな!!」
そう言ってレスターは、大の字で地面に横たわっているアイリスの横へと腰を下ろした。
「俺も人のこと言えんが、派手にやられたなぁ!」
「僕だって、こんなつもりじゃなかったです」
アイリスはついつい不貞腐れたような口調になる。
そしてゆっくりと身を起こすと、先程のことを思い出しながら口を開く。
「いったい何だったのですか、先程のニコラス先輩は!普段の訓練とは全く違うじゃないですか!」
「あー、まぁニコラスは普段のんびりだが、戦うと嘘のように鋭くなるからなぁ。しかも一番得意な短剣を使えるとなったら、もう誰にも止められないし……」
「だとしてもですよ!」
実は先程の手合わせ、それはそれはニコラスの独壇場と言っても良いものだった。
***
『木剣を先に離した方が負けだ!では、始めるとしよう!』
レスターがそう言うと同時にこちらへと距離を縮めてきたニコラスは、持っていた短剣を一つアイリスとレスターの間へと投げてきた。
『!!』
二人が避けたその隙に、ニコラスはなんの迷いもなくアイリスとの間合いを詰め、そのまま右手の短剣を、アイリスの右上腹部目掛け振り下ろしてくる。
『ぐっ……!!』
『あちゃ〜、防がれちゃった。アルフは反応速度がいいねぇ』
ギリギリの所でなんとかその一撃を防いだアイリスを、手合わせ中だというのにニコラスは褒めてくる。
その間に体勢を立て直したアイリスは攻撃すべくニコラスへと木剣を振るおうとした時、左右からパトリックとレスターが木剣を構え、走ってくるのが見えた。
そのことを、ニコラスも横目で確認したのだろう。彼の体の向きが少しだが、レスターの方へと向く。
(きっと、ニコラス先輩はレスター先輩の方へ行くはず。一一ならば!)
アイリスは軽く息を吐き出し走り出す。そしてこちらに向かってくるパトリックに斬りかかろうとした。
『アルフ!跳べ!』
しかしその瞬間、後ろからレスターの声と共に身がよだつ程の気配に襲われる。
『っ!』
レスターの言葉通り上へ跳躍すると、身を低くし地面に手をついたニコラスが、アイリスの足を払うように蹴りを入れたところだった。
『また寄けられちゃった〜。でも、アルフ。ちゃんと前も、見なきゃだよ』
『一一!!』
はっと前を見ると、着地してまだ体勢が不安定なアイリスにパトリックは容赦なく木剣を振るってくる。
その一撃をアイリスは横から木剣を振るうことで弾き返すと、カァンっと木剣同士がぶつかり合う音が響く。
しかし弾き返されたことを気にも止めず、パトリックは攻撃の手を緩めることなく、アイリスへと斬りかかってくる。
(このままじゃ、押されて負けてしまう……!けれど、ここで焦ってはだめ!!)
アイリスはもう一度息を吐き出しぐっ、とその場に踏み止まるように足に力を入れる。そして振るわれてくる木剣目掛け、上からねじ伏せるように抑え込む。
(今!!)
抑え込んだ一瞬を利用して、アイリスはパトリックの左腹に思いっきり蹴りを入れる。
『ぐぅ……!!』
蹴りを入れたその勢いのままアイリスは体を翻すと、パトリックの間合いへと入り込む。ほんの少しだが、蹴りを入れたことでパトリックの体からは力が抜けていた。
その隙を見逃さず、アイリスはパトリックの鳩尾へと木剣の柄を叩き込み、パトリックの足を払う。
『うおっ!』
パトリックはそう声を上げて地面へと倒れ込む。その拍子に、パトリックの手からは木剣が離れてしまっていた。
そのことを確認したアイリスが後ろを振り返ると、長剣と短剣という違いがあるにもかかわらずレスターを圧倒するニコラスがいた。
アイリスはレスターの援護をするため二人の近くへ向かう。するとアイリスに気がついたニコラスが、ふわっと一歩後ろへ下がる。
『ちっ!!』
いきなり手応えがなくなったことで、レスターはやられたと言うように舌打ちをした。
ニコラスはそのまま後ろを振り向き、ニコラスの背後を狙っていたアイリスの攻撃を避けると、振り下ろされていた木剣を蹴り上げる。
『ごめんねぇ、アルフ。受け身、ちゃんと取ってね〜』
『え?一一わぁ!?』
木剣を蹴り上げられたことで体勢を崩していたアイリスの視界が、ニコラスの言葉が聞こえたと同時に反転したのだ。
その後、アイリスの視界いっぱいに青空が広がったことで、地面に投げられたのだと理解する。
(木剣も離れてしまったわ……。そうだ、レスター先輩は!?)
肘をつきガバッと上体を起こすと、目線の先にはレスターの木剣を、短剣で難なく弾き飛ばすニコラスがいた。
『あれ〜?レスターもアルフも、木剣離しちゃったから、僕達の勝ちだね〜。ね?パトリック〜』
『分かったから!お前は人の心配をしろ!』
『はーい』
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