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17.彼女の役割

「......この事件には、我が国の貴族が関わっているということですね?」

「あぁ、そういうことだ」


するとルイスは椅子の肘掛けに頬杖をつき、ふっと不敵な笑みを浮かべ言うのだ。


「そいつらは、ただ単に己の私欲を満たしたいだけの奴らだ。そんな奴らは大元を叩けばすぐ終わる」


(一一それは、貴方が凄腕すぎるから言えるのでは!?)


あっさりと言ってのけるルイスに、アイリスは驚く。

今まで調査してもなかなか足取りが掴めない者たちだが、ルイスからしたらまるで相手にならないとでも言うような言い方なのだ。


しかも、首謀者さえも分かっているような言いぐさだ。そんなルイスにアイリスは、じとーっとした視線を向ける。


「……副団長、もしかして首謀者のこと、何か知っていますね?」

「さぁ?どうだろうな」


ルイスは絶対何かを知っているはずなのに、白を切ってくる。そして話を逸らすようにルイスが言う。


「それはそうと、前に言ったことを覚えているか?」

「?」

「…まさか忘れたのか?今回の件での、お前の役割のことだ」

「あっ!そのことならしっかり覚えてますよ!!決して、忘れてなどいません!」


アイリスはそう言い募るが、ルイスに胡散臭げな目で見られてしまう。本当の本当に忘れてなどいないのに、この様子では信じてもらえなさそうだ。


むぅっとアイリスが少し拗ねたようになっていると、はぁとルイスが溜息を吐く。


「まぁ、今そんなことは重要ではないな。ではお前はお前の役割について、前話したことを含めどう理解している?」


すぅっとマゼンタ色の瞳が細められる。どのようにアイリスが答えるのか、面白がるような意図が含まれているのを感じる。


そんなことを思いながらもアイリスは静かに口を開く。


「まずは、他の先輩方と共にこの事件について調べ首謀者を特定すること。一一しかし、それは表向きの役割です」

「………」

「本当の役割は、アイリスとして参加する社交場での囮、つまりわざと攫われることで相手の縄張りへ侵入すること、ですね?」

「だいたい当たっているが、少し惜しいな」


ルイスは少し意地の悪い笑みを浮かべると、おもむろに椅子から立ち上がりアイリスの目の前へとやって来る。


「副団長……?」

「お前が囮として相手の縄張りへ行くというのは正解だ。それ自体は何もおかしくはないからな」


ではいったい何が惜しいと言うのだろう。アイリスは訳が分からず、ついルイスを見る瞳に力が籠ってしまう。


(ルイス様は、私に何をさせようとしているのかしら……。でも、なんだか嫌な予感がするのよね)


何故だか分からないが、この続きを聞きたくないと思ってしまう。


だが、聞かない訳にはいかない。アイリスはゆっくり息を吐いた後、口を開く。


「貴方は、私にどうしろとおっしゃるのですか」

「……俺は以前、お前にこう言ったな?『婚約者として俺と夜会へ参加し、騎士としてとある奴らを捕らえて欲しい』と」

「え、えぇ、確かにそう言われましたが」

「それにはまだ続きがあってな……」


その直後、ルイスが少し屈んだかと思うと不意に顎を掴まれ、優しいながらも強引に上を向かされる。


近い距離で強制的にルイスと視線を合わせることになったアイリスは驚きながらも、ルイスの手を離そうと右手を伸ばす。

しかし、顎を掴んでいない方の手で伸ばしかけた手を押さえられてしまう。


「副団長、なにを一一」

「先程お前が言った表向きの役割に、少し訂正だ」


顔を逸らそうとするが、逸らすなと言わんばかりに顎を掴む手に少し力が入る。

そしてそのままの体勢でルイスが言う。


「他の奴らと事件の調査をしつつ、騎士団内部にいるであろう裏切り者を探せ」

「一一!!」


告げられた内容にアイリスはぐっと眉を寄せる。


(その言葉だけは、絶対に聞きたくなかったわ…!)


