第780話 新天地。
注意・この作品はフィクションです。実在の人物や団体、事象などとは関係ありません。
また作中の登場人物達の価値観なども同様ですのでご了承ください。
「……俺が、『領域』になる……?」
様々な『想い』が、彼の中にはあっただろう。
ただ、その根底にある深い『憎しみ』も『慟哭』も、ある意味では相応の羨望の裏返しにも思えた……。
『なんでお前ばかり良い方に歩いていってしまったんだ』と。
『置いていくな……俺は……どうしたらいい……』と。
……そんな、誰にも言えない繊細な『心』の声が、『人々を救う』という大義と、『仲間達の仇を討たねばならない』という嘆きの影に隠れて、密かに『表現』されている様に私は感じた。
「…………」
『ただの綺麗好きな男』に、『世界』の命運を背負わせるのは言うまでもなく、酷だったのだ。
……皆、それぞれの『視点』があり、それぞれの『幸福の形』がある中で、彼は自分の見ているものを超えた光景を見続けなければいけなかった。
本当はただ己の身近な範囲が『綺麗』であれば、それだけで満足するような男だったのに──。
それなのに周りが、『世界』が、彼にそれを許してくれなかった。
『聖人』として敬われ、崇められ、歩きたくもない『道』を歩まざるを得なかった。
……それに、そんな望まぬ『道』でも、彼は『浄化』一つで皆の『祈り』を背負い、『神』と呼ばれる存在に至るまで歩き続けてしまったのだ。
「…………」
……それはまごうこと無き『英雄』の姿ではあっただろう。
だが、それは決して彼が望んだ『道』ではなかった事は言うまでもない。
……戦う『力』など碌になくても、『力』の使い方次第でこんなにも『世界』に影響を示せるのだと、彼はその身一つで証明した。
しかし、その『力』はどこまでいっても『浄化』でしかなかったのだ……。
だから、『善性を信じる心』だとも言えるそれは──逆にこの『世界』の在り様に対して、真っ向から対立し、『苦悩』を生みだし続ける結果となってしまった。
──要は、『人』にも、『世界』にも、『淀みなど必要がない』と、彼は『いつまでも綺麗でいて欲しい』とそう願ったのに……『世界の仕組み』は、その本質として『淀み』を必要としていたのである。
寧ろ、『自浄作用』として存在しなければ、それこそ『世界』が成り立たない位に……その『汚れ』は深く『世界』の根幹と結びつくものだと知ってしまったのだろう。
それはまるで『淀み』を含んだ今の光景こそが──そんな『汚いもの』こそが、『世界』の真の姿なのだと言わんばかりだと感じた筈だ……。
彼の『視点』では、『世界』は汚れたままに視え続けていたかもしれない。
そして、見たくもないそんな『汚い光景』を見続けながらも、彼は生き続けなければいけない現状に深く苦悩しているのが私には感じられてしまったのだ。
「…………」
だからこそ、彼はそれを無くすための『力』を求め……どうにもならない現状に『祈り』続けたのも理解ができてしまった。
彼の信奉者たる者達の多くも、そんな彼の後姿に共感し、彼の歩みに惹かれて同様の想いを託したのだろうと。
……しかし、『祈り』というのがそもそも、その根底に濁って然るべき欲望の権化を抱えるものでもあると、私はそう捉えている。
だからその本質もまた、決して綺麗なものばかりではなかっただろう。
寧ろ、『足りないもの』、『満たされないもの』、『失ったもの』、それらを埋める為の『醜く汚い心の一面』、そんな様々な想いの発露──その集合体だ。
そんな多くの者達の『祈り』を受けて、彼がこれ以上ない位に『淀み』を集めてしまっているのも道理だと思った……。
「…………」
でも、きっと彼はそんな『祈り』の本質が汚いものだと、思いたくはなかったのだろう。
……もっと言えば、彼はそれを『綺麗なもの』だと思い込みたかったはずだと。
『人の善性を信じ、愛する』事と同様に──『浄化』や『祈り』という『力』も、『善性だと信じ、愛したい』のだと、そう感じたのだ。
