第768話 無恒心。
注意・この作品はフィクションです。実在の人物や団体、事象などとは関係ありません。
また作中の登場人物達の価値観なども同様ですのでご了承ください。
急に大粒の雫を落とし始めた『バウ』の様子に──『い、いったいどうしたんだ?』と、周りは思っただろう……。
特に、自らの腕の中でいきなり泣き出した『我が子』──『バウ』の様子に、『白銀のエア』もずびずびと鼻を鳴らし始めており、自然と込みあがって来る思いもあったのか……既に涙ぐんでいた。
「…………」
二人の間の『再会の喜び』には、それだけ言葉にならない数々の成長と喪失が伴っていると言う事なのかもしれない。
ある意味でそれは『変化』の証明であるのだろうか……。
これまでに色々な『道』を歩んできたという、そんな足跡を感じたからこそなのだろうか……。
互いの『表現』が、一目で相手の『心』に響いたのだと思う……。
その『繋がり』が深ければ深いほどに、その響きも大きくなっても不思議ではない。
過ごした時間の分だけ、それぞれの『形』で思い出は増えていくもの──
だが当然の様に、それぞれの『視点』で感じられる部分は様々だ。
同じ光景を見ていても、必ずしも良い事ばかりではないし、全く逆のものが見えている場合も沢山ある。
だがしかし、そんな様々な『歪』が深く絡まり合うからこそ……より『心』も大きく響き、色々に揺れ動くのだと。
「…………」
……ただその時、『聖竜』にはもう一つ密かに別の『気づき』があった。
と言うのも、『白銀のエア』は『再会の喜び』をバウと共有し涙ぐんではいるが──
『バウ』にはもう一つ、『心を揺れ動かすに足る理由』があるのだと……。
そしてそれは『バウが密かにロム達』に抱いていた気持ちである事も何となくだが察してしまったのである。
「…………」
……いや、もっと言えば、『聖竜』の姿を見なければ、バウもそんな『歪』を自覚し涙する事も無かったのではないかと。
もしも『ロム』が『ロム』のまま帰っていれば、それこそ誰も──バウ本人すらも、ずっと気づかぬままにその『心』の片隅に仕舞ってあっただけの『表現』だったのかもしれない。
『深い愛情』があればこそ、私が『聖竜』としてここに来た事も相まって、バウは気づいてしまった。
それはある意味で、バウが『絵』を描くに至った理由とも言えるのかもしれないし、彼の本当の悩み──『誰にも言えなかった心の声』なのかもしれない……。
「…………」
『バウ』は物心ついた時にはもう『人』と旅をしていた存在だ。
……無論、その両親とも呼べる存在は、『人』だった。
そして、そんな二人を自然とバウは愛し、『ロムとエア』も深い愛情をバウへと注いだ。
……きっと、そこには何の不満もなかったし、『幸福』だと感じてもいただろう。
──しかし、『口には出さない』だけで、ずっと密かに疑問に思っていた事はあった筈なのである。
『なんで、『僕の親』と僕は、違う身体をしているのだろうか?』と。
『なんで、僕は『人』じゃなくて……二人は『ドラゴン』じゃないんだろうか……』と。
……そしてバウは賢かったからこそ、きっとそんな『不快』を気にしない事が出来た。
一緒に過ごせば過ごすほど、大事になればなるほどに、ふとした瞬間に気づく『歪』も沢山あっただろうに。
『親』との『身体的な特徴の差』なんてものは、身近すぎるからこそより目立つものでもあり──それが気にならない『子』など、『全くいない』といえば嘘になるだろう……。
だから、もしもそれを『口に出さない』のだとしたら……そこには何らかの理由があると考えるのが普通なのである。
「…………」
ただ、バウは本当に本当に賢かったのだ。
『人』と『ドラゴン』が一緒に暮らす事というのが、言うほど簡単ではない事を成長しながら学んでいった……。
『絵筆』一つ満足に持つ事すら、『人』のそれと『ドラゴン』では道具を変えなければいけない程に大変なのだと。
住処や食事、取り巻く環境の一つ一つに、『適応』しようとすれば何らかの『力』が必要にもなるのだと。
無理を通そうとすればするほどに、必ずと言っていいほど『不快』に感じる部分も増すのだ……。
そしてバウは賢かったが故に早熟でもあり、成長し大人になっていくにつれてそんな『不快』も『どうしようもない悩み』も、『まやかし』にかけることが上手になってしまったのだろう。
……どうしようもない感情も、『心』の中に押し込めて隠せるようになった。
それはまるで己の『表現』を一部、封じ込めるかのように……失くしてしまったとも言える。
「…………」
『世界』には『親』のいない者達だって沢山いるだろう。
