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15.彼女の思いと来客

ひやりと背筋が凍る。どうしてキャロルは、そこまでの情報を手に入れられるのだろうか。


(いえ、そもそも学園にいた頃から、キャロルの情報網は学園一だったわね...)


そんな彼女が相手では分が悪い。黙っていたところで、最終的には公に公表されることなのだ。

しかし今、アイリスがキャロルの推測を認めることはしない。ここでアイリスが下手に動いて、ルイスの弊害になってはいけないのだから。

そう思い、きゅっと膝の上で手首を掴む。


「……それでも私という確証はないはずよ...?」

「だからこそよ。一一ふふっ、アイリスってば誤魔化すのが昔から下手ね」


どこか可笑しそうに笑いながら、キャロルはすっとアイリスを指さす。


「貴女、自分では気づいていないだろうけれど何かを誤魔化す時、決まって否定の言葉から入るのよ」

「……」

「それだけではないわ。貴女は必ず、そうやって手首を掴んでいるの」

「!!」


もう完全に、キャロルに押されている。アイリスはそう思い、事実を認める前に一つ疑問を投げ掛ける。


「一一ねぇ、キャロル。もし婚約者が私だということを認めたら、貴女はどうする気なの?」


高まる緊張を胸に、キャロルの返事を待つ。すると一瞬、キャロルは目を瞠りふっと脱力した様子で告げる。


「一一もしかしてアイリスってばそのことをずっと気にしていたの?」

「え、えぇ、そうだけど...」


「あははっ、そんな身構えなくても大丈夫よ!ただ、婚約したのだったら一言くらい言って欲しかっただけよ....!!」


一瞬にして、空気が軽いものになる。アイリスも先程より、だいぶ気持ちが楽になった。しかしいくら親友とはいえ、まだ気を抜くのは早い。

キャロルを疑い続けたくはないが、今のアイリスにとっては大事なことなのだ。そのため少し声が固くなりながら、もう一度聞く。


「本当の、本当に、それだけ...?」

「えぇ、我がルークラフト家に誓って、他家に言い触らすなどしないわ」


アイリスは、ほっと全身の力を抜く。家にまで誓われてしまっては、何も言い返すことはできない。

アイリスが力を抜くのが分かったのだろう。キャロルは、安心したように微笑んだ。そしてぱんっと手を合わせると、今度は揶揄う様な顔をして言う。


「さて、アイリス。探り合いは止めて、いろいろと聞かせて頂戴ね!」

「な、なにを?」

「もうっ!決まってるじゃないの!あの公爵様との婚約生活についてよ!」

「一一!!」


キャロルのその一言を皮切りに、アイリスは今までのルイスとのことを根掘り葉掘り聞かれるのだった。



***


「も、もう、満足したかしら...?」

「まだ足りないけれど、このくらいかしら!」


ありのままの出来事を話したアイリスは、またしても何処か疲れていた。


「それにしてもアイリス、貴女結構あの方に愛されているわね」

「?」

「いえ、まだ分からないのなら、私から言うことではないわ」


ふるふるとキャロルが首を振る。なぜ今の話で、アイリスが愛されていると結論付けたのだろう。

訳が分からないでいると、指を絡めたキャロルがアイリスをじっと見ている。不思議に思っていると、ふとキャロルと目が合う。


「キャロル?」

「そういえばアイリス、婚約発表はいつするの?」


次はいつ会うの?と聞くかのように、さらりと言われる。その言葉にアイリスは頬に手を添えながら、ふぅと溜息をつく。

すると何かを察したらしいキャロルが驚きながら、アイリスに聞いてくる。


「あら?もしかして何も話していないの?」

「ううん、そういう訳ではないの。私も何度かルイス様に相談しているのだけど、俺に任せてくれないか、と言われるばかりでどうなっているか分からないのよ」

「まぁ、いろいろ大変ね」


そう、婚約発表の夜会をすることは決まっているのにも関わらず、アイリスは日程を何も聞かされていないのだ。

騎士団の宿舎からも辺境伯家の名前で公爵家宛に手紙を出しているが、全くもって進捗がないのだ。


「でもね、近々話し合いをしようと言って下さったのよ?」

「それは...、一歩前進と言っても良いのかしら?」

「…たぶん?」


「「.........ふふっ!」」


アイリスは段々と現状が分からなくなる。するとキャロルもそうなったのか、二人して可笑しくなり笑ってしまう。


暫くして二人が落ち着きを取り戻した後、コンコンっと扉が叩かれマーサの声が聞こえてくる。


「アイリスお嬢様、お客様がお見えですよ」

「お客様?」


アイリスは不思議に思うが、この場所へ来る人は限られてくると思い、少し警戒しながらマーサへ声を掛ける。


「マーサ、そのお客様というのは一体どなたなの?」

「それは一一」


「一一なんだアイリス、俺が客じゃ不満か?」


その聞き覚えのある声に、びくっと肩が揺れる。


(ど、どうして彼がここに!?許可証を貰いに行っただけで、この場所がバレるわけないのに...!!)


そんな風に考えていると、扉が開かれる音がする。そして、コツコツとこちらにどんどん近づいて来る。

もう逃げ場がないと悟ったアイリスは、ゆっくりと彼の方を見る。


「ご、御機嫌よう...?ルイス様...」

「どうした、アイリス?いつもより随分、表情が固いが」


ルイスは平然とそう言い切ると同時に、アイリスの真正面へとやって来ていた。

完全に追い込まれたアイリスは、ちらっとキャロルの方を見る。するとその視線に気が付いたキャロルがにこっと良い笑顔を見せると、いきなり席を立った。


「アイリス、私がここにいてはお二人のお邪魔だろうから、私は帰るわね!」

「キャ、キャロル!!」

「あらあらアイリス、何を慌てているの?貴女が呼んでくれれば私はいつでも会いに行くわ!だから、今度はゆっくりお泊まりさせて頂戴ね!!」


そう言ったキャロルは、ルイスの方へ視線を向けると綺麗なカーテシーをする。


「お初にお目にかかります。私ルークラフト侯爵家が娘、キャロル・ルークラフトです」

「あぁ、知っているぞ」

「まぁ、光栄ですわ!では早速ですが、御前失礼致します。アイリス、またね!」


ひらひらとアイリスに手を振り、軽やかな足取りでキャロルが去っていく。そしてパタンと完全に扉が閉められる。

アイリスは静かに息を吐き出すと、恨めしそうな目でルイスを見る。


「ルイス様......。どうしてここに私がいると分かったのですか...」

「簡単なことだ。お前が長時間外に行くとしたら、ここしかないと思っただけだ」

「だ、だとしてもです!私、貴方にこの場所を教えたことはないはずです!!」


そう、このタウンハウスは王都にあると言えど少し分かりにくい所にあるのだ。長期休みの時にここに来たことがあるキャロルとは違い、ルイスは知らないはずだ。

その意味を込めてアイリスは言うが、ルイスは逆に少し呆れたような顔をするのだ。


「はぁ、お前本当に覚えていないんだな」

「な、何をですか?」

「いや何でもない。こちらの話だ」


一体何を自分は忘れているのだろう。そう思うが、アイリスには全く心当たりがない。少し悶々としていると、ルイスが口を開いた。


「まぁ、そんなことは置いておいて、ここからは少し真面目な話をしよう」


ルイスのその言葉に、一気に空気がピリピリとする。その雰囲気にアイリスは少し慣れてきたとはいえ、まだ背筋が伸びるのを感じる。

一体どんな話をするのか気になっていると、ルイスが静かに告げる。


「俺たちの婚約発表の件と、お前が要となる任務についてだ」

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