自らを含め、『人』という存在に、その可能性に──光を抱きたいのだと。輝かしく想いたいのだと。
だからこそ、ありとあらゆる『願望の暗き光』を集めてその身に束ねても、その『祈り』を良き『力』として思い込み、彼は『表現』し続ける事が出来たのだろうと──。
無論、その『力』の使い手として、その大いなる欲望を先導する者として、『聖人』という存在は周りからは輝かしくも映った筈だ。
そして『聖人』自身も、そんな己の光景を『信じたかったのだ』と思う。
そうでなければ、その重みでとっくに潰れていてもおかしくなかった筈だ。
いつしかそんな『祈り』を集めていく内に──己がこの『世界』において、最も『淀んだ存在』となっているだなんて、彼も気づきたくもなかっただろうから……。
「…………」
『願望』とは、いつだって何かしらが『欠けている』からこそ、生じるものだと私は思う……。
裏返しなのだ。必要だからこそ、それを望まざるを得ないのである……。
──つまりは、彼が『浄化』に秀でていたのも、その裏返しとして、自らの汚さを、その狡さを消し去りたかったから……誰よりもその想いが強かったからこそ、手に入れられた『力』だと私は感じてしまった。
……彼は決して、自分の事を『綺麗』だとは言わないだろう。
ただの『綺麗好き』であり、それ以上でもそれ以下でもない……。
寧ろ、無意識下では自らの『汚さ』に押しつぶされかけていたのだろうと。
彼は『綺麗になりたくて』仕方がないだけの普通の男だったと理解が出来てしまったのだ。
「…………」
無論、そんな男の願いを、『淀んでいるから』と否定したい訳ではなかった。
……それに、そんな彼だったからこそ、救える存在が多かった事も忘れてはいない。
『浄化教会』という場所を含め、その『力』の信奉者は数え切れない程に多いと聞く──。
それはつまり、それだけ多くの者達の『心』を彼が動かし、皆の『祈り』を満たすだけの『表現』をしてきたからこそなのだと、今ならそれが良く分かるのだ。
その『表現』が言葉でも、行動でも、『綺麗でも汚くても』何でもいい……。
それだけ多くの者達に響き、必要とされるだけの何かを彼はしてきたのだと。
それは、良くも悪くもそれだけで充分に凄い事なのだと私は感じた……。
だからこそ、彼にはそれだけ沢山の『祈り』が集っている事も理解ができたのだ。
そして、彼の方もそんな者達を見捨てられずに、その『道』を歩み続けることを止めなかった理由も……今ならば分かる。
「…………」
彼はきっと、ありとあらゆるものを本当は『信じたかった』のだと。
仲間であった『勇者一行』を大事に思う気持ちにも嘘はない。
彼らが異形と化しても、その『心』は変わらなかったと。
『魔物達』という存在を消し去りたいという願いのも本音だろう。
でも、本当は彼らの『心』さえも、救ってあげる方法さえ思案したのが伝わって来るのだ……。
自らを含めて、『人』にも『世界』にも、存在する全てに『淀み』が必要ない事を夢見て──
その上で彼は、『皆を信じ、愛したかった』のだと感じてしまった……。
「…………」
……ただ、自分自身が思うよりも、彼は己が『淀んで』いる事には気づかなかったのだろう。
いつしかその想いが『歪』になっている事にも気づいていない様子であった。
寧ろ、『憎しみ』も『慟哭』も、その『心』の一番奥底にある『表現』の中には、純粋に『信じたい』という愚直な願いが根幹となっているのも分かったのだ。
だがしかし、同時にそれが悲しくも『汚れきっていて、他が視えなくなっている』事も理解が出来てしまった。
何度も何度も『ロム』に頼みごとをしても、その度に袖にされようとも……こうしてまた足を運んでしまう位に……彼の『視点』は『歪』に信じ続ける事しかできなくなっている。
──要は、彼はもう『自分が信じたいものを信じる』だけの存在になってしまっていると私は感じてしまったのだ。