……それを考えれば、自分へと深い愛情を注いでくれる二人が居てくれるだけで十分に『幸せ』だと。
例え、その二人が産みの親である本当の『親』を、『……した存在』であったとしても、気にしなければそれでいいのだから……。
『心』とはなんと複雑なものだろうかとも思うが──。
『まやかし』で、知らず知らずの内に『心』の奥底に覆い隠してしまっていた思いが『バウ』にも沢山あったのだと。
今ではもうすっかりと気にも留めなくなる程に……忘れてしまいたかったそんな『歪』が……。
「…………」
無意識的には気づかないようにしていても、ふとした瞬間には『心』のどこかで浮き彫りになってしまう様な素直な『表現』がある。
『身体的な特徴の差』を感じる度だったり、自分が『人』ではないと、親が『ドラゴン』ではないのだと思い知った瞬間……ふと揺らぎとして『心』にザラリと残ってしまう様な傷跡が──。
『口に出さなかった』のも……きっとそんな想いがあったからだろうと。
「…………」
しかし、『口に出せなかった』程のそんな『歪』にも……活かし方があるのだと──
まさにそういうかの如く、別の方向から『予期せぬ帰り道』を辿って、『聖竜』がやってきた様に『バウ』には見えたのではないだろうか──。
「……ばう。ばう」
──そんな、本人さえも気づかないでいた『心の揺らぎ』に対して、『親が本当に『ドラゴン』になって帰ってきた……』と、一目で『バウ』は感じてしまった。
そんな事が本来ならあり得るわけもないし、言うならばそれもまた『まやかし』であることは理解もしていた上でだ。
──『聖竜』の姿に、一目で『バウの心』は響いてしまったのである。
その『まやかし』は、これまでにあった彼の隠された『心』の他のどんな『まやかし』よりも、強く強く『表現』され、純粋に彼の『心』へと鮮やかな色を描いた。
自分の子供の頃とそっくりな相手が、一目で『父さん』だと判断した事も含めて、バウには『再会の喜び』と共に、自分でも上手く言えない複雑な感情までも一気に『心』に去来してしまったのである。
……無論、それを一言で『偽物だ』と。
ただの『模倣』に過ぎないじゃないかと、そう断じるのは簡単だろう。
混乱のまま『そんなものなんか求めてなどいなかった!それなら本当の親を返せ!』と、否定する事だって出来ただろう。
──だがしかし、『バウの心』が素直に『表現』したのは、堪えきれないほどの涙だった……。
「…………」
いつだって、『気持ちが分かる』と言葉にするだけならば簡単だ。
……だがしかし、実際に同じ『道』を辿った者同士でしか理解し合えない想いというのはあるだろう。
そして、どうしようもない思える『仕組み』にすら、時として思いがけない方法で手を伸ばし、その慟哭にすら気づき、抱きしめてくれる存在が居るのだ……。
それも、それが自分を愛してくれる存在であると理解した瞬間──その『幸福』は、言葉にならないほどである……。
見えなかった色が視えた時。
聞こえなかった音が聴こえた時。
感じられなかったものが感じ取れた時。
それら『気づけなかった事柄』に気づけた時は──『誰』でも『心』が揺れ動いて不思議ではない。
……大人も子供も関係ない。『人』や『ドラゴン』だって関係ない。
『誰だって、泣くときは泣く』──『歪』に『心』が動く瞬間があるのだと……。
「…………」
そして同じ『ドラゴン』として、私は『バウ』が今どうして泣いているのか……。
そんな『誰にも言えなかった想い』の存在に、ちょっとだけ気づいてしまった訳なのである。
当然、その想いはきっと『ロム』のままでは絶対に気づけなかった想いだっただろう。
『バウ』が自分から打ち明けていたらは話は別だったかもしれないが、そうでなければ『人の心』にすら疎い存在では、『ドラゴンの心』になんてもっと疎かった筈だろうから……。
「……よーしよしよし。もう大丈夫だよ。バウ」
「……ばう」
無論、エアも未だバウにそんな想いがある事までは気づけていないだろう。
……ただ、それを無理に強要したいとはやはり思わなかった。
先も思った事だが、『気持ちが分かる』と言葉にするだけならば簡単だから──。
それに気づくためだけに『ロム』が『聖竜』の姿を取ったのかもわからないし、『バウ』がそれを知って欲しいのかもわからなかった。
……だから『聖竜』は、エアがバウを宥めるのを静かに見守る事にしたのである。
──『道』は歩いてみなければわからない事が多い、と改めて思った瞬間でもあった。
「…………」
そうして恐らくは我が事ながら、『ロムの不器用』に対しても、少しだけ『視点』が『変化』した様に感じる私なのであった……。
またのお越しをお待ちしております。




