22.婚約者の思惑は
アイリスが告げた内容に、エルヴィスが怪訝そうな顔で聞き返す。
「相談?」
「はい、なんでも二週間程前からあの街で見たことがない男性に声を掛けられている、と。その男性は自身のことをただの観光客だと言い、一ヶ月程街に滞在すると言っていたそうです」
「なるほどな」
そう言ったルイスの表情は、先程と打って変わって捕食者のような、鋭利な感情をその瞳に宿していた。
そんなルイスに背筋がゾクリと震えるのを感じる。
「アルフ、お前がイアンとやらに聞いた話の続きを、そのまま教えてくれ」
「……」
ルイスが机上に頬杖をつくのを見たアイリスはルイスへ震えがバレないよう、ゆっくりと話す。
「その観光客の男はとても話し上手で、あの街にすぐ慣れ親しみ、ほぼ毎日のように市場へ赴いていました。男が滞在して三週間経った頃、唐突に明日には街を出ると言い、翌日の早朝あの街を去って行ったそうです。しかしその数日後、普段見かけるはずの少女の姿がないことに気が付いた住民が彼女の家に行くと、既にもぬけの殻だったと」
「けどさぁ、それだけで攫われたっていう判断はできないでしょ?」
静かに話を聞いていたニコラスが小さく手を挙げ、アイリスへと聞いてくる。
アイリスはそれに対し、こくりと頷く。
「そうなのです。その少女の性格上、街を出る際は誰かに行き先を必ず伝えるようで、そのことを考えた彼らは、少女が懐いていたイアンさんを頼ることにしたそうです」
しかしイアンも聞いていたのは『観光客と名乗る男からよく声を掛けられている』ということだけだったため、行き先は分からずじまいだった。
その後、不審に感じたイアンが街の騎士の詰所に少女がいなくなったと伝えたことで、王都の騎士団へ連絡が来たということらしい。
そうアイリスが説明を終えると、ルイスが口を開く。
「その男の行方は分かっているのか?」
「いえ、ウォーラムの騎士達も探してはいるみたいですが、なかなか足取りが掴めないようです」
そう言ったエルヴィスは、さらに言葉を重ねる。
「男の特徴は住民たちが細かく伝えてくれていたので捜索はしやすいと思います。しかしウォーラム近隣の街にも捜索を頼んでいますが、そのような男は見ていないと」
「なるほど。まぁ、今ここでとやかく話すことではない。昨日の件を踏まえて引き続き調べておけ」
「「「はっ!」」」
「これで以上だ、各自持ち場に戻れ。あぁ、アルフ、お前には聞きたいことがあるんだ、お前だけ残れ」
「一一はい」
なんだか嫌な予感がするものの、アイリスとしてもルイスに言いたいことがあったため、大人しく指示に従う。
「では我々はこれで失礼します」
「失礼しまーす。アルフまたね〜」
一一パタンっと扉が閉められる。
「さて」
ルイスはそう言い椅子から立ち上がると、アイリスの目の前へとやってくる。
そして、ふっと意地の悪い顔をしたかと思うとアイリスへと言うのだ。
「なんの話から聞こうか?アイリス」
「!!」
(〜〜〜っやっぱり私が考えていること、ルイス様は全部お見通しだったのね!!)
アイリスはむぅっと頬を膨らませると、無礼だと思いながらもルイスの胸をポカポカと叩く。
「もう!ルイス様はいつもいつも、タイミングが絶妙すぎます!!なにが『街娘に紛れてこい』ですか!私に夜会で攫われろなんて言ったくせに、街娘としても攫われろって、どういうことですか!?」
「まぁまぁ、落ち着けアイリス」
ルイスの胸を叩き続けるアイリスの両肩を、彼は自身の方へぐっと抱き寄せる。
動きを強制的に止められたアイリスは、それでも諦めきれず、その状態のままルイスを睨みつける。
「ルイス様。きちんと説明をしてください」
「分かっているから、そう急かすな」
とりあえず座れ、と二人がけの椅子へと座らされる。
当たり前のようにアイリスの隣へと腰掛けたルイスは、ゆっくりと話し始める。
「まず先程の件だが、何も一人で街へ行けということではない。お前が街へ出る時は、必ず騎士団内から護衛をつけるつもりだ」
ほっとアイリスは息を吐く。
するとルイスがアイリスの頭を一撫でしてくる。
「安心しろ。大事な婚約者に傷をつけさせるほど、俺は考え無しではない」
「っ!!」
「それに、何も婚約発表直前までやれとは言わないし、やらせない。夜会の二週間程前からは、騎士団を休んで公爵家へ滞在してもらうから、そのつもりで」
「え!?」
今、とんでもないことが聞こえた気がする。
アイリスは恐る恐ると隣のルイスを見上げ、聞く。
「あの、ルイス様?それは冗談で一一」
「冗談などではない」
なんということだろうか。そもそもアイリスは、夜会の一週間前からは騎士団を休むつもりだったのだ。
しかしルイスの発言によって、当初の予定は覆われてしまった。
(それはそうと、ルイス様は少し過保護気味ではないかしら?)
そう思いながらその後もルイスと話を続け、話が終わった頃、部屋から出てきたアイリスがどこかげっそりとした様子だったのは、また別のお話一一。