その『表現』を理解できるようになった頃には時既に遅く……。
逆に彼の『心』の方がもう、他の『表現』を受け入れるだけの余裕を失ってしまっていた。
だから私は、これ以上はもう余計な事も言わずに、彼にはそんな『力』の使い方の一助として──『祈りの力を媒体として、それを集め、『領域』と成す事』を提案したのだ。
彼には『心から信じられる世界』を──そんな『領域』を、手にして欲しいと思ったから……。
「…………」
正直『戦い続けてきた……』とは聞いたが、そもそも彼が『戦い』を得意にしている様にも視えなかった。
それに、その『道』で救える者達がいるのならば、『歪』であっても、『汚れ』ていても、私は別に構わないだろうと思ったのだ。
彼の『信じる道』で『幸福』を得る者達がいるのならば……そんな者達と共にその『領域』を大事に、彼にも『幸福』を感じて生きて欲しいと思った。
彼にはそんな『領域』を作って、その『管理者』になって欲しいと。
『敵を葬る』事を目的とするよりも、そんな風に『信じあう領域』を作る事で、彼の『救いたい者達』を救える環境を与える方が余程に有効的だと私は感じていた。
……正直、『魔物達』とのいざこざや、『勇者の心』の云云かんぬんよりも、彼にはそれだけで充分な気がしたのだ。
「…………」
無理して『視点』を広げすぎるのも、時として良くないのだと私は知った気がする。
……無論、『視点』は様々あって、それに伴う考え方も多岐に渡るだろうから一概には言えないだろう。
だが少なくとも、『聖人』にはそれでいい気がした。
それに、『聖人』の考え方についていけないと考える者達も当然の様にいる筈だろうから──そんな者達にとっても、そんな『領域』が出来る事は恐らくは僥倖となるだろうと。
『新たな争いの火種』になり得そうな内容でもあった為、そんな事態を避ける為にも『聖人』にはもう……彼の救える対象だけが視える様にしてあげたかったのだ……。
「……それなら、俺の作る『領域』には『魔物達』が現れないようにもできるか?」
「……ああ。その様に『調整』してみよう」
「それから、『魔力』も要らない──いや、必要最低限でいい」
「……なるほど。そうすれば『領域』に生じる『淀み』も最低限にできると?」
「──ああ、そうだ。最初から大きな『力』を求める必要などない。そんな『仕組み』はそもそも不必要だ。大きい『力』を求めようとするから相応に反発も大きくなる……。そもそも『人』には、必要以上に『力』も『敵』も要らないだろう?……『人』はきっと、何がなくとも『幸福』を掴めるはずだ」
「…………」
「争いなど要らない。過剰な『力』も要らない。寧ろ、『魔力』なんてものが『世界』にはありふれているから、様々な騒動の起因ともなりえる──ならば、最初からそれを除けばいい。『人』はきっと余計な『力』など持たなければ──そんな『世界』に生きられれば、皆が『笑顔』で生きていける筈だ。俺はそれを信じているっ!『汚れ』は、元を絶つのが最も効果的なんだと」
「…………」
「──そうだろ?……答えはこんなにも簡単だった。この『力』で、そんな『領域』を生み出すだけで良かったんだな……」
「……ああ」
「ならば、きっとこれで『勇者達』も報われるだろう。『人』は俺の『領域』で平和に暮らしていける。『人』以外の汚いものや『魔物達』はこの『世界』に残していけばいい……。奴らに『敵討ち』が出来ないのは業腹だが──もうそんな些細な事に構ってはいられない。……ロム、『力』を貸してくれ。俺は、俺の信じる『祈りの世界』を切り開きたいっ」
「……わかった」
──そうして、私は『聖人』の望む『世界』……『祈りの領域』を、作るための手助けをする事になった。
……その『道』の先で、彼らの『幸福』がずっと続くようにと──そんな『歪な願い』にもちゃんと『一つの形』を与えてみる事にしたのである──。
またのお越しをお待ちしております。




