第668話 取捨。
注意・この作品はフィクションです。実在の人物や団体、事象などとは関係ありません。
また作中の登場人物達の価値観なども同様ですのでご了承ください。
遥か遠くの地で、『勇者一行』と『魔物達』は世界の命運をかけ激しい戦いを繰り広げ──既にその戦場となっている『氷の大地』は砕き割れ、酷い状態に陥っている……かもしれない。
だが、例えそんな状況になっていたとしても、『聖竜』と『小さなエア』の旅は普通に続いていく……。
「…………」
無論、『世界』には絶えず何かしらの変化がある。
……目には見えないだけで、いつもどこかで多くの者達が日々何かしらと戦っているとも言えるだろう。
ある意味で、普通に生活するだけでも戦いだ。
上手く息を吸うのだって困難になる状況も意外と多い。
上を向けずに、下ばかりに顔が向いてしまうこともあるだろう。
『人』は一人では生きていけないと言いながらも、集団になればそれだけ争いも生む難儀な存在だ。
……いや、それは何も『人』だけに限った話ではないのかもしれない。
そういう『性質』を持っている存在達、その全てに当てはまる事なのかもしれない。
無論、その『性質』から解き放たれた──『差異を超えし化け物ども』でもない限りは、『世界』とはいつだって『大き過ぎて見え難いもの』であり、そして気づき難いものでもあると。
『小さくて気づけないもの』もあれば、その逆もまたあるという話。
そして、『見えているようで見えてないもの』というのは、その『立場』になってみないと分からない、というのは先の話の通りでもある。
「…………」
ただ、下ばかりを向いていると言っても、それを卑下することはない。
その視点でだけでしか気づけない事がある。それはそういう話だ。
他者には理解されない苦しみを抱いている事を嘆き続ける事もない。
その者だからこそ理解できる『世界』がある。それはそういう話なのだ。
『聖竜』はきっと、まがい物で『ぬいぐるみ』にもなれない『まやかし』であるかもしれない。
……だが、そうであっても、『バウ』にも、『ぬいぐるみ』にも、そしてきっと『ロム』であっても気づけないものに気づける可能性を秘めている。
だからきっと、これはそういう話なのだと思う……。
私が『聖竜』になった事にも、きっと意味があったのだと──。
「…………」
──そして、その日も私達の旅は続いており、私はまたいつも通りエアに手を引かれながらも(時々抱っこもされつつ)歩いていたのだが……。
その道の途上で、偶々私達は『衰弱している水竜の子』を川縁で発見してしまったのだ。
……それも、周りには親となる竜の姿もなく、私達は当初その子がどこからか連れ去られてきたのではないだろうかと予想した。
だが、それならば当然周りにはその子を連れ去った者達が居ないのも変な話ではある。
……いや、もっと言うならば、もしもその子に『利』を求めて連れ去ったのだとしたら、そもそも『竜の子の食事』を賄うだけの魔力がないと直ぐに『衰弱』させてしまうのは有名な話で──そんな事を本当にするだろうか?と言う疑問も浮かんだのだ。
『人の子』を育てる以上に、『竜の子』を育てるのは難しい事だというのは分かりきった話。
それを知らぬほどの愚か者に、『竜の子』を連れ去る事などできるとも思えない。
ならば、次点で考えられるとしたら、その『衰弱』の度合から見て暫く『食事を得られていない状態』であるのは間違いない事から、親となる竜に何かがあったか──もしくは、この子がその親に捨……。
「…………」
……だがいや、まあなんにしても、未だ自身で『世界』から魔力を蓄える『力』が乏しい子供の内は、親となる存在から『膨大な魔力』を分け与えて貰わないと生きていけないのが『竜の子』という存在である。
だから、このまま見放しておけば間違いなくその『水竜の子』は力尽きてしまう事は自明の理であった。
なので、気づけば既に私達の身体は動いており、私と彼女は『竜の子の食事』となるだけの魔力を分け与えようと、その子の口の前に食べ易い大きさの小さく丸い『魔力の球』を作って二人で並べていたのである……。
「…………」
……正直、『バウ』と知り合いであるエアならばまだしも、私まで『まるでそうするのが当然である』と知っているかの様にこの身体が動いたのは驚きではあった。
だが、その事以上に『衰弱』している『水竜の子』の姿が痛ましくて──それも目の前に待望の『食事』があるにも関わらず、それに一切口をつけようとしない事の方が気がかりだった。
エアは『バウ』という存在を知っているからか、『水竜の子』に対しても優しく接している。自分で食べられないならと、そっと寄り添いつつその食事の手助けをしようともしていた。
……だがそうすると、弱っているにも関わらずその子は『いやいや、たべたくない』とでも言うように小さく首を横に振ったのである。
