第657話 喫茶。
注意・この作品はフィクションです。実在の人物や団体、事象などとは関係ありません。
また作中の登場人物達の価値観なども同様ですのでご了承ください。
『精霊の力』を『勇者一行に付与したい』と『聖人』は語った……。
敵が『毒と黒雨』であるならば、勝つためには当然『黒雨』に対する何らかの手段が必要となる。
『噂』によれば『黒雨』に触れた相手は、身体が『干乾びるほどに魔力を奪われる』と言う。
ならば、それに対応する為には単純に考えても『黒雨そのものを何らかの方法で防ぐ』か、『奪われても平気なほどに強大な魔力を備える』か、『魔力以外の力に頼るしかない』のだと。
……無論、それ以外の方法としては、直接的に相対せず『罠にはめる』などの方法も考えられるが、相手の待ち構える場所に『攻めにいく』場合である以上は、少なくともその『黒雨』の影響にさらされ魔力を奪われたとしても簡単には倒れないようにしなければいけないのは道理であった。
「…………」
よって、『黒雨』が実際に防げるかはやってみないとわからない為、自然と『強大な魔力を備える』か、『魔力以外の方法に頼る』という選択肢を選ぶことが対策としては求められる。
そして、『聖人』がその為の手段として目を付けたのが『精霊の力』であり──『泥の魔獣』と言う『魔力の権化』を知っている彼からすれば、『精霊の力』を手に入れる事はその二つの選択肢に適う方法だと思ったのだろう。
……一応、『精霊の力』以外にも『マテリアル』という選択肢もあるにはあるが、あれは生来『魔力の不足する者』ほど扱い易い類の『力』なので、結局は『狂戦士』くらいしかまともに使いこなせないのだ。
だから、きっと最初から彼は『世界樹』を呼ぶつもりでは居たはずだった……。
「…………」
……何十年も、『大樹の森』で癒され、『力』を蓄え続けてきた『巨大の樹木の魔獣』は、その身に『大樹の森の力』を──『強大な魔力と精霊の力』を──沢山宿すに至っていたのだと思う。
無論、『彼女』と『神々』との間でどんな『取引』があったのかはわからない……。
それに何故『聖人』が『彼女』の事を呼ぶことができたのかもだ……。
ただ、きっとあの呼び出しに応じた以上は、そういう『約束』に初めからなっていたのだろう。
来るべき時には『呼び声に応えよ』と。
その為に『彼女』は、『世界樹』と言う名の魔獣になる事を受け入れたのだと。
『…………』
ただ、そんな『世界樹』と言う名の魔獣は何も語らぬまま、私の『腕』を飛び出すと、『聖人』の声に導かれるままに『枝』を伸ばして『世界』へと根を張っていたのである。
そして、暫くするとその『根』は分かたれ、『勇者一行』の足元に『六つの苗木』を作り始めたのであった。
「……きっと、お前に『精霊の力』をくれと言っても、叶わないだろうなとは思ったんだ。だから悩んだ」
それも、作られた『六つの苗木』は異常な速度で育ち始め、『力』が沢山詰まっていそうな『赤い実』を『一本の木に一つずつ』宿し始めたのである──。
「……でも、結局はこの方法以外、俺には思いつかなかったんだよ」
『聖人』はそう言いながら苗木の元へと足を運ぶと、『悲壮感』をさらに強めていた。
「……偉そうに『精霊の力』を付与すると言っても──結局はそれも『喰らう』しか方法がなかった。これじゃ、俺達もあいつらと一緒だと思わないか?……皮肉な話だろう?」
そして彼は、敵である『神人達』と同様に、自分達も『力』を得る為の手段が『喰らう事』で補えない事に自嘲していたのだ。
要は、その『赤い実』を食べることで『力』を得ようというのだろう。
ただ、『喰らう』事そのものに『聖人』には思うところがあるのか、『使徒達』がそうするしか方法がない事に不本意そうな表情をしている。
『仕方がなかったんだ』と言うその言葉は、彼が自分自身に言い訳をしているかの様だ。
『聖人』はまるで『穢れてしまう』とでも言いたげな表情も浮かべていた。
そんな彼の様子に、周りにはわからぬ葛藤が彼の中にはあるのだろうという事が私にもわかったのだ。
……正直、その気持ちを深くまで理解する事はできなかったが、『喰らう事』はそれだけ彼の琴線に触れる行為だったのだろう。
「…………」
……だがまあ、そんな彼の険しい表情とは裏腹に『六つの苗木』は順調に育っており、あっという間にとても美しく立派な『六つの赤い実』を宿すのだった。
