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11.安堵とどきどきと

「……で?お前たち三人は、何か申し開きがあるのか?」

「えっ……えっと……」


その冷えきった視線と声色に、男たちは顔を青ざめさせカタカタと震えている。

アイリスも自分に向けられたものではないと理解しているにも関わらず、背筋が凍るような感覚になる。それと同時に、ルイスが騎士団で見せる裏の顔になっていることに気づく。


(一一このままだと流石に不味いわよね!?先に男の人達が気絶してしまうかもしれないし、何よりルイス様の表向きの仮面が思いっきり取れてるわっ!)


そう、今二人がいるのは王都の市場、つまりルイスのことを知っている市民達が大勢いるのだ。ここで『いつでも笑顔を絶やさない優しい公爵様』という仮面を完璧に脱ぎ捨ててしまえば、今まで築いてきたものが一瞬で壊れてしまうかもしれない。


そう思った瞬間、アイリスの体は自然と動いていた。


「一一ルイス様!私はもう大丈夫ですので、早くお昼を食べましょう?ルイス様が私のために買いに行って下さってからずうっと楽しみに待っていたのですよ!」

「一一!!」


ぎゅうっ!と正面からルイスに抱きつき、少し拗ねたように言う。

するとルイスはその行動に驚いたらしく、ピリピリとした雰囲気が一気に消え去る。


(……!!何とかなったみたい!このままどこか別のところへ離れないと…!!)


そう思いどこへ向かおうか辺りを見渡していると、ルイスがアイリスの耳元へと唇を寄せ小声で言う。


「アイリス、一旦ここを離れる。すまないがこれを持ってくれ」


そして手渡されたのは、ルイスが先程買ってきてくれた物だった。

反射的にそれを受け取ったアイリスは、疑問に思い小声で聞き返す。


「あの、ルイス様。一体どこへ一一」

「いいから、お前はしっかり掴まっておけ」


アイリスが口を開いたのと同時に、ルイスが屈みそのままアイリスを横向きに抱え上げる。


「わっ……!!」

「行くぞアイリス。一一あぁ君たち、これからは無闇に女性に声を掛けるべきではないぞ」


ルイスは未だ震えている男たちに、先程よりもだいぶ優しい一一表向きの顔で告げる。

それで終わりかと思うと、ルイスは微笑んだ顔のままさらに続けて言う。


「一一後で何があるか、分からないからな」


(ル、ルイス様…!!目の奥が笑ってないわ……!)


ルイスに抱えられたままのアイリスも、内心静かに震える。

その震えが少し出てしまったのだろう、ルイスがアイリスの体を少し強く抱え、心配そうな目つきで告げる。


「大丈夫かアイリス?こんなに震えて。俺が少し離れたばかりに君に怖い思いをさせてしまった。」


(一一あなたのせいで震えているのですが…!?)


「…何も言えない程なのか、本当にすまない。一一あぁ、早く君をより安全なところで休ませてならねばな」


何も言わないのをいいことに、ルイスはさっさと元いた場所を離れる。

そんなルイスに抱えられながらアイリスは、この後始まるであろうお説教に静かにため息を吐くのだった。


***


「一一全く、お前はどうしてすぐ俺に助けを求めなかった」

「だ、だって、ルイス様が帰ってくる前に私一人で何とかしようと思って」

「だっても何もない。俺を最初に呼んでいたなら、あれよりはまだマシな終わり方をしただろう」


あの場より遠く離れた広場に移動したアイリスは、ご飯を食べた後予想通りルイスからお説教をされていた。

しかしお説教というより、小さな子供を窘めるような感覚を抱く。


(うぅ…!!何も言い返せないわ……!)


そう思いながらもやはり一人で何とかしたかったという思いが強く、拗ねた顔になってしまう。

そんなアイリスを見たルイスははぁと息を吐きながら、その大きな手をアイリスの頭にのせ先程よりも少し穏やかな声で言う。


「……お前はいったい何がそんなに不満なんだ?」

「……」

「アイリス」


まるで不貞腐れた幼子をあやすような言い方をするルイスに、不本意ながらも少し胸がきゅぅっと締め付けられる。


(ほんっとうに、その言い方は狡いわ…!心臓に悪すぎるし、何よりつい言わなくてもいいことを言ってしまいそう……)


アイリスは恐る恐るといったように口を開く。


「一一迷惑を、かけたくなかったんです…」

「…は?」

「だっ、だからっ!あなたに私のことで迷惑をかけたくなかったんです!!」


まさか聞き返されるとは思わなかったため、二回も同じことを言う羽目になったアイリスは頬が熱くなるのを感じた。

そんなアイリスを他所に、ルイスは頭に手をのせたまま動かなくなってしまった。


「あの、ルイス様?」

「一一!!」


つい心配になって声をかけると、はっとしたようなルイスと目が合う。

一体どうしたのだろうかと見ていると、ルイスはいきなりアイリスの頭をぐしゃぐしゃと撫でる。


「わっ!ちょっ、と待っ…!ルイス様!?」


いきなりのことにアイリスはひどく驚く。そうすると漸くルイスの手が止まり、離れるのがわかった。

アイリスはせっかく綺麗にしてもらった髪を崩されたことに対してじぃっと、恨めしそうにルイスを睨む。

そんなアイリスを見て満足したのか、ルイスは少し意地の悪い顔をする。


「……ルイス様、いきなりひどいですよ」

「まぁ気にするな。おかげで色々どうでも良くなった」

「?」


不思議に思うものの、だいぶすっきりした雰囲気のルイスを見てアイリスは安堵する。


(…機嫌がよくなったのだから、もう細かいことは考えないようにしましょう…!)


そう思いながらふと、ルイスに朝から気になっていたことを告げる。


「そういえばルイス様、今日はお仕事は良いのですか?」

「ん?あぁ、お前は仕事のし過ぎだと団長に言われてな。強制的に休みを取らされたんだ」


団長に言われたならば仕方がないと溜息をつくルイスに、あははと笑いながらもアイリスはどれだけ仕事漬けだったのかと、恐ろしくなる。


「一一だが」


ふとその声につられるように、ルイスの方を見る。すると思わぬことを告げられた。


「こうしてお前と過ごせたからな。一一偶には休みも悪くない」

「!!」

「……そろそろ行こうか、アイリス。早くしないと日が暮れてしまう」


(一一本当に、今そんな風に優しい顔をするのは卑怯だわ)


そう思いながらアイリスは、自身の胸のどきどきに気付かないままルイスとの散策を楽しんだのだった。


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