対して『聖竜』である私は、その際にこの子が漏らした『声』が聞こえ──その意味を理解すると、息をのんでいた……。
「…………」
と言うのも、その子は私と彼女が作った『食事』に対して一言、掠れた声でこう言ったのだ──。
『……どくは、もう嫌、たべたくない』と。
──その言葉を聞いた瞬間、その意味を瞬時に理解できたのは、きっと私が現状の『世界』の『管理者』であったからだろう。
『領域』だった私は『世界』を手に入れる際に、魔力で『陣取り合戦』をした事を思い出していた。
そして、それは相手の『魔力』を奪い、己の『魔力』に置き換える戦いでもあった事を……。
つまりは、『水竜の子』がそれを口にできないのも、『管理者』が変わったことで魔力の『性質』が変わってしまったからではないのだろうかと。
きっと以前までであれば『世界』に満ちる魔力はこの子にとっても『食事』となっていた筈である。
だから、恐らくは今の『世界』の魔力がこの子に合っていない──要は、『適応できていない』からこそ、こんなにも『衰弱』し苦しんでいるのだろうと。
もしそうなら、そんな『体質』を持つこの子にとって、今の『世界』はもう地獄でしかない……。
きっと『食事』どころか、呼吸でさえも困難な状況になっている筈だ。とてもまともに生きていける環境などではないと思う。
『それ』が起こるまでは普通に暮らせていた筈なのに……ある日から急に、『世界』がこの子に牙を剥いたのだ──。
「…………」
──いや、正確には私のせいで、だ……。
『私が『世界の支配者』になったせいで、この子は苦しんでいるのだ』と、思い知った。
それを瞬時に理解できてしまった私は、気づけば元の『世界』の魔力の『性質』に近しい魔力をどうにかこうにか工夫し、作りだそうとしていた──。
そして、自然とそれに伴い私の身体は『白い光』に包まれていき……。
私はすぐさま作り出したその『白い光』で『水竜の子』を包むと、その子にとって『過ごしやすい空間』を少しでも周囲に作っていったのだった。
基本的に、『世界』に満ちる魔力の『性質』の違いなど、余程に神経質な魔法使いでもなければその変化には気づけなかっただろう。……寧ろ、気づけないくらいに調整し、問題が起こらない様にもしていた筈だった。
この子の様に、余程極端に『適応できない状況』でもない限り、知る由もなかった筈。
……現に、傍にいる『差異』を超えしエア程の魔法使いであっても、注意深く探ろうとしなければわからないくらいの話である。
無論、『世界』から『新世界』へ【転移】させられたことにも気づいてなければ尚更に……。
「…………」
もしかすると、この子は例外中の例外たる存在、なのかもしれない。
だが、他にもまだ同様の状態に苦しんでいる存在がいるのかもしれないと考えると──私は再び『領域』としての役割に徹し、今すぐにでも戻って再度大きな調整をやり直す必要があると思った。
それは私にしか出来ぬことであり、私がしなければいけない事だ……。
さもなくば、魔力と『命』に深い『繋がり』がある存在達──特に『ドラゴン』達にとっては間違いなく死活問題になる。
『大人のドラゴン達』ならば、まだ耐える事もできるかもしれない。
そして、耐えている内に『適応』もできるかもしれない。
……だが、ここで見過ごせば間違いなく『水竜の子』や他の『子供のドラゴン達』は絶滅しかねない状況だった。
「…………」
この子がこんな川縁で一人、親と離れていた原因もまさにそこにあったのだろう。
……きっと、この子の親は自分の作り出した『食事』を『どく』だと言うこの子を見捨てざるを得なかったのだ。
育てたくても育てる事ができないと、この子の『命』を諦めざるを得なかった。
そして、そんな状況にしたのは私だ。
だから、極めて珍しい例外的な話かもしれないが、決して見過ごしていい問題ではないと私は激しく感じていた。
……正直、他にも『適応できない存在』が居るかどうかもわからないが、それを無いと楽観視はできないだろう。
それこそ『ドラゴン達』以上に魔力との『繋がり』が深い『精霊達』の中にも、もしかしたら影響を受けている者が出ているかもしれないと考えれば……尚更にもう居ても立っても居られなくなってしまった。
『すぐにでも戻らなければ』と、心も逸る。
……すると、当然の様にそう思った時にはもう私の身体は『光』を発するだけではなく、今度はその『光』そのものへとこの身体は変化しかけていた──。
「──待ってっ!!」
──だがしかし、そうすると今度は、その瞬間に私の身体を傍にいた『小さいエア』がぎゅっと抱きしめ、『もう置いていかないでっ』と強く引き止めてくるのである……。
それも、その時の彼女の表情はまるで──『わたしとその子、どっちが大事なのっ』と、今にも泣き出しそうにも見え……私はそんな『エアの表情』と『衰弱する水竜の子』を見比べしまい、思わず動けなくなってしまうのであった──。
またのお越しをお待ちしております。