『…………』
ただ、その『赤い実』が育つにつれて『大樹の森』に居る『彼女』(『巨大な樹木の魔獣』)の方は、段々と枯れていくのが『内側の私』の目には映ったのだ。
それも、その枯れ行く様はあまりにも急激で、自らの『命』を懸けて『赤い実』を育てているのが一目でわかってしまったのである……。
──そして、彼女は枯れ落ちながらも、それを憂うように見つめる『内側の私』に対して、こちらを穏やかに見返してくる様な気配があった。
……弱りながらも、実を育て続ける彼女はきっと微笑みを浮かべていたのだと思う。
それも『彼女』は、まるで『ずっとお世話になりました』と言いたげな──そんな別れを告げるかのような……小さな会釈も私にしてきたのであった……。
「…………」
『赤い実』が育てば育つほどに、『世界樹』の身体は枯れ落ち、崩れ、まるで砂の様にサラサラと風化し始めている。このままでは『彼女』が消え去る迄、もう数分もないと感じた……。
今更過ぎるけれども、先も疑問に思った事ではあるが──本当に『彼女』と『神々』との間には、いったいどんな『取引』があったのだろうかと、『内側の私』はそれを思いながら『彼女』の様子を最後まで見守り続ける……。
……『ダンジョンコア』による弊害だとばかり思っていたのに、それが実は『神々の仕込み』だったとわかり──内心、私の心中には複雑な感情も渦巻いていた。
簡単に言うと非常に面白くなかった。ムカムカもしている……。
「…………」
……だが、それ以上に『彼女に対する申し訳なさ』の方が強かったのだ。
愚かな話だが、もっと早くに助ける手段を見つけていれば、こうなる事はなかったかもしれないのにと。そんな事を自然と思ってしまうのである。
ただ、『世界樹と神々との繋がり』がこれまで秘匿され続けてきた以上、絶対に特別な『備え』であったことに違いはない筈……。
ならば、もしも『神々の仕込み』だと気づけば気づいたで、その時はもしかしたら同じ道を辿ることになっていたかもしれないとは思ったのだ。
要は、その意味では、私達が気づかぬままでいたことで、逆に『彼女』は『大樹の森』でゆっくりとこれまで安らぐことができたのかもしれないと──。
「…………」
──そんな詮無い思いが、エアと私の『心』を占めていたのだ。
……ただ、それと同時に『彼女』が『聖人』の呼び声に素直に応じたことに対して、それが『彼女の望み』だったのでは?とエアは私に伝えてくれたのである。
『備え』とは本質的に、『使われないと無駄になるものだから』と。
『安らげる場所に居られる』事はとても素晴らしいけれども、『誰でも、必要にされたいと思うものだから』と。
結局のところ、使われない『力』には意味がないと考える者もいるのだと。
自分がここに居る理由に、確りとした『生きる意味』が必要なのだと。
そして、『世界樹』となり、長らく『力』を蓄え続けた彼女は、その意味を果たす時が来るのを待ち望んでいたのかもしれないと。
『世界樹』──『世界の為になる樹』として、『人』の為に生きる事を彼女は選んだのかもしれないと。
……だとしたら、『迷宮都市』を炎に包んだことはきっと、彼女の本意では絶対になかったのだろう。
彼女がどんな『取引』をして、あの姿に変わり、これまでどんな感情を抱きながら月日を過ごしてきたのか、私達にはもう想像することしかできないが──。
『…………』
──別れ際、天へと枝を伸ばし、その身体は枯れ果て、塵となり消えゆく彼女は満足そうにしていた気がした。
『ずっと楽しかったわー』と。『二人ともありがとうー』と。
……そして、そう告げる代わりとでもいうかのように『彼女』は去り行く最後に、ふり絞った『力』で『大樹の森』に一つだけ、あるものを残してくれたのだった。
一目でなんとも言えない懐かしさを感じるその品物は──私とエアが初めて『彼女のお店』(『喫茶店』)を訪ねた時の机と椅子にとても良く似た作りの品物に見える……。
「…………」
……いや、きっとあの日の、あの喫茶店の椅子と机なのだろう。
『わたしの事忘れないでねー』と、そんな言葉が聞こえて来そうなそれらを見て、私とエアは『彼女がここにいた証』として『大事にいつまでも残しておこう』と、そう想うのだった──。
またのお越しをお待ちしております。