「お前もあの資料を見て、何処かおかしいと思わなかったか?」

「そ、れは……」

「あの中に一つだけ、他の隊が調べた際の資料があっただろう?それとエルヴィスたちが調べた物を比較すると、少し引っ掛かることがあってな。俺個人で探ってみたら、誰かは知らんが案の定騎士団の情報を流している奴がいたということだ」


ルイスはそう言うと、アイリスを掴んでいた手を離す。


(裏切り者がいるという可能性は、かなり低いと思っていたのに……。誰も疑いたくはないけれど、少女たちのためにもやるしかないのよね。だからこそ、この任務に私情はいらないわ)


アイリスはそう決意すると、ルイスへとはっきりとした声音で告げる。


「副団長、私アルフ・クレイグは、この度の件に関しての命を必ずや完遂してみせます!」

「あぁ、頼んだ」


ルイスはアイリスの考えたことが分かったのだろう、ふっと微笑みアイリスの言葉に委託の意を示す。


その様子に堅苦しい話しは終わったと感じたアイリスは、ほっと安堵の息を吐く。そして何気なく窓の外へ視線を向けるとかなり日が傾いていることに気づく。


(大変!!もうこんなに日が傾いているわ。そろそろ戻らないと!)


「あの、副団長!もう戻らないと……!!」

「その姿で戻る気か?」

「え?」

「お前、服は騎士だが、姿はアイリスのままだぞ」

「あっ!!」


すっかり忘れていた。この姿では寮に戻る前に城の門前で止められてしまう。


「で、では、早急に支度をするので、副団長は先にお戻り下さい!」

「一一」

「副団長?」


何故だか急にルイスが黙ってしまう。原因が分からず、どうしようかとアイリスが考えているとルイスから思いもよらないことを言われる。


「その姿の時は、俺のことを名で呼べと言ったはずだが?」

「!!」


普段のルイスからは全く出てこないようなことを言われ、アイリスは笑ってしまう。


今のアイリスは傍から見れば完全に女なのだ。確かにこの姿で一騎士として接せられても、違和感しかないだろう。


(そうならそうと、早く言ってくだされば良いのに)


そんな思いと共に、ルイスに対して可愛らしいと思う感情が溢れてくる。


「一一おい、何か変なことを考えていないか?」

「ふふふっ、いえ、なんでもありませんよ、ルイス様」


その言葉にルイスが軽く眉を顰めたかと思うと、アイリスを立ち上がらせるように腕と腰を掴んでくる。そしてルイスの方へ勢いよく引き寄せられる。


「ちょっ、ルイスさ一一」

「一一」


するとルイスの美しい顔が近づいて来るではないか。いきなりのことにアイリスは、ぎゅうっと目を瞑る。


次の瞬間一一、


「!!」


アイリスの頬に、何か柔らかいものが触れる。


それがルイスの唇だと気づいたのは、その柔らかいものが離れた直後のことだった。

アイリスが思わず目を開けてしまい、偶然にもルイスと目が合ってしまったのだ。


「〜〜〜っ!!!」


(い、いま、ルイス様の、くちびるが、触れて…!!)


ぶわっと頬が赤くなる。アイリスは、先程までルイスが触れていた場所をばっと手のひらで覆う。


そんなアイリスを見て満足したのか、ルイスが意地の悪い表情をする。


「一一お前は本当に可愛らしいな」

「なっ!!」


ルイスはこちらが恥ずかしくなることを、平然と言ってのける。

アイリスはなんだか悔しくなり、ぷいっと拗ねてみせる。


「……ルイス様は意地悪ですね」

「あぁ、知っている。だがそうするのは、お前にだけだ」


(〜〜っ!!そうやって真に受けそうなことを言うんだから!!)


「そういうことを、すぐ言わないでください。次言ったらしばらく名前で呼んであげません!」

「ははっ!それは困るな」


窓越しの夕日に照らされながら、二人は軽口を叩き合う。



そんな風に楽しげに話す二人の姿を見たマーサとニールは、覗いていた扉の隙間から静かに離れるともう少しだけ、と部屋の前から退いたのだった。


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