14.再会
とある日のこと。午後から非番だったアイリスは、外出の許可をもらい王都にあるタウンハウスへと来ていた。
「一一よいしょ!ここには久しぶりに来たわね、懐かしいわ…!」
馬から降り、ぐーっと伸びをする。そして目の前にある荘厳な建物を見上げ、ふふっと微笑む。
(ほんっとうに懐かしいわ。お母様たちが夜会に行っている間、ここで帰りを待っていたわね)
そう思い出に浸っていると、横の庭の方から賑やかな話し声が聞こえてくる。
(あら?今この邸は、使用人が少ないはずだけれど...。)
アイリスはふと気になって、馬を近くの柱へ繋げてからそっと庭を覗いてみる。
するとそこには、アイリスにとってかけがえのない人物がいた。
「まぁ、キャロル!!」
「あら、その声はアイリス?」
「えぇ!そうよ、キャロル!!久しぶりね!」
きゃあきゃあと二人で抱き合いながら、再会を喜び合う。
キャロルは学園時代の時、仲良くなったルークラフト侯爵家の令嬢だ。入学時、偶然にも隣の席同士だった二人は、クラスが同じこともありすぐ仲良くなった。
しかしある日の早朝、剣を振りたくなったアイリスはいつもより早く学園へ登校し、普段使われていない訓練場へ向かった。するとそこには、弓を引いているキャロルがいたのだ。
そこで初めてお互い武術が好きなのだと知り、さらに心を砕き親友となるのに時間は掛からなかった。
そんな二人はひとしきりはしゃいだ後、お互いの手を取りじっと目を見つめる。
「それにしてもアイリス、すっかり騎士様になったわね!一瞬誰だか分からなかったわ…!」
「ふふっ!ありがとう、キャロル。そう言ってもらえて嬉しいわ!」
「だって本当のことなんだもの!この鬘も、なんだか新鮮ね。でも、貴女の綺麗なアメジストの髪も見たいわ」
そっとキャロルの手が頬に触れる。その行動にアイリスは嬉しくなるものの、少しむっとする。
なぜなら最近、子供のように扱われることが多い気がするのだ。
「あらあら、どうしたの?アイリス」
「……ここ最近、騎士団でも子供のように扱われるの」
「ふふふっ、きっと皆アイリスのことを可愛いと思っているのね」
「むぅ、私はもう大人なのに…」
そう二人で話をしていると、側に控えていた白髪の侍女と侍従が微笑みながら近付いてくる。
「お二人とも、仲がよろしいのは良いことですが、そろそろ邸へ入りましょう」
「そうですぞ。邸へ入って、そこでゆっくりしてくだされ」
その姿を見たアイリスは、またも懐かしさが湧き上がり、ぱぁっと笑顔になる。そして二人の元へ行くと、それぞれの手を重ねるようにして握る。
「マーサとニールも、久しぶりね!」
「はい、お久しぶりでございますね、アイリスお嬢様」
「この老いぼれが元気な間に、また相まみえることができまして、嬉しゅうございます」
おっとりと穏やかな顔をしながら、マーサが話す。それにつられるようにして、ほっほっほっと笑いながらニールも言う。
アイリスは嬉しくなるものの、あまり滞在時間がないことに気付き、三人に声を掛ける。
「さぁ、そろそろ中に入りましょうか。私、夜には帰らなければならないの。だから続きは中でしましょう!」
「そんなに短いの?..残念、せっかくだから泊まっていこうと思ったのに」
キャロルはそう言いながらも、平然とした様子だ。そんなキャロルにアイリスは少し呆れながらも、それがいつもの彼女だったと思い出す。
そして邸へ入ったアイリスは、別室でマーサに鬘を取られ髪を整えてもらっていた。
「もうマーサったら、別にすぐ戻るのだから髪はそのままで良かったのではない?」
「いえいえ、たった数時間と言えど偶には鬘を取りませんと。綺麗な御髪に癖がついてしまいますよ」
「......」
「それに、先程キャロル様も申していたでしょう?せっかく戻って来て下さったのですから、アイリス様のアメジストの髪を見せてくださいな」
そう言われてしまったら仕方がない。アイリスは大人しく、マーサの言う通りに身を任せたのだった。
***
「そうそう!その姿よ、私が見たかったのは...!」
服はそのままに、腰まである髪を下ろした姿でアイリスはキャロルの元へ戻った。すると勢いよくキャロルが席から立ち上がり、アイリスへと近づいて来る。
かと思うと、ぐるぐるとアイリスの周りを回り、感触を確かめるようにペタペタと触れてくる。
「キャ、キャロル?」
「いいこと?アイリス。暫く動かないで頂戴ね」
「えぇっ!?」
こう言い出したキャロルは止まらない。そうなったら最後、アイリスはキャロルにされるがままになるのだ。
暫くしてようやく満足したらしいキャロルは、にこにことした顔で席に着いた。それとは裏腹に、アイリスは何故かぐったりとしていた。
「一一何故だか、とても疲れたわ...」
「あらそう?私はとーっても楽しかったわ!」
ふふふっとカップを置きながらキャロルは笑う。そんなキャロルを傍に、アイリスは一旦落ち着こうとお茶を口にする。
するとふと何かを思い出したらしいキャロルが、前のめりになって口を開く。
「ねぇねぇ、アイリスは知っているかしら?」
「何を?」
「実はね、あのオルコット公爵様が婚約なさったらしいの」
ごほっとアイリスは咳き込む。そんな様子のアイリスを見て、あらあらと言いつつキャロルは話を続ける。
「公爵様が婚約だなんてついつい気になってしまってね、私いろいろお話を聞いてみたの」
「だ、誰に聞いたの...?」
「んー、それは内緒よ。でねそうしたら、面白い話が出てきたのよ。なんでも街で公爵様は婚約者の方と、二人でデートしていたらしくてね一一」
キャロルが話すのは、この間騎士団でも聞いた噂だった。しかしその話しか聞いていなかったアイリスは、次にキャロルが言った内容に驚くこととなる。
「一一そこまでが、今噂されている話なの。で、今から話すのは少し特殊な手口で仕入れた情報よ」
(特殊な手口って、昔からだけどキャロルは一体どこでそんな話を仕入れてくるのかしら...?)
「なんでもそのご令嬢、とても綺麗なアメジストの髪をしていたみたいなの」
「!!」
「でも、アメジストなんてこの国の貴族の中に決して多くはないけど存在しているわ。それでは誰かまで特定できないのだけれど、偶然にも一瞬そのご令嬢の瞳を見た人がいるの」
「……!」
「その瞳はね一一、とっても美しい程透き通った、スカイブルーだったのですって」
アイリスは完全に言葉を失ってしまう。そんなアイリスに追い討ちをかけるように、キャロルはにっこりとしたまま告げる。
「アイリスよね?オルコット公爵様の婚約者って」




