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26.美しく咲き誇るのは




「一一それにしても、先程の笑みは何処か恐ろしかったな、アイリス」

「〜〜っ!!あ、あれは!」

「辺境伯夫人に仕込まれたのだろう?流石だな、目の奥が笑っていなかった」

「うぅっ…!!」



ルイスの言う通り、母から『こちらを侮る者は毅然とした態度と微笑みで黙らせなさい』と教えこまれていた。

しかし、アイリスにそんな笑みを浮かべさせたのは間違いなくルイスである。

そのため、じとっとつい恨みの籠った視線でルイスを見つめてしまう。



「もしお前一人が矢面に立たされているならば、俺がどんな手を使ってでもそいつらを黙らせてやる。だから、お前は俺に守られていればいい」

「……」



アイリスからの視線に気が付いているであろうルイスは、それに気が付かないフリをしてそう話す。



そうこうしてるうちに、目の前に馬車が見えてくる。

アイリスは重ねていた手を離し、数歩前まで行くと、くるりとルイスの方を振り向き、挑むような目つきで彼を見る。



「ルイス様、ご存知の通り私は守られているだけは嫌なのです。それに、(わたくし)だって貴方と共に闘いたい」

「一一」



そう言うと、ルイスによって数歩分の距離を縮められる。すると彼の手が頬に添えられ、綺麗なマゼンタの瞳が近づいてくるではないか。



アイリスが驚き、反射的にぎゅうっと目を瞑ると同時に額にコツンっと何かが当たった。

そうっと目を開けてみると、すぐ近くにあったルイスの瞳と目が合い、瞬時に互いの額が重なっているのだと理解する。



「〜〜〜っ!!!」



ぶわぁっと頬に熱が集まり、赤くなるのを感じる。そんな状況から逃れようと顔を逸らそうとするが、逸らすなと言わんばかりにぐっと、添えられている手に力が込められる。



(こ、これはもう、逃してもらえないわよね…!?)



逃走を諦めたアイリスは、ふっと肩の力を抜く。

脱力したのが分かったのだろう。ルイスは手の力を緩め、アイリスと視線を絡めてくる。


そんな状況にアイリスが耐えられるはずもなく、何とか離してもらおうと弱々しいながらも抗議する。



「ル、ルイス様!お顔が、近いのですが…!」

「仕方ないだろう?そうしているのだから」



ルイスは相変わらず揶揄うような口調で、さらりととんでもないことを言ってくる。

その反面、アイリスの心臓はとっくに限界を迎えていた。



(うぅ…!ルイス様は自分の顔の美しさに無自覚なのかしら!?それにしたって、いったい何が目的でこんなことを……!?)



アイリスが働かない頭でぐるぐると思考を巡らせていると、ほんの少し重なっている額に力が込められ互いの前髪がくしゃっと絡み合う。



「本当は先程言うべきだったのだが……。アイリス、よく聞いておけ」

「一一……」



一呼吸置いた後、穏やかだが凛とした声色でルイスが言う。



「お前は今でも充分美しいが、己のためと着飾った姿は誰よりも美しく輝き、戦場(しゃこうかい)に咲き誇る。だからこそ、『アイリス』のことをよく知りもせず侮る奴らに一切の容赦は必要ない」

「!!」

「この俺がそう言うんだ。お前は俺の婚約者として、堂々と胸を張っているといい」



そう口にしたルイスは頬に添えていた手と額を離すと、アイリスの耳に掛かっている髪を一房手に取り、そっと唇を落とした。



夕焼けに照らされたその姿は、まるで一枚の絵画のように美しく、アイリスは見惚れてしまう。



(一一ルイス様は、私に何でも与えてくださる)



髪から唇が離される様子を見ながらそう思うのと同時に、羞恥心とは別の何かに心臓がきゅうっと締め付けられる。

アイリスはそのことに気が付かないようにしながら、ルイスへと告げる。



「では、貴方様はそんな(わたくし)の横に立ち、共に闘ってくれますか?」


そう言うのと同時に、茜色の夕焼けに照らされたアメジスト色の髪が風によってふわりと靡く。



ルイスはその様子を見て目を一瞬伏せると、すぐにいつもの少し意地の悪い笑みを浮かべてみせるのだ。



「勿論、貴女が望むまま隣に立ち続け、共に闘うと約束しよう」



ルイスのその言葉にアイリスは嬉しくなる。

きっとルイスはその約束を違えることなく、アイリスを守りながらも自由に闘わせてくれるのだろう。



(どうしてルイス様が私を縛ることもせず、ここまで好きにさせてくれるのかは分からないけれど、今はそれでもいい)



ふとルイスに視線を向けると、同じようにアイリスを見つめる視線と重なり合う。

何も言葉を発さず、ただ見つめ合うという状況にどちらからもなく、ふふっと笑い合う。



(一一願わくば、こんな穏やかな日々が続きますように)



アイリスは不思議と、そう願わずにはいられなかったのだった。